62.終焉

 真っ黒でボロボロなフード付きの外套を身に纏う白骨体が大きな鎌を持つ姿は死神の姿そのもの。しかし、残忍なイメージを誘うザラームハロスももしかしたら紳士的な奴だったのかもしれない。

 俺とケオペイルプスのコントのようなやりとりが終わり両者共に戦闘態勢に入ったところで奴の鎌が振り下ろされると、四頭もの青白い炎を纏う銀の巨体が一斉に走り出す。



ガゥッガゥガゥッ!!



 いくら気に入った魔物だとはいえ……いや、気に入った相手だからこそ手を抜いていては失礼に当たるだろう。

 先頭で来る二匹の内の右側の個体に照準を合わせてこちらからも走り寄ると、右手に構える白結氣の間合いに入る一歩手前で急激に右へと身体を逸らした。


 常人なら反応出来ない速度で移動したつもりだったが流石は動物系の魔物。しっかり目で追われて方向を変えようとするが、そこまではさせるつもりはない。


「ハッ!」


 低い体勢から振り上げた白結氣の刃が前足の付け根付近から胴体を両断すると、切り口から青色の炎が吹き上がり、全身に燃え広がって行くに連れて身体が消えて無くなって行く。



──散り際までかっこいいのかよ!



 後続で走ってきた一頭が飛び掛かるタイミングで返す刃を伴いもう一歩踏み込むと、今度は正面から真っ二つに斬り裂いた。


 青い炎となり消えて行く二頭目のケオペイルプス、その炎を割って三頭目が飛び掛かって来たので白光に包まれる刀身に左手を添えて盾にすると、迫る前爪を押し上げ軌道をズラした。

 だがそこへ四頭目がガラ空きになった俺の腹部へと牙を立てようと突進してくる。



グァガルルルルッ!



 防げるかどうか自信は無かったが風壁を咄嗟に作りながらも思い切り身を捻り、その場を飛び退いた。


 四頭目は突然現れた風壁に怯むことなく体勢を変えてソレに着地すると、三角飛びで直ぐさま床へと降り立ち風壁を回り込もうと再び走り出す。

 その間に反転した三頭目が俺の隙を突こうと飛び上がるが、次に来るであろう四頭目を見越して位置取りを考えバックステップで躱すと同時に風の刃を叩き込んだ。



──やはり効かないか……。



 ケオペイルプスも効かないのが分かっているのか、自身に迫る風の刃など避けもせずに俺の後を追って突っ込んでくる。そのまま接触するものの何事も無く身体を透過して行く風の刃を見届けると、更にバックステップで退がりつつ今度は光球を飛ばした。

 するとどうだろう、風の刃は無いも同然気にした素振りもなかったクセに光球は軽やかなステップで避けるではないか。やはりゴースト系の魔物、他の魔法は効かなくても光の魔法だけは有効なのだと奴が証明してくれた。


 以前の失敗を経験に活かす俺は、自分の放った光球がいつまでも存在して迷惑がかからないようにと、壁を突き抜けて外へと飛び出した魔力の繋がったままの光球を引っ張り戻す。

 光球を避けた三頭目は隙ありとばかりに俺に食らい付いて来るが、動物としてのカンとでも言うのだろうか?突然その動きを止めると、慌てて横へと回避行動を取る。その直後、引き戻された光球が背後から迫り三頭目が直前まで居た床を叩いた。



『やるじゃないか』そう思った時、一つの閃きが頭を過る。

 直ぐさま実行に移す為、魔力にイメージを流すと白結氣を振った。



ギャウンッ!



 光球と白結氣を繋ぐ魔力が実体化し、細い鞭のような動きで三頭目の右脚を切断すると、素早くしなやかに動く光鞭は瞬く間に再度攻め入り、その胴体をも二つに分けた。

 何処かの階層の魔物が風の魔法でやっていたもののパクリ、やってみると使いやすく意外にも有効性があるなと感心していると黒い気配が一気に迫って来るのを感じた。


「うぉっとっ!」


 慌てて白結氣を振るとすぐ目の前に黒い魔力を纏った大きな鎌の刃、不意打ちは防げたがケオペイルプスを倒し終わるまでは傍観だと思って油断していた。


 三メートルもある大鎌にも関わらず重さが無いのかと思うほどに素早い連続攻撃に加え、鎌という特殊な形状の武器の為、手元の動きからの予測より早く届いて来る刃の部分に距離感を取るのに苦労させられる。

 しかも宙に浮いている筈なのに一撃一撃がハンマーを打ち下ろすかのように重く、油断すると押し切られてしまいそうだ。


 一瞬の間が空き疑問に思わされると奴の鎌を包む闇の魔力が強くなる。

 『まさか!?』と思い皆と繋がったままの魔力の糸に光の魔力を注いだとき、それがフェイクだと気が付いた。



ガゥッ!グルルルッ!



 振り下ろされる鎌と横から走り寄るケオペイルプス最後の一頭、ザラームハロスの作戦で一瞬反応が遅れ、完全にタイミングの合った見事な攻撃にどうしようかと迷いが生じる。


──白結氣だけでは二つを同時に防ぐ事は不可能。


 だが、奴の使う鎌は長物の武器。リーチがある分取り回しが難しい為、あまり近付かれると戦い難いはずだ。ならば不得手である筈の至距離戦に持ち込むようにと、一応の安全策として自分の身体に光の魔力を纏わせ、ザラームハロスへと飛び込んだ。


 念の為に張った風壁をケオペイルプスが蹴る瞬間、突然間合いを詰められたザラームハロスは照準が狂い少し後ろに退がったので鎌の威力が半減する。

 鎌の柄に白結氣を当て軌道を逸らすとそのまま体当たりを噛ませば、骨だけの身体は当然の如く硬くて ゾッ とするほど冷たかった。

 髑髏の奥で光を放つ赤い目からは驚きのような物が感じられると同時に光の魔力で覆われていても尚、負の感情が流れ込んでくる。



 痛い、辛い、苦しい、寒い、憎い、寂しい……



 色んなものがグチャグチャに入り乱れハッキリとはしないが、このまま奴に触れていては不味い事だけは分かる。


「このぉっ!!」


 俺の身体を覆っていた光の魔力を一気に強めつつ奴の身体をも覆うようにと魔力を展開させれば、光の魔力で包まれた瞬間、一瞬理解が追いつかないほど猛烈な勢いで弾き飛ばされた。


 ちょうど真後ろから襲いかかろうとしていたケオペイルプスと鉢合わせするものの、俺の身体に纏う光の魔力により衝撃すら感じられぬままに消滅して行くのが目に入る。



──すまん、もう少しちゃんと決着を付けてやりたかった……サヨナラ。



 そう思ったのも束の間、壁と激突した衝撃が肺まで伝わってくる。



「レイ!?」

「レイさんっ!!」



コォォアァァァアァァァッッッ



 そんなに開くものなの!?と驚くほど開いた口から不気味な声を発したかと思うと、ザラームハロスの持つ鎌が強い黒光を放つ。

 奴の真下から螺旋状に渦を巻き天井へと突き抜ける闇の魔力、もしかしたらそれは俺の纏う光の魔力を模しての事かもしれない。


「ティナさん!?レイさんっ!ティナさんがまた!」

「ティナ様っ、いけません!心を強く持つのですっ!!」


 再び瞳から光の消えた虚ろな目をしたティナがゆっくりとザラームハロスに向かい歩いて行こうとしている。必死に止めようとするエレナとコレットさんなどそこに居ないかのように、ゆっくりとした足取りだが確実に奴に向かい歩いて行く。


 クロエさんもモニカもリリィも今度は大丈夫なようで、その様子に驚いた顔でただ黙って見守っている。

 ティナだけを呼び寄せてどうするつもりか知らないがそうはさせるかとティナに繋がる魔力の糸を通して光の魔力を流し込むが、先程のように正気に戻るわけでもなくまったく効果が見られない。


──くそ!


 ザラームハロスを睨み付ければ両手に構える鎌が黒い輝きを発し続けている……もしかしてアレが奴の魔法の起点!?


 急いで白結氣に魔力を流し込むと光鞭を奴の鎌の柄に巻きつけた。すると、逆に光鞭を侵食して来たようで闇の魔力が俺に付着し、奴と接触した時のようなドロドロとした負の感情が流れ込んでくる。


──これは虚無の魔力ニヒリティ・シーラを使った時の症状に似ている……。


 込み上げる嘔吐感に苛まれながらもチラリと後ろを見ればエレナもコレットさんも振り飛ばしたようでティナは一人、操り人形のように黙々とこちらに歩いて来ている。


「このやろぉぉっ!!」


 奴と繋がった光鞭を引っ張ると共に、奴に向けて床を蹴ると一気に距離を縮める。途中で光鞭を切り離すと腰を捻り白結氣を水平に構えて腕を引くと同時に練り上げたありったけの光の魔力を注ぎ込んだ。


「死んどけっ、骸骨野郎!」


 目を瞑りたくなるような眩いばかりの白い光を発し爆発的に膨れ上がった白結氣の纏う光の魔力。それを見たザラームハロスも負けじと対抗して鎌を持ち上げ闇の魔力を流し込み始めるが、光鞭に引っ張られた為に一呼吸遅れたのが勝敗の決め手となった。


「遅いっ!」


 突き出された白結氣がザラームハロスの髑髏を支えていた喉元に突き刺さると、白結氣に蓄えられていた光の魔力が堰を切ったように一気に流れ込んで行く。



ホァアアァァアアァァァァアアァァァァアァァァッッッ!!!



 顎の骨が外れるかという程大きく口を開けたザラームハロスが叫び始めると同時に外套が消し飛び、奴そのものである白骨体が露わになる。光の魔力が流れ込む白結氣に手を添えたまま空中で大きく伸びをすると、全身の骨に細かなひびが入り始め、あちらこちらから光が漏れ出し始めた。



ハァアァアァアアアァァァァァ……



 漏れる光の量が大きくなるに伴い、骨の欠けらがポロポロと落下を始める。

 断末魔とも言うべき叫び声が徐々に小さくなり遂には消え入りそうになると、爆発でもしたかのように突然床から立ち昇った直径三メートルの光の柱に飲み込まれ姿が見えなくなる。


 皆が見守る中、光の柱は太さを失いやがて細い一本の線となり、最後は天へと登るようにして消えて行く。

 猛威を振るったザラームハロスはというと、そんなものなど元々居なかったかのように跡形もなく消えて無くなってしまったのだが、奴が存在したことを証明するものが唯一つだけ残されていた。


 光の柱の消え去った跡に浮かぶのは手のひら程もある真紅の魔石。それを見留めたとき力を失ったように落下が始まり、乾いた音を立てて床とぶつかり戦いの終わりを告げた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る