2.世界に一つだけの花
クレルトルの町は大きかった。王族が滅ぼされたからと言って町そのものが滅んだわけではない。町というのは人の寄り集まっている場所の事。当時のサルグレッド軍もスピサ王国の人間を皆殺しにした……とかではなく、それを主導する王族を排除しただけに留まったのだろう。
町の人達の行き交う大通りの両脇には、建物と少し間隔を開けて大きな木が通りに沿って等間隔で植えられており、それが騒然と立ち並ぶ景色は美しいものに見えた。
涼しげな木陰には思い思いの人が寄り集まるようで、若いカップルが仲良さげに何かを食べていたり、仲間を待つ冒険者なんかが身体を休めている一方で子供達が元気に走り回る姿が目に入り自然と笑みが溢れてくる。
「良い町ね」
操作球の上に置かれた俺の手に自分の左手を重ねると、にこやかな顔を向けてくる。いくら自分の故郷ではないとは言え、祖先が造り育てた町が住みやすそうな良い町であれば嬉しくなるというのも頷ける。
いつか俺も同じようにルイスハイデ王国の後に残っているであろう町に訪れる機会があれば行ってみたいと、少しだけ思った時だった……
「レイ様、旧ルイスハイデ王国の跡に町はございませんよ」
俺の思考を詠んだかの如く完璧なタイミングで言葉を発したコレットさんに驚くと共に、その内容も衝撃的なものだった。
「旧ルイスハイデ王国は国全体が一丸となって攻め入ったサルグレッド王国軍と戦ったそうです。その所為で町の殆どは破壊され、そこに住んでいた人々もまた粛正されたとのことです。今では瓦礫と化した王城と、破壊された町がそのままの形で廃墟と化しているという話し。
因みにこのクレルトルはサルグレッド王国軍の侵攻の際、城壁を突破されると直ぐに市民の暮らす城下町を結界で包み込んだ為に難を逃れ、王宮の破壊のみという最小限の被害で済む事となり今日に至ると言われております。
理不尽な侵攻に戦うことすら許されなかったと批判する声も上がったという話しもありますが、自分達の事は顧みる事無く “市民には指一本触れさせない” という強い意志の元に守られた事に感謝の念を抱く者が殆どだったそうです」
ルイスハイデは残っていない、そう聞いた時、若干のショックを受けた。だがそれは “このクレルトルのように素晴らしい町かもしれないから見てみたい” という期待があったからだ。無ければ無いで “そうなの?” 程度の軽い気持ちだったのだが多少とはいえテンションが下がったのは致し方ないだろう。
「私達の故郷はフォルテア村よ?この町はたまたま通り道だったから見てみたくなっただけ、ただそれだけよ」
右手に重ねられたリリィの左手、その細く長い指が俺の指を優しくなぞる。その顔からは『私が居ないとダメね』そんな言葉が出てきそうな雰囲気を見せる。自分ではそんなつもりはなかったが、リリィからすれば落ち込んでるように見えていたという事だろう。
「旅から帰ったらみんなの墓参りに行こうぜ、リリィはまだ村のみんなに挨拶してないんだよな?俺達が一緒になったって報告したら化けて出てきたりして?」
「ちょっとぉ?冗談でもそういう話は止めなさいよ。本当に出てきたらどうするのよっ」
もしももう一度、母さん達と話す事が出来るのならば、リリィを含めモニカ達を紹介したい。こんなに沢山の妻達を得て幸せに今を生きている、と。だから母さん達は何の心配もなく安らかに眠ってくれと伝えたい。
「出てきたら俺が光の魔法で成仏させてやるさ」
「そうね……そうして」
一瞬寂しげな表情を浮かべたが笑顔で俺の冗談に答えたリリィ。たぶん彼女も同じ思いでいる事だろう。別れの挨拶とは自分の心にケジメをつける為の重要なセクションなのだと今更ながらに気が付いた。
町門から真っ直ぐ伸びるメインストリートをゆっくり進めば、魔導車が物珍しいのか好奇の目が彼方此方から向けられる。だがそんなモノを気にしていてはやってられないので、なるべく気にしないように努力しながらも安全には気を付けて町の中心へと走らせて行くと、一般人の家よりは遥かに大きな屋敷が何軒も立ち並んだかと思ったら、やがて馬鹿みたいに広い公園へと入って行った。
「恐らくこの辺りから王宮の跡地だと思われます」
そのまま進んで行くと馬車の停留所が設けられており、ちょうど馬車から人が降りている所だった。その馬車は町から町へと旅をする時の乗合馬車のように小屋のような造りではなく、壁などは無く屋根も簡易的な日除け用の布製の物で、恐らく町中専用の移動用巡回馬車なのだろう。
そんなモノがここに来ているという事は歩いた方が良いだろうと思い魔導車を停めると、降りた途端に風に乗り フワリ と花の香りが漂って来る。
「んん〜っ、いい匂いですねぇ」
目を瞑り両手を広げて胸いっぱいに空気を吸い込んだエレナはそれだけで愉しげな表情をしている。
「あ、本当だ。何の花だっけ?」
「えっ?本当に分からないの?」
「カミーノ家の屋敷にも沢山あった花ですよ?」
「お風呂に花弁浮かべたりしなかった?」
「あ〜っ!アレね、薔薇!どおりでいい匂いな訳だ」
歩き出して少しすると赤や黄色、オレンジに白といった色鮮やかな薔薇の花が咲き誇っているのが見えてくる。俺達と同じようにだだっ広い公園になっているスピサ宮殿跡を歩く沢山の人がいるので、もしかしたら薔薇の花が見頃を迎えているのかもしれない。
「ねぇねぇ、薔薇って沢山種類あるよね?何種類くらいあるのか知ってる?」
花弁が五枚程度しかない物もあれば、多くの花弁が折り重なる物や、花弁が外側に丸まっている変わった物と、モニカの言うようにこうして歩いているだけでも色や形が違う様々な薔薇がある。
中には本当に同じ花だろうかと疑いを持ってもおかしくないほど形が違うモノもあり、見ているとなかなかに面白い。
「え?知らない……サラは知ってる?」
「正確には分からないらしいわよ?なにせ二万種類を超えるとかって話しで、うちの図書館にも分厚い図鑑が三十冊ぐらいあったわ」
沢山あるなぁとは思ったが二万種類とかとんでもない数だな。
自然と綻ぶみんなの笑顔を見ながら真っ直ぐ伸びる道に沿って造られた花壇の中をリリィと並んで歩いて行くと、薔薇の花を描くよういくつもの花壇が円形に設置された公園の中心部へと辿り着いた。
「カカさまっ、これは凄いですね」
「ほんと、こんな花壇が家にあったらいいね」
立体的に設計された薔薇の花型の花壇は、中心へ向かうほど少し傾斜がついて低くなっており端から眺めるだけで全体がよく見える造りになっている。花弁を模した花壇毎に咲いている花の色が変えられており、綺麗な虹色の薔薇を創り出していて思わず見惚れてしまう程に美しい光景だ。
「この花壇の中心には神秘の花と呼ばれる《レインボーローズ》が咲いている筈です。レインボーローズは七枚の花弁を持つ薔薇で、この花壇のようにその一枚一枚が違う色をしていることから名付けられたとの事です。
世界中でここにしか咲かないレインボーローズは一度に一本しか咲くことのない貴重な花です。
十二本あるレインボーローズは一月毎、規則正しく順番に、十二ヶ月周期で花を咲かせるので年中その姿を見る事が出来るのだそうです。
円形に生えているレインボーローズは枯れる事が無くただ花弁が散るのみで、咲いていた花が散るのと入れ替わりに隣の花が咲く事から、まるで命のバトンを繋いでいるようだと、その様子から “神秘の花” という二つ名が付いたそうです」
腰の高さまである円形の花壇にはコレットさんの解説通り七色の花弁を持つ薔薇がポツンと咲いていた。枯れないというの本当のようで、その花壇には花弁が散り、葉っぱと棘のある茎だけになった十一本の薔薇も青々と元気そうに生えており、花だけが摘み取られてしまったかのようでなんだか可愛そうにも思える。
「世界に一つだけの花……か」
物憂げな顔でポツリと呟いたリリィが両手を膝に当てて屈み込み、レインボーローズの香りを嗅ごうと顔を近付けたその時、すぐ隣にいたはずのリリィの姿が忽然と消える。
「は!?」
我が目を疑う突然の出来事に一瞬思考が固まるが、辺りを見回すと俺だけではなく皆一様に目を丸くしていたので見間違いなどではないことは明らかだ。
「リリィっ!!」
返事が無いと判りつつも存在を確かめようと叫ばずにはいられなかった。だが、それに応えたのは唯一花弁を付けているレインボーローズ。淡い七色の光が立ち昇ると目線ほどの高さに手のひらサイズのリリィによく似た不思議なモノが現れ空中に浮かんだ。
「うそっ!?アレはまさか、精霊!!」
見知らぬ声に振り向くと同時、心臓が飛び出るかと思うほどの衝撃が俺を襲う。
レインボーローズを形取った立体花壇の淵、そこに居たのはリリィの十年後を思わせる容姿をした金髪の女性。
その人は亡くなった筈のリリィのお母さんと瓜二つだったのだ。
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