2.暖かい布団と暖かいご飯
そのベッドは柔らかく、とても心地の良いものだっだ。布団から出たくない、そう思わせるような魔力を持っているかのようだ。
しばらくボーッと布団の中にいたが何か寄越せと腹の虫が言い始める。それに賛同して起き上がると、ベッドの横にある机には丁寧に畳まれた俺の服の上に、鞄と朔羅、それに白結氣とが置かれていた。
そこでようやく全てを思い出すと、白結氣を手に取り握りしめた。
「ユリアーネ……」
ユリアーネは……俺の愛した人はもう居ない、そう思うと涙が溢れて真っ白なシーツへとこぼれ落ちる。
ベッドに座ったまましばらくそうしていると扉が開き誰かが入って来る。
「気が付かれてなによりです……お食事は食べられそうですか?」
視線を上げると頭にはプリム、見慣れない服装だがメイドさんのようだ。この心地良い布団といい、メイドさんといい、ここは貴族の屋敷?
「はい、頂きます」
「すぐにお持ち致します、少々お待ちください」
音もなく部屋を出て行くメイドさん、俺は何でここに居るんだ?あの時、ルミアの魔法の光に包まれて……気を失ったんだよな。
それにしても怠い……座ってるだけでフラフラする。
そのまま仰向けでベッドに倒れ込み白結氣を持ち上げた。柄頭に付いている勾玉がプラプラと揺れている。
なんとなく鯉口を切り、刀身を少し引き出す。刀身から漏れ出る淡い光を眺めていると、コンコンと軽いノック音がしたあとで遠慮がちに扉が開けられた。
「!?……き、綺麗な刀ですね。でも、まだ寝ててください」
白結氣が目に入り驚かせてしまったようだ。
怠い身体に鞭を打ちベッドに手を着き起き上がってみれば、入って来たのはいかにもお嬢様な人。そりゃ、部屋の中で武器抜いてりゃ驚くわな。
「驚かせてすみません。少し思い入れのある物なので眺めてただけです。でも綺麗ですよね、これ。俺も好きなんです」
すぐに鞘に戻すと チンッ と耳障りの良い音が心地良く響く。
俺は白結氣の高い鍔鳴り音がとても好きだ。だが、それがきっかけでユリアーネの姿が思い浮かんではすぐに消えて行く。泣きそうになるのを堪えて白結氣を膝の上に置くと、自分自身の気を逸らすために女の子へと視線を移した。
年は俺と同じくらいだろうか。アッシュグレーの艶々とした髪を肩上で切り揃え、頭の右側には螺旋状に垂れ下がる見た目に可愛いサイドテール。
貴族の血が成せる技なのか、整った顔は美人というよりは可愛いという表現が似合う文句なしの美少女。その顔に嵌るサファイアのような青い瞳が俺を観察するようにジーッと見つめている──俺が何も言わずに彼女を見つめているから当然か。
「ごめん、えっと……俺はレイ。全然状況が分からないんだけど、なんで俺はここに?」
人差し指を顎に当てて小首を傾げるという可愛いポーズに感嘆が漏れそうになるが、突然 ポンッ と手を打ち口を開く。
「聞きたいのは私だったんですけどね。えっと、ここは私の家です。
あの夜、部屋から星を眺めていたら突然庭の一角が輝き出しました。不思議に思って見に行ってみると貴方……レイさんが倒れていました。意識が無かったのでこの部屋に運んで来ました。その際に着ていた服は汚れていましたので、勝手ながら洗濯をさせていただきました。あ、着替えをさせたのは私ではありませんよ?で、その後三日程寝ていらっしゃいまして、今に至ります。
こんな所ですがお分かりになりました?」
三日……ってか、庭に倒れてた?どういうことだ?
「あ、あぁ。助けてくれたんだな。ありがとう」
「どういたしまして。あ、申し遅れました。私モニカ・ヒルヴォネンと申します。どうぞよろしく」
スカートの裾をちょんと摘みお辞儀をするモニカ。やはり貴族の娘なのかお行儀が良い。
その時ドアをノックする音がし、先程のメイドさんが銀色のワゴンを押して入って来た。
「食事をお持ちしました。消化に良いようにお粥にしましたが、宜しかったですか?」
ワゴンを見るとホカホカと湯気の出る美味しそうなお粥と、フルーツの載ったお皿、それにお茶と、紅茶のティーセットが乗っている。
「すみません、頂きます」
メイドさんは土鍋からお粥をカップに入れて木で出来たスプーンと一緒に手渡してくれた。三日ぶりの食事らしい。お粥を見ただけで口の中に唾液が溢れてくる。
口に入れれば気持ち熱いものの丁度良い温かさで、仄かな米の甘さに少しだけ塩味がしてとても美味しい。存分に味わい飲み込んでみれば、久方の食事に胃がきゅーっと締まる感じがした。
「お口に合いますか?久しぶりの食事ですからゆっくり食べてください」
「はい、とても美味しいです。ありがとう」
微笑みで返事をすると紅茶をカップに注ぎモニカに渡すメイドさん。
「まだございますので宜しければ仰ってください」
そう言うと扉のそばまで下がり置物のようになる。
メイドとはそういうものなのかもしれないが、すごい違和感だ。カミーノ家でもメイドさんは沢山居たが、こんな個室に張り付かれたことはなかったので気になって仕方がない。
とりあえず気にしないようにと思い食べることに集中する。モニカも気を遣ってか、話しかけてこないのでありがたく黙々と食べ進める。
「そんなこと私がやります。どうぞ座っててくださいまし。私が怒られてしまいますわ」
おかわりを貰おうとベッドを立とうとするとメイドさんに止められた。そして言葉を発する間も無くカップを奪われると、おかわりを入れられ手渡された。
言いたいこともあったがここは彼女のホームグランド。口をつぐみ再び食べ始めれば、紅茶を飲みながらも興味深そうにモニカが見ている──なんじゃ?食べたいのかな?
「何か変?」
「ごめんなさい、見過ぎでしたね。特に変とかではありません。よくお食べになるなぁと思って見てました」
まだ二杯目ですが?美味しいし。
「食べる?美味しいよ?」
スプーンに掬いモニカに差し出せば、顔を赤くして慌てるモニカ。
「えっ!?い、い、いえ、けけけ結構です」
俺、そんな変な事した?
気にせずパクパク食べ進め、三回程おかわりしたところで土鍋のお粥を完食した。
まだ食べれそうだったのでせっかく持って来てくれたフルーツを頂く。自分で食べる前にモニカに「食べる?」とフォークに刺して差し出してみたが「結構です」と澄ました顔で断られた。扉の横に立つメイドさんが口に手を当ててクスクス笑っているが、何が可笑しかったんだろ?
食べ終わると空のお皿の代わりにお茶が手渡された。見たこともない茶色のお茶で少々香ばしい味わい。名前を聞くと〈麦茶〉というお茶で、この辺では一般的に飲まれているらしい。
俺はここでは一般的だと言われた麦茶を知らない。つまりここは俺の知る土地ではないということだ。ルミアはいったい俺をどこまで飛ばしたんだ?
「改めて、助けてもらい感謝します。ところでココはどこなんですか?どうも俺の知る土地とは少し違うようなんだ」
「それも含めてになりますが、明日の朝食を我がヒルヴォネン家の当主様とご一緒くださいませ。その時に改めてお尋ねする方がよろしいかと。
今日はまだお体が本調子ではないはず、そろそろお休みくださいな。明日の朝、起こしに参りますのでご自分の服にお着替えなさってください。その後、朝食に参りましょう」
当主さんか、目上の人との対面は緊張するな。そういえばヒルヴォネン家と言ったな。やはりモニカは貴族の娘なんだな。
「わかりました。そういえばこの服、凄く着心地がいいんですね。こんな服初めて着ました」
自分が来ている服を触るとツルツルスベスベでとても気持ちがいいのだ。
「そちらはシルクと言う素材で出来ておりまして、高貴な方達のお召しになる物です。冒険者の方では着る機会はないのかもしれませんね。
今着ているものは洗濯いたしますので、明日、着替えましたらベットの上に置いておいて下さい。下着の方はそのままお使になられて大丈夫です」
ん?下着?……んんっ!?
いつもと感じが違う事に今になって気が付いた。戦いの後、三日も寝ていたはずなのに身体がベタベタしない……身体も拭いてくれた?下着も替えてくれ……た?それってつまり……そういう事ですか!?
今更ながらに事態を理解した俺の顔がだんだん赤くなるところに、メイドさんはすまし顔でとんでもない事を言い出す。
「なかなか立派な息子さんですね」
「え?息子?」
ポカンとしているモニカは『なんのこっちゃ』って顔だ。メイドさんは朗らかに微笑んでいるが俺も一瞬理解出来なかった……が、すぐに思い当たるフシがあったので恐る恐る正解かどうか確認してみる。
「えっとですね、あの……着替えをしてくれた人は……」
「私がお手伝い致しました」
「……身体を拭いてくれたのは?」
「はい、私ですね」
機嫌良さげに見つめてくるが、自分の考えが正しかったことを知り益々顔が赤くなる。
「あんなの見てしまったらこっちからお願いしたいですね。夜伽を希望なさいますか?」
赤い舌を少しだけ覗かせ、形の良いふっくらとした唇を右から左へと舐めていく。
「コ、コ、コ、コレット!?何を急に言い出すんですかっ!?」
「あらお嬢様、意中の殿方には積極的にアタックしないといけないとお教えしませんでした?」
「そ、それとこれと一緒にしないでっ!」
「お嬢様にはまだ刺激が強かったですかね。まぁ、盗ったりしないのでご安心なされ」
小悪魔のように不敵な笑いを浮かべるメイドさん──コレットって名前みたいだな。この人には人間として敵わない気がした。
「えっと……夜伽とかはいいんで……」
「あら、残念ですわね。心変わりしたらいつでもおっしゃってくださいね。では、そろそろ失礼します。お休みなさいませ、レイ様」
ワゴンを押してすまし顔で出て行った……あの人を敵に回してはいけない、そう心に刻み込む。
「もぉ、コレットが失礼してすみませんっ。私も失礼しますね、お休みなさい」
「あぁ、お休み」
ようやく一人になり静かになると、ベッドに置かれたままの白結氣が目に入る。
「ユリアーネ……俺、頑張って生きていくよ。ユリアーネの分まで。だから見守っててくれよ」
不思議と起きたばかりの時より心が重くならない。なぜかと思ったが、もしかしたらコレットさんの言動は……俺の心に配慮してワザと気持ちが明るくなるような会話をしてくれてたとしたら本当に凄い人だな。
そんな考え事をしながらユリアーネが隣に居ない最初の夜を眠りについた。
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