第七章 母を訪ねて三千里
1.旧国の跡地
ミカエラとベルに「また来るよ」と後ろ髪引かれる思いで別れを告げてティリッジを離れたのが半日前、旧スピサ王国の跡地にある町クレルトルに行きたいと言ったリリィを隣に座らせ砂漠を突っ切った。
広大だった砂の大地も一時間も経つ頃には終わりを告げ、草木も疎らな草原へと姿を変える。そのまま直走るとやがて大きな森が広がりを見せるが、目的地はその森の向こうだと告げる魔導車にどうしたもんかと悩んでいると街道が見えてきた。
「ラッキーっ!」
街道に向けて魔導車を進ませると、安全を考慮して少し速度を落としぎみで街道に乗り、森へと入る。
「なんだか懐かしい感じがするな」
「そうね、ベルカイムの周りの森みたいね」
そこそこ太い木が生え揃う森はアルやリリィも感じる通りベルカイムを取り囲む森に似ていて、そんなに長い間離れているわけでもないのにダンジョンという閉鎖空間に居た所為か、なんだかとても懐かしく思えた。
そんな街道を進んで行くとやがて森を通り抜け緑豊かな草原へと出る。少し遠くに見えるのはかつての王国の名残だろうと安易に想像がつく立派な城壁。今はもう王国ではなくただの町となったので街壁と呼ぶのが正しいのか。
王都の外城壁と遜色無いほどの高さを誇る立派な街壁は近くで見ると所々色が変わっている場所があり、先の大戦で一度壊れた物を修復したのだろうとは想像に難くない。こんな良い街壁があれば例え魔物の大群が襲いかかろうとも町の人達を守り通せる事だろう。
街壁の一角、街道から町中の道へと変わる変化点に設けられた大きな門には何組かの検問待ちの馬車が止まっていたが、そういえば魔導車のまま町に入るのって初めてだなと思いつつもコレットさんの指示によりその列の左側を門の所までゆっくりと進む。
すると、恐らくミスリル製なのだろう、鈍い銀色の鎧を身に纏った端正な顔立ちの若い門番さんが魔導車の前に出てきて、物腰柔らかに手をかざして『止まってください』と合図をするので素直に応じた。そして俺の横に歩いて来たかと思えば腰を折り目線を合わせて来たので窓を開けてやった。
「大変申し訳ございません。私の勉強不足だと思われますが、こちらの魔導車に示されている家紋に見覚えがございません。差し障りなければお名前を頂戴してもよろしいでしょうか?」
とても紳士的な態度で顔を覗かせる門番さん、考えても見れば貴族の乗っている魔導車を停めているのだ。相手によっては怒りをぶつけられてもおかしくない状況なのだろう。もし仮にそんな事態になったとしたら、この人の命すら無い、そんなことにもなり兼ねないので応対は出来る限り慎重にならざるを得ないのだろう。
「あ、えーっと、レイシュア・ハーキースです」
「ハーキース様、で、ございますか……」
「失礼します、こちらのレイシュア様は先日騎士伯になられたばかりなので家紋の通達が遅れているのかと存じます。
更に、こちらは伝令が来ているのかは疑問ですが、レイシュア様はサルグレッド王国第二王女であらせられるサラ・エストラーダ王女殿下と婚約を成されました。ですのでこの魔導車には、ハーキース騎士伯の家紋が王族の証である金のコインで掲げられている次第です。ご理解頂けましたか?」
俺の後ろに座っていたコレットさんが窓を開け、戸惑いを見せた門番さんに説明をしてくれる。俺達が嘘を言っている可能性もあるだろうに、たったそれだけで納得した顔になると、一歩退がって右手を力強く胸へと当てて頭を下げた。
「やはり私の勉強不足でした、申し訳ございません。皆様の貴重なお時間を無駄にしてしまいました。この処分は如何様なものでも受ける所存でおります。なんなりとお申し付けください」
頭を下げたまま俺の言葉を待っているようなので、どうしたもんかと戸惑ってしまう。
「いや、あの、俺は気にしてないので、貴方も気にしないでください。間違いなんて誰でもあることだし、ただ連絡もらって無かっただけなんでしょ?貴方が悪いんじゃないじゃないですか」
「我が主人は寛容な方です。このような細事でわざわざ処罰を下す方ではございません。ご理解頂けたのならそれで良し、貴方も仕事に戻られては如何ですか?」
そんな事を貴族、それもその最上位である王家の一員から言われて唖然とし、思わず顔を上げてしまった門番さん。
すると、すかさずコレットさんがフォローに回ってあげる……流石、出来る女だ。
「ハッ!寛大なご処分痛み入ります。失礼ついでに申し上げますと、この町クレルトルの領主にハーキース卿のご来訪を告げる事を許可して頂けませんでしょうか?」
再び頭を下げ、そのまま喋り出した門番さん。俺としては「ごめんごめん、知らなかったんだ」「いいよ、気にしないで〜」で終わってくれると気楽で助かるんだけど……そうもいかないらしい。
貴族とはなんとも面倒なものだ。
「それは構わないけど、いつまでこの町にいるか分からないから、わざわざ挨拶とかは要らないとは伝えてもらえます?」
「ハッ!承知致しました。重ね重ねのご無礼申し訳ありませんでした。どうぞクレルトルの町をお楽しみ下さい、失礼します」
一歩退がり、頭を下げたままの門番さんが顔を上げるのを待っていると、コレットさんに『行け』と促されたので、なんとも言えない気分のままに魔導車を町の中へと進めた。
俺としては目を合わせてにっこり笑って「じゃあそういう事でヨロシクっ!」と去るつもりだったので、モヤモヤとしたものが心に残る。やはり人よりも上に立つというのは俺には性に合わない事だと実感した。
「レイ……気に入らない?でももう貴族になっちゃったんだし、慣れないといけませんよ?」
「そうよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんが騎士伯にならなかったとしても、私達と結婚する以上は貴族になるのは避けて通れなかったわ。だいたいサラと結婚するってことは貴族どころかお兄ちゃんは王族の一員になるのよ?」
うぐっ……これからも度々こういった事が起こるということか。あれ?もしかして俺が魔導車を運転してる事もダメとか言われたりするのか?貴族本人が運転する魔導車……いや、嫌な予感しかしないから聞かないでおこう。俺は魔導車を好きで運転しているのだ、取り上げられたらかなわない。
「アル、笑ってるけどお前も王都に行ったら貴族だからな?忘れた訳じゃないよな?」
人が消沈する様子を見てニヤニヤしていたアルもゾルタイン襲撃の功績を認められて王都に行けば俺と同じ騎士伯の爵位を貰えることになっている。自由なのも今の内だっ!ざまぁみろっ。
「俺はお前みたいに派手には生きないから問題ない」
そう言ったアルの顔が若干引き攣っていたように見えたが、まぁ気のせいだったという事にしておいて人通りの多い町中の運転に集中した。
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