3.第一印象は大切に

「おっ、おばさん!?」


 リリィのお母さんはフォルテア村の消滅と共に亡くなった。だがあまりにも似過ぎていた為に人違いだと判りつつも言わずにはいられなかった一言は、違う意味でその人の心に深く刺さり込んだらしい。

 細い眉の間に刻まれる事となった深い皺、俺を見てすらいなかった彼女のこめかみには遠目にもはっきりと分かるほどの青筋が浮かび上がっていた。


「…………お、ば、さ、んんっ!?」


 言葉には例え意図しなくとも言って良い事と悪い事がある。NGワードを全力で打ち込んでしまいヤバイと理解出来た時、それを助けるつもりがあったのかは定かではないがレインボーローズから湧いて出たミニリリィが『忘れてない?』と主張するかのように七色の光を放つ。


「王家の血を引く娘は預かりました。返して欲しければ身代金として……じゃなかった、間違えた、今の無し!

 えっと……明日の朝再び此処を訪れなさい。理解しましたか?闇の皇子」


「お前っ、リリィをどうした!明日とかいいから、さっさと、今すぐ、速攻で返しやがれっ!」


 勝手に人の嫁を連れ去って明日取りに来いとか言われて納得出来るはずもなく、ちょっと驚かそうとミニリリィを少しだけ強めに握り締めたが嫌がる素振りも痛がる様子もないので余計にムカつく。軽く身体強化までして更に力を加えて見るものの少しも意に介した様子がない。


「あの娘に少し話があるだけです、危害を加える事は無いので安心なさい。いいですね?明日の朝、この場所に迎えに来るのですよ?」


 言いたい事を終えると、ミニリリィは細かな光の粒子へと姿を変えバラバラと花壇へと落ちて行ってしまった。リリィの行方を知ってそうな奴は人の話しも聞かずに消え失せ探す手段を失ったが、閃きが頭を過ぎり左耳にある通信具に手を当てると魔力を通した。


「リリィ!リリィっ、聞こえるか?リリィ!!返事しろよっ!」


 魔力が繋がっている気配も無ければ応答も無い。リリィが居なくなったという事実に愕然とした思いが胸を支配したとき、俺の腕を取る者がいた。


「先程の妖精からは悪意は感じられませんでした。少々不安はありますが彼女の言葉を信じましょう?」


 俺を安心させようとしてか無理に微笑むサラ、彼女も不安が無い訳ではないのに俺を気遣って笑ってくれている。このままリリィが帰るのを待つしか手立てはないのか……。


 すると今度は背後から俺の肩に手が置かれる。だがそれはサラのように優しいものではなく、鷲掴みにされたと表現するのが好ましいほどに力の篭ったもので『なに?』と顔を向ければ、引き攣る頬を無理矢理笑顔に換えている青筋を立てたままのリリィのおばさ……いや、美しいお姉様がそこにいらっしゃった。


「レインボーローズから精霊が現れたなんて話しは聞いたことが無いわ。それに闇の皇子とは聞き捨てならぬな。レイシュア・ハーキース、貴殿は一体何者なのだ?」


 そのおば……いや、お姉さんが俺の名前を知っている事を不思議に思っていると、ハッと何かに気が付き険しかった顔が急に引き締まる。

 素早く肩から手を退け、背筋を伸ばして美麗然とした態度で立つ姿は貴族の令嬢と言うよりお堅い印象のある騎士団員のようだ。


「失礼しました、お初にお目にかかります。私の名はトーニャ・フランシス、このクレルトルの領主の妻にございます。町の衛兵より連絡を受けご挨拶に参上しました。貴女様がサラ王女殿下であらせられますね?」


 一歩退がり、跪きそうな勢いでサラに敬意を示したトーニャさんはそのルビーのような赤い瞳で真っ直ぐにサラを見つめる。やはり近くで見ると益々リリィの母親にしか見えずまじまじと見つめていると、最初の印象が悪過ぎたのか チラリ と俺に向けられた目はそれはそれは冷たいモノだった。


「ご挨拶など不要だと門番の方にも申し上げたと思いますが、わざわざのお出向き感謝致します。ですが、私は現在婚前旅行の最中です。身分など考えずに気楽に旅を楽しみたい、その気持ちを察していただければ幸いです。どうぞ町娘と同じように扱ってください」


「しかし!……いえ、なんでもございません。王女殿下のご希望とあらば、そうさせて頂きます。

 それで、先程の精霊の言葉からすると今夜はこのクレルトルにお泊りですよね?でしたら是非とも我がフランシス家の屋敷においでくださいませ。勿論ご身分の方は家の者にも明かさぬゆえ、王女殿下さえお許し頂ければ私の友人とでも伝えておきますがいかがでしょうか?」


 魔導車で町に入った以上最低でもその町の領主に所在がバレるのは仕方がない。俺の配慮が足りなかったと言えばそれまでだが、今更そんな事を言っても始まらない。

 サラの目が「どうする?」と聞いて来るので頷くと、俺以外には分からないような小さな仕草で仕方ないと諦めたような顔をしてからトーニャさんに視線を戻して微笑んだ。


「では、お言葉に甘えて一晩お世話になります。トーニャさん、どうぞ私の事はサラとお呼びください。ここにいる皆もそう呼ぶので、その方が自然でしょう?」


「そ、そうですね……ではそのようにさせて頂きますわ、サラ」


 理解を示してくれる柔軟な思考の持ち主に頷くと二人で微笑み合った。

 機嫌が良さげな今がチャンス!最初に突き立てた言葉のナイフの誤解を解いておくのなら今しかないだろう。


「あ、あの……トーニャさん?」


 変わらぬ笑顔のままなのに氷のように冷たい視線に思わずたじろいでしまう……が、言うなら今が最良の時だと踏んだ俺は、凍て付くような視線に尻込みしながらも誤解を解く為に勇気振り絞り気の重い一歩を踏み出した。


「あ、あの……ですね、先程は失礼な呼び方をしてしまいすみませんでしたっ!」


「相手の機嫌が悪くなったら謝ればそれまでとお思いでしたらそれは間違いですよ」


 俺を敵視するプラチナブロンドの美女。少しだけ波打つ背中まで伸びたフワフワの長い髪や、少しだけ色の違う宝石のような瞳、すっきりとした細身の美人顔もリリィとそっくりで、トーニャさんがスピサ王家縁の者である事を物語っている。


「いえ、そうではないんです。実はトーニャさんの容姿が幼馴染の母親にそっくりだったものでして、その人を指して思わず口に出た言葉が “おばさん” だったわけで、決して見た目が若くて綺麗なトーニャさんの事を “歳をとった女性” という意味で言ったのではないのです」


「ふぅぅん……」


 それでも尚、訝しげな顔をしているトーニャさん。しかしアルの援護射撃の甲斐も有り、どうにかこうにか誤解を解くに至った。「いつまでも怒っていちゃダメね」と大人な対応で俺に対する彼女の態度は改善され、普段通りの姿だろう穏やかなものとなった。



▲▼▲▼



「貴族自ら運転するとは思わなかったですわ。メイドもちゃんと居るのに、まさか王都を出てからクレルトルに来るまでずっと貴方が運転をしてきたわけじゃないわよね?」


 サラの隣は恐れ多いと断られたので、コレットさんがすかさずドアを開けてくれた一番前の席に乗ってもらい、先導するフランシス家の馬車の後ろをゆっくりと付いて行く。


 十年後のリリィはこんな感じだろうなと見惚れかけていた自分に声がかかり妄想を緊急停車させると、質問は何だっけと少し焦った。


「ご存知かどうかは知りませんが俺は元々冒険者です。貴族になったからと言って後ろで踏ん反り返るのは性に合わないんですよ。俺が好きでやっているんですが、可笑しいですか?」


 クスリと笑ったトーニャさんの顔にリリィのお母さんの顔が重なり、もう会えない筈の人に会えたような気になり不思議な感じがする。


「たまにそういう変わった貴族も居るそうなので、そんなに気にすることでは無いのかも知れませんね。

 それと、貴方は王女殿下のご婚約者なのでしょう?本来なら私の方が身分は下なのです、お連れ様方に話すように普通に話して頂いて大丈夫ですよ」


「そうよ、お兄ちゃんは王族になるのよ。偉いんだからね?」


 俺が困惑するのが楽しいのか、俺達の背もたれに置いた腕に意地悪そうな顔を乗せ ニコニコ と楽しそうに会話に加わってきた。


「モニカ〜、俺がそういうの興味無いの知ってるだろ?俺がサラと一緒にいるのは王女だからじゃない。たまたま好きになったサラという女の子が王女だったってだけだろ?」


「あら、そうでしたっけ?」


 モニカの真似をして二人で顔を並べると、楽しそうに笑うサラが王女らしからぬ態度で俺をからかい始める。それは二人にとって計算だったのか、堅かったトーニャさんの態度も多少はほぐれたようで、和やかな雰囲気になった魔導車はフランシス家の屋敷へと入って行った。



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