26.ご褒美はオアズケ

 大きな体の小さな顔、その中の更に小さな的である眉間を撃ち抜くのはなかなかに難しい事だろう。

 風魔法で作られた槍が頭を突き抜けると、しぶとかった最後のグランオルソは光に包まれる。どうやら二頭は迷宮が作り出した偽モンスターだったようだが、一頭だけ本物が混じっていたらしい。


 黄緑色の魔石を一つだけ残して消え去った魔物達。戦いの終わりを告げるように魔石が床を叩く音が響くと同時に床に倒れて動かなくなったティナに全力で駆け寄り、抱き起こした。


「おいっ!ティナっ!ティナ!!しっかりしろ!」


 体を揺すっても頬を叩いても目を開く気配が無く、力無く俺の腕に身を任せている。ダラリと垂れ下がった手を見ると『まさか!』という思いが頭を過ぎり、慌てて胸に耳を寄せると ドクンドクン と鼓動が聞こえてくるので ホッ と一安心した。


「魔力の使い過ぎで気を失ったのね。しばらく休めば回復するから、今は寝かせてあげて」


 両手を膝に置き、中腰で覗き込んで来たサラの顔には焦った様子は無くいつもの穏やかな笑顔だ。世界最高峰の癒しの魔法の使い手、王宮で医療技術も学んで来た彼女が言うのなら間違いはないはずだ。


 しゃがみこんだサラが右手をかざすと、ティナの身体が暖かな白い光に包まれる。抱きかかえてる俺には纏わり付いて来ないのに、ティナの身体だけを包み込む不思議な光を眺めていると、すぐに治療が終わったらしく光が消えていく。

 大きな怪我は無かったものの身体中至る所に戦いの爪痕が刻まれていたのに、癒しの光に少し触れただけで綺麗サッパリ元通りになっており、戦いに臨む前の状態だ。


 驚いたのは髪。爆煙で煤だらけになっていたオレンジの髪は熱に晒されて所々チリチリになってしまっていた筈なのに、それすら元通りになっていたのだ。

 これはもしや、師匠の頭にこの魔法をかけたらフサフサ頭になるのでは!?と、一瞬だけ考えたが、いまさら髪が生えたからとて「だから何?」と言われるだけのような気がして口に出すのを止めておいた。



△▽



 ボス部屋の奥、転移魔方陣のある安全な部屋へと向かう短い階段を一歩降りたところで、一人の男が階段を登ろうと一番下の段に足をかけた。


「あれ?」


 ポカンとした顔で俺達を見上げる銀髪の男。まるで敵意は感じられないが、こんなところで会った以上警戒するに越したことはない。

 ただの冒険者に遅れを取るつもりはないが、何せ俺には守る者が沢山だ。


「ごめん、ごめん。そんなに警戒しないでくれよ、ほら、道も譲るからさっ。戦闘の音が聞こえて来たから、まさかあの熊と戦ってる奴がいるのかと思って見に来ただけだよ」


 そう言って両手を上げて戦闘の意思は無いことを表示すると、階段にかけた足を下ろし宣言通り端に退いてくれた。


 短い階段を降りきると、みんなに先に行くように無言で促し、ティナを抱えたまま男の牽制に回るが何故かミカエラは俺に隠れたまま ジッ とその場を動かなかった。


「女性ばかりなんだな。警戒するのも分かるけど何もしないって。あの熊と戦って来たんだろ?そんな奴等相手にちょっかい出さないし、だいたい僕一人だよ?勝てるわけないじゃん。

 それよりその子、気を失ってるだけみたいだけど身なりも綺麗だし、彼奴らにやられたわけじゃないんだよね?」


 身長はリリィと同じ百六十センチくらいだろうか。細身の体はとても強そうには見えないが、魔法を使えばいくらでも強くなれる世界だ、見た目はあまり強さの判断基準とはならない。


 だが妙に俺のカンに引っかかるそいつは、細い目をさらに細めてニコニコと俺を見てくる。


 一番興味を唆られるのは腰に刺した刀だ。剣ではなく刀を身に付けている人間は、ユリアーネ以外では初めて見た気がする。

 そもそも、刀自体がそんなに数が無いらしく武器屋に列んでいることも少ない。あったとしても観賞用として売られており、普通の冒険者に手が出る値段ではないのが殆どだ。

 そんな経緯もあり、剣より扱いが難しいというのも拍車をかけて使う者もとても少ない。その刀を腰に刺している事には同じ武器を扱う者として好感が持てるが、ただそれだけだ。


「君が気にしてた熊は三頭共この子一人で倒した。今は疲れて寝てるだけだから心配には及ばないよ」


「うっそ!マジで!?アレを一人で倒すとか凄いね!って言うか、一人でやらせる方も凄いねっ。って事は、お兄さんはそれ以上に強い訳だ。こりゃたまげたねぇ。

 それだけの強さがあるパーティーなら、ここで一休みしたらまだ下に潜るつもりなんだよね?」


「ああ、そのつもりだよ」


「そっかそっかぁ、僕等は第三十一層をウロウロしてるから見かけても殺さないでねっ。あははっ。じゃあ、僕は帰るね。お互い頑張ろう」


 何かちょっかいをかけて来るのかと思いきや「じゃあねっ」と軽い感じで手を上げると、彼のキャンプなのだろう、部屋の隅に張ってある小さなテントの方にスタスタと歩いて行った。



「知ってるヤツなのか?」


 男の後ろ姿を俺の影に隠れるようにして見ていたミカエラ。その冷たい視線に違和感を感じたので聞いてみたが、俺の声が耳に届くと パッ と表情が明るくなった。


「ううん、ウチも初めて見た顔やけど、なんか引っかかっただけやよ。兄さん達やったら負けへんと思うけど、また喧嘩売られんとええなぁ」


 またってお前……一昨日のキャンプの時の事、気付いていたのね。寝静まった後とはいえ騒がしかったから仕方ないかも知れないけど、みんなが起きなかった中でなかなかに敏感なのは、毎日気を張って生活しなくてはならない環境にいるからかと結論付け、ミカエラの生活が少しだけ心配になった。



▲▼▲▼



 結局、ティナが目を覚ましたのは、みんなが目を覚ます少し前だったらしい。しっかり睡眠をとり元気一杯になったティナは開口一番「お腹すいた」と言ったそうで、開いた口が塞がらなかったとクロエさんが漏らしてるのがテント越しに聞こえてきた。


「あっ、レイ!私、頑張ったでしょ?昨日、頑張ったよね!?」


 珍しく口元にお弁当を付けて食べかけのサンドイッチを片手に持ったまま、テントから出たばかりの俺に駆け寄ると満面の笑みで見つめてくる。その頭とお尻には、ペタン と横に倒れた犬の耳と、激しく振られる犬の尻尾の幻覚が見えたのは言うまでも無いだろう。


「おはよう、昨日はカッコ良かったな。信じてなかった訳じゃないが、本当に一人で、それも大したダメージも受けずに倒すなんて凄いよ。ティナも成長してるんだな。

 その様子だと、もう、体調も良さそうだな」


 クシャクシャッ と頭を撫でてやると、髪が乱れるのも気にせずに目を細めて喜んでいる。


「あら、じゃあ、今夜はご褒美に期待していたら?今日は貴女の番でしょ?」


 後からテントを出て来たリリィは背後から俺の腰に手を回して抱きつくと、肩に顎を置きティナを覗き込んだ。

 一拍の間が空きリリィが言った “ご褒美” の意味を理解したティナは頬を赤く染めたが、その瞬間を狙って両肩に置かれた猛獣の手によって現実に引き戻されることとなった。


「あら、やっぱり私は仲間ハズレなのですか?」

「えっ!?」


 振り返るティナの目に写ったのはニコニコした顔で堂々と立つ白い髪の美女。


「……えっと、あの……」

「まぁ、私はティナ様と三人ででも構いませんけど……そうですわね、たまにはそういうのも悪くありませんね」


 チロリと赤い舌を覗かせこれ見よがしに舌舐めずりをするコレットさん。恐怖に慄き引き攣った笑いを浮かべるティナは プルプル と小刻みに首を横に振りながらゆっくり後退り、背中から俺にぶつかってくる。

 またしても「え?」と振り返ると若干涙目で見上げて来るので『タイミング悪かったな』と哀れに感じて、もう一度頭を撫でてやった。



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