3.ルミアの魔導具
着替えを済ますとコレットさんに連れられ食堂へと向った。そこには既にモニカとそのご両親が席に着いており俺を待ってくれていたようだ。
モニカの向かいの席に案内されると、まず初めに挨拶とお礼を口にした。
「おはようございます。お待たせしてすみません。あと、なにはともあれ助けて頂き感謝します。ありがとうございました」
「おはよう。まぁ座りたまえ。体調はどうだね?」
俺が座ると同時に待機していたメイドさん達が一斉に動き出し食事が配られ始めた。見知らぬ貴族との食事……朝食なのでテーブルマナーは緩いとはいえ緊張する。カミーノ家での生活のお陰で多少なら知っているとはいえ、こんなことになるならティナに教えてもらっておくんだった。
「はい、おかげさまでだいぶ良くなりました。あ、ええっと、申し遅れました。俺はレイシュア・ハーキースと言います。レイとお呼びください」
「レイ君か。私はストライム・ヒルヴォネンだ。ストライムでかまわんよ。こっちが妻のケイティア。あっちは既に知っているだろうが娘のモニカだ。ヒルヴォネン家の一人娘なんだが少々お転婆が過ぎてな。将来、婿がもらえるか心配でならんのだよ」
「っ!!お父様っ!誰がお転婆ですって!?」
「わっはっはっはっはっ」
いや、いきなり何言い出すんでしょ、この人。
苦笑いするしかない。もしかして緊張してる俺にと気を遣わせてしまったのかな?
「まぁ、それはさておき何やら聞きたいことがあるそうだな?」
「あ、はい。俺はここの家の庭に倒れていたとのことですが、俺の記憶にある場所と、ココとが大分違うようなのです。変な言い方ですが、ここはどこなのでしょう?」
ちょっと考え込むような顔をしたストライムさん。もうちょっと言い方変えた方が良かったかな?
「ここはどこか、か。 王都は分かるかな?王都サルグレッドから馬車に乗り北へ走ると八日の所にあるプリッツェレと言う町になる」
「王都の北……俺がいたのは王都の南西に位置するゾルタインという町でした。恐らくですが、俺の先生が使った魔法により転移させられたのかと思います」
「なにっ!転移魔法を使って飛ばされただと?」
「あ、いえ。使ったのは俺の力を封印する為の魔法でした。最初は上手くいっていたようなのですが、いきなり光に包まれたかと思ったらここに飛ばされたのです。多分事故だと思います」
難しい顔をして考え込むストライムさん。事故とはいえなんでこんな遠くに転移なんてしたんだろう?飛ばされたのがこの家の庭先で良かったよ。三日も寝ていたんだ、森に一人きりで居たらどうなっていたか分かったもんじゃない。
「事故か。それにしてもこんな遠くまで飛ばされるとは、君の先生は凄いものだな。そもそも力を封印とは?そんな危険な力を君は持っているのかね?」
「俺もよくわかりません。ただ先生がそう言うのなら、そうなのでしょう」
「危険な力を持つ男か、面白い。その力が無くとも君自身、相当強いんだろう?」
「いえ、そんなことは……」
「うちのコレットとどっちが強いんだろうな?」
横目でコレットさんを見てニヤリとするが、当のコレットさんはすまし顔で壁際に立っているだけで無反応だ。
コレットさん……か。多分身体強化すれば勝てるだろう。けど……気分的に勝てる気がしないんだよなぁ、あの人。
「俺では彼女に敵いそうにありません」
今度はコレットさんが反応した。
「あら、それほど強い魔力をお持ちなのに謙遜されるのですか?」
「え?……あぁ魔力ね。俺、魔力はあるけど魔法は一切使えないんです」
「大袈裟な冗談だな、得意でないのはあいわかった」
「いえ、誇張でも嘘でもありません」
「……一切とは生活魔法も使えないのか?小さな火を出したりも出来んと言うのか?」
聞かない体でいたメイドさんを始め、コレットさんやストライムさんもよほど驚いたらしく動きを止めた。確かに国中探しても魔法が一切使えない奴なんてほぼいないんじゃないだろうか。でも魔力は毎日鍛えているから以前よりだいぶ増えたはず。それに、俺にしか出来ない特技もある。
「少しも、これっぽっちもです。魔力自体は先生に言われて鍛えていますので、量が多いのかと思います。あぁそうだ、魔力勝負なら勝てるかもしれませんね」
食事中だが失礼して鞄を漁り拳大の大きさの水晶玉を取り出す。俺が魔力の鍛錬に使ってる魔晶石だ。
「これに魔力を込めるとその人の魔力の強さが分かるんです」
「それは……ちょっと見せてもらってもいいかね?」
コレットさん経由でストライムさんに魔晶石を渡すと、まじまじと観察を始める。そんなに珍しい物なのかな?そういえば確か、あまり人に見せるなとは言われていたな。
するとストライムさんの顔が真剣なものに変わっていく。
「君はこれを何処で手に入れたのかな?」
「それは先生のものです。俺の魔力の鍛錬の為にと貸してくれました」
「その先生の名前はなんと言うんだね?」
「えっと……ルミア……なんだっけ。ルミア……そう ルミア・ヘルコバーラです。 あの、それが何か?」
「ルミア・ヘルコバーラ……何処かで聞いた名前のような……ルミア……ヘルコバーラ……ルミア……ん?もしかして……」
ストライムさんの顔に驚きと焦りのようなものが浮かび上がる。一体どうしたんだ?ルミアってそんなに有名人?もしかして世間ではヤバイ人?
「すまん、ちょっと調べものを「旦那様っ」してくる。食事中に「だんなさまっ」席をはずしてすまない」
慌てて席を立ったストライムさんだが、コレットさんの声が聞こえてないのか?どんなけ慌ててるんだ?
「だ、ん、な、さ、まっ!」
「なんだコレット、後にしなさい」
「旦那様、お座りください。旦那様のお考えは間違っておりません」
まっすぐストライムさんを見つめるコレットさん、時が止まったかのように二人で見つめ合う。僅かな間を置いてコレットさんがコクリと頷くと、ストライムさんも腰を降ろした。
「ルミア・ヘルコバーラ様は転移装置の生みの親です。その石を見る限り恐らくご本人かと」
「やはりか……レイ君の先生はお元気なのかな?だいぶ御高齢だろうが、叶うことなら魔導師の端くれとして一度お会いして見たいものだ」
「ピンピンしてますけど人との接触を嫌い山奥に隠居するような人なので会うのはちょっと分かりません」
「そうか、残念だな。その玉はおそらく各教会にある転移装置の要となる石だ。人には見せない方が良いだろう。他にもルミア様の作品を持っているのかね?あれば見せてもらいたいのだが」
顎に手を当て少し考える、なんかあったっけ?ってか自分の先生を褒められるって嬉しいことだな、初めて知った。ルミア、あんた褒められてるぞ……って、嬉しがらないか。
「そういえばこれもそうですね。理由は分かりませんが今は動きません」
耳に付けていた金色の三日月イヤリングを外してコレットさんに渡すと、受け取ったストライムさんは興味深げにそれを見た。だがさっきも言ったように、昨日の寝る前に試したのだがルミアと連絡を取ることが出来なかったのだ。
「これはなんだね?」
「通信具です。もう一つあるイヤリングに声だけを転移させる物だそうです。これを付けたもの同士なら、離れていても魔力が通る限り会話が出来ます」
みんな目を丸くしているが確かに他では聞かない画期的な魔導具、そういえばこれも他の人に知られちゃ駄目って言われてた気がする……今更だけど思い出した。
「えっと……一応口止めされてたので、ここだけの話でお願いします」
「あ、あぁ……わかったよ、ここだけの話にしよう。皆良いな?それにしてもどうして動かないんだ?」
「旦那様、私に見せてくださいませ」
コレットさんが手に取り色々な角度から観察しているが、そんなんで何か分かるんだろうか?おかしな転移の衝撃で壊れたのかもしれないし、もしかしたらあの黒い魔法のせいか?
「恐らくですが、魔力切れではないでしょうか?この赤い小さな玉は魔石だと思われます。ただ、不思議なことに魔石なのに魔力を感じられません。普通の魔石なら魔力が切れた途端に消えて無くなるものですが、これはもしかしたら特別な物なのかもしれません。それにしてもこんな赤くて小さな魔石は初めて見ましたわ」
赤い魔石は最上級品、たった一つでも金貨百枚を優に超える。通信具に取り付けられているのは全部で四つ、それも赤の中の赤という最上級の魔石の中でも質の高い物だろう。咄嗟の事だったとはいえそんな物を持ってきてしまったことに気が付き恐ろしくなってきた。
だが、今更だ。鞄に入れておけば誰にも見られる事はないが、白結氣共々これもユリアーネの形見なので出来れば肌身離さず身につけておきたい。
何にしても魔石の換えなんてないから通信具は使えませんってことだな。ルミアと連絡を取れない以上、地味に馬車で戻るしかない。
「貴重な物を見せてもらってありがとう。それで、君はこれからどうするね?」
「そうですね、ちょっと遠いですが自分の家に戻ろうかと思います。助けてもらっておいて何もお返し出来ないのは心苦しいですが、俺にも待っていてくれる仲間がいます。早く無事を伝えたい」
いろいろしてくれたのに申し訳ないけど、みんな心配してるだろうしな。早く戻らないと。
顎に手を当て考え込むストライムさん。
俺は命を救われている。やっぱりなにかしらお礼をしていかないと礼儀に反するかな?でも俺に出来ることなんてほとんどないぞ?
「強制はしない、だが君がこのままでは心苦しいと思ってくれるのなら、少しの間で良い、ウチにしばらく滞在しないかね?護衛の仕事という名目でかまわんが客としてもてなそう。
仲間への連絡ならギルドを通してでよければ無事を伝えることは出来る。それでは納得しないかね?」
お礼をしたい気持ちも有り、連絡してもらえるのならばと折角のお誘いなので受ける事にした。
紙とペンとを借りてウィリックさん宛に手紙を書く。その様子を隣に座りなおしたモニカが顔をしかめて見ていた。
描き終わると一応読み直してみる。うん、おかしな文ではないはずだ。まぁ無事が分かってもらえれば良い。
「レイさんは個性的な字を描かれるんですね」
「えっと……はっきり汚い字って言ってもらっていいよ?でも読めなくはないだろ?」
苦笑いで見ているモニカの後ろからコレットさんが覗き込むと微笑みを浮かべる──第六感を刺激するその笑いはいったい!?
「殿方は字が綺麗である必要はありません。特にレイさんは冒険者なので大丈夫です。それをフォローして差し上げるのが女性の務めでもありますわ、お嬢様?」
「コ、コレットが何を言いたいのか分からないわっ!」
楽しそうに笑うコレットさんを微笑ましげに見つめるケイティアさん。モニカのお母さんなのに見た目が物凄く若く、まだ二十台前半でも通りそうな感じでとても美人だ。お母さんと言うよりは少し歳の離れたお姉さんと言った方がしっくりくる。
「モニカ、勉強の方は順調なの?」
「大丈夫よお母様、全て順調だわ。魔法もね」
「それならいいのだけど、そろそろ違うお勉強も必要かしらね?」
意味深な言葉を残し席を立つケイティアさんは、ポンっとモニカの肩を叩くと軽い足取りで食堂から出て行った。
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