61.駄目です、我慢なさい

 身軽になったところでやりますかと白結氣を抜き放ち光の魔力を流し込むと、仄かに光っていた刀身が白い光に包まれる。



ァ〜〜〜〜 ァァアァ〜〜 アァァアァ〜〜〜



「「ヒィィィッ!」」


「何なにっ?何の声?」

「ゴーストの声……かしら?」

「あまり気持ちの良い声ではないですねぇ」


 突然聞こえ始めたゴーストのものと思われる不気味な声に皆それぞれの反応を示す中、俺は構わず通路を歩き始める。

 白結氣に反応して声が聞こえ始めた以上、襲って来るのは俺が最初だろうとの予測は見事に的中し、十歩程進んだだけでゴースト供が姿を現した。



「「キャーーーーーーッ!!!!」」



 五十センチ程の玉に真っ白な布を無造作に被せただけの容姿、黒くて丸い穴が二つ並んで空けられ、それが目のように見えるのでちょっと怖い。

そんな姿でどんな攻撃をしてくるのか気になったが、見たこともない魔物は “殺られる前に殺れ” と教え込まれているので先制出来る今がチャンスとばかりに、隙だらけに見えるゴーストに向けて白結氣を振るった。



ホァァァアッ



「え?……あれ?」


 呆気なく真っ二つに切り裂かれると奇妙な声と共にそのまま消えて無くなるゴースト。手応えなどまるで無く、ただ素振りをしたとしか思えない感触。あれで倒せているのかどうかすら全く判らない。認識できるのは、ゴーストが居た筈の場所を白結氣が通ったらゴーストが居なくなったという事のみ。


 ベルの忠告通りに壁や床、天井、所構わず気ままに出てくる無数の白い布を被った玉、全て俺に向かって……と、いうか白結氣に寄って来てるような気がしなくもない。



 寄ってくるだけで特に何かしてくるでも無いゴースト共を白結氣で消しながらしばらく歩くと、背筋を走る悪寒を感じる。


「ひっ……」

「こっ、今度はなにっ!?もういやぁぁぁっ」


 しがみついたままの二人は三十分以上も苦手なゴーストだらけのフロアを歩いてかなり精神的に参っているようだな。そんなモニカの泣き出しそうな声が聞こえたかと思った時にソイツは現れた。


 薄暗い通路でも分かるほどに真っ黒なフードが床から生えて来たかと思ったら、その中に在ったのは真っ白な髑髏。暗い通路で俯き加減なのでフードに隠れて鼻から下しか見えないが、それでもハッキリとそれが何なのかがよく分かる。そのままゆっくりと上昇を続けると、ダラリと垂れ下がった骨だけの足が見えてきて何の抵抗もなく床から離れた。


 全身が露わになったソイツはフード付きのボロボロの外套に身を包んだ白骨体。


「あれは恐らく《ザラームハロス》です。私も初めて目にするので自信がありませんが、あれはここで発生したモンスターだと思われます、ご注意を」


 ザラームハロスが顔を上げれば髑髏の目に当たる窪みの奥で赤い光が揺らめいているのが見える。外套の下から現れた白骨の右手が突き出されるとゴースト特有の変わった声を発した。



コハァァァアァアァァッ



 すると、さっきまで消しまくっていたゴーストが『こんなにいたのかよ!』と言いたくなるほど其処彼処から湧き出て来て集まり、ザラームハロスの広げた手の前で小さく一塊になると細長いモノへと姿を変えていく。


 三メートルはある長い棒の先には二メートル近い弧を描いた刃が付いている。しかも通常のものとは違い両刃になっているから余計に凄そうに見える。

 言ってしまえば大きな鎌。だがザラームハロスが一度握れば、それは魂を狩ると噂される死神の鎌と言われてもなんら不思議ではない。そう、奴の風貌は、物語によく出て来る死神そのものの格好だった。


「あわわわわっ、なんだか怖そうなモンスターですねぇ」


 エレナの言う通り出来ることならあまり近寄りたくない感じはする。だが俺達の前に立ち塞がる以上倒さなくては先に進めない。


 だが、やる気を持って白結氣に込めていた光の魔力を強めたときだった。


「え?ティナさん?ちょっと、ちょっとティナさんっ!?危ないですよ!」

「ティナ姉様っ!ティナ姉様!?」


 フラフラと覚束無い足取りでザラームハロスに向かい歩き始めたティナはエレナの呼ぶ声など聞こえ無いかのように反応すらせず近付いて行く。


「おいっ、ティナ!」


「え?あれ?私、何してた?」


 直感で不味いと分かり慌てて肩に手を置くと ビクッ としてやっとのことで振り返った。

 焦る俺の顔を目にして自分が何をしていたのか分からず、何故俺がそんな顔をしてるのか不思議そうに見るティナ。



コォォォオォォォォオォォッ



 ザラームハロスの声がして奴の持つ鎌が黒い光を帯びるとティナの瞳から光が消え、抱かれていた雪がズルズルと落ちて行く。すると操り人形のように再び奴の方を向いて歩き出そうとするので背後から抱き留めるが、そんな事には構わず歩くのを止めようとしない。


「レイ様、闇魔法ですっ!ティナ様に光の魔力を注いで中和させて下さい」


 ベルの助言通りすぐさま実行すると、再び ビクリ とした後にまたしても不思議そうな顔で俺を見て来るので、どうやら正気に戻ったらしい。


「レイ!クロエもだっ、頼む!」


 見れば必死に押し留めようとするアルを引き摺りながらもザラームハロスへと向かって無心でき続けるクロエさんがいる。



──なんてこった!



「エレナ、コレットさん、ティナを頼む!」


 ティナを二人に渡し急いでクロエさんに光の魔力を叩き込むと、操り糸の切れたマリオネットのように カクッ と力無く倒れ込んだ。だがそこはアルが抱き留めていたので問題は無いだろう。


「しっかり捕まえとけよ!」

「ああ、すまんっ」


 サラ達は?と視線を向けるとザラームハロスを目指して歩くモニカとリリィに両手を引っ張られながらも、引き止めようと必死に踏ん張るサラの姿があった。


──いかん!


「キャッ……重ぉぉいっ!早くどいてぇ」


 慌てて駆け寄ろうとした時、サラの両手から光の魔力が二人に注ぎ込まれると カクッ と急に力無く崩れて行く。

 そうなると必死なって止めようと引っ張っていたサラが勢い余って後ろに転んでしまい、その上に二人が倒れ込んでしまったのだ。


 何故突然転んでいるのか分からなくて唖然とする二人の下敷きになってしまい文句を垂れるサラ。助けに行ってやりたいのは山々だが今は戦闘中、サラの光の魔力があれば二人は大丈夫そうだが、念のため俺の魔力も繋げておく。ティナとクロエさんもそうだが魔力のラインで繋がっておけば万が一これ以上の闇魔法が来てもすぐに対抗できるだろう。


「闇魔法は精神に作用する魔法です。見た目に惑わされないで心を強く持ってください。皆様の実力があればあんなのには負けはしません」


 なるほど、ゴーストを怖がっていたから闇魔法が効きやすかったと言うわけか。ぶん殴ったりすれば正気を取り戻しそうではあるが相手は女性、ましてやアルの恋人と俺自身の婚約者と嫁だ。対抗手段は光の魔力か “心を強く持つこと” のみ。


──初めて経験した闇魔法だが、恐ろしいものだな。


 闇魔法が有効で無いと悟ったザラームハロスからは怒りのようなモノが感じられる。

 それを表すかのように、両手で持っていた筈の鎌を片手で床に ドスドス と突き入れると、室内だというのにも関わらず外套が風になびくように バサバサ と揺れた。


 さっきとは違い力強く鎌の持ち手が床に突き入れられると、それに呼応して床から体長二メートルの狼四匹が音も無く湧き出てきた。

 肉付きの良い大きな身体に鋭い爪を擁する太い四本の足、銀色の体毛の上には青白い炎のようなものを纏い、暗がりで見るととても綺麗で、とてもカッコ良く、とても可愛い。


 つまり、滅茶苦茶気に入った!


「ベルっ、ベル!」

「はいっ!あれは《ケオペイルプス》ですっ」

「手懐けることは出来ないのか?」

「あれもゴーストの類なので残念ながら人間には不可能です。諦めてください」


──な、なんだ……と?


 それを聞いた瞬間、膝から崩れ落ちた。

人間には不可能だと……ならばっ!ならば人間など辞めてやる!…………と、までは行かないが、見た瞬間から “欲しい!” という衝動に駆られたモノを諦めざるを得ないというのはそれほどまでにショックなことだった。


 モニカの銃に対する執着も並々ならぬものがあったのでその気持ちがよく分かった今、王都に行ったらシャロに鍛冶を学んでもう少しオリジナルに近付けるように努力しようと心に決めた。



『おい兄ちゃん、大丈夫か?』とでも言いたげに視線を俺と同じ高さまで落とすと、敵を目前にしておかしな様子の俺を鋭い目付きなのに敵意のない眼で ジッ と見つめてくる。


「あ、いや、何でもないんだ……何でも。気を遣わせて悪いね、時間を取らせた。さぁ思う存分戦おうっ」


 よいしょと立ち上がり白結氣を構えるが、それでも先頭のケオペイルプスは『本当に大丈夫か?』と顎をシャクって聞いているようだった。


 ゴーストなのに何と紳士的な態度!ペットと言わず共に旅する仲間として迎え入れたくなって来るが、残念ながらそれは無理だと言われている。本当に残念だ……本当に。

 ならば今この時を思う存分楽しもうと思い構えを解かずに頷くと、俺の意を汲んでくれたようで奴も身を低くして牙を剥き、戦闘態勢に入った。



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