27.反則技vol.2
第三十一層は紫の迷宮だった。通路の広さは変わらずだったが、壁、床、天井が全て濃い紫色に変わり、出てくる魔物も初級から中級クラスになっていた。
だが俺達にとってはまだまだ余裕のある相手。サラの火魔法とモニカの水魔法でどちらが多く狩れるかの勝負をしていると、あっと言う間に第三十二層に辿り着いてしまった。
「今日は私一人でやるわっ!」
アレぐらいの魔物なら任せても良いだろうと思い、今朝の出来事で落ち込んでいたティナに「頑張れ」と頭を撫でて送り出すと、張り切って魔物退治が始まった。
「コレットさん、紅茶貰える?」
「はい、少々お待ちを」
「ちょっと!何してるのよっ、ちゃんと私の頑張りを見ててよ!」
文句を言いつつティナの振る剣が一匹の猿を捉えると、イライラで魔力を込め過ぎたのか、胴体を両断された猿が「ギャーーッ」と言う断末魔と共に地面に落ち消えて行く。
「ちゃんと見てるよ。ほらっ、ティナこそ前を見て!次が来るよ」
「もぉっ!!」
それでも自分でやると言い出したのだ、意識はこちらに向けながらも視線は迫る次の猿に向かっている。すぐに行動に移ると叫びながら向かって来た猿の腕を切り落とした。
「ケーキ焼けましたよぉ、お一つ如何ですか?」
「頂戴っ。アンタが作ったヤツ美味しいから好きだわ」
「お褒めに預かり光栄です。沢山ありますからゆっくり食べてくださいね、リリィさん?」
「うっ……わ、わかってるわよ」
「俺にも一つくれよ」
「はい、もちろんです。クロエさんもお一つ如何ですか?」
「私はアルのを貰うからいいのです。ありがとうなのです」
迫る二匹の猿の素早い攻撃をヒラリと優雅に避けつつ剣を叩き込んで腕を落とす。痛みのあまり動きの止まった所にトドメの突きが決まり、また一体地面に消えて行く。
「おっ、今のは見事だったぞ。ティナその調子で頑張れ〜」
「ちょっとぉ!私の分も取っておいてよ!」
「はいは〜い、取り置きしておきますね。ティナさん、頑張ってくださいっ」
「くっそぉ〜〜っ!」
「カカさま、エレナ姉様の作るオヤツは美味しいですよね」
「うんうん、そうよね。今度教えてもらおうかな?」
「あ、一緒にやります?お料理って楽しいですよ」
「それなら私も混ぜてください。あんまり料理ってした事ないけど、やってみたいのよね」
「ホントですか、サラさん。じゃあ帰ったらみんなでやりましょう!そうよ、そうしましょうっ」
飛びかかって来た片腕の猿に向けカウンターで剣を突き出すと、小さくても鋭い爪の生えた手を掻い潜り見事に腹を捉える。投げ捨てられた猿は静かに床へと消えて行く。
「ちょっとぉ!私も仲間に入れなさいよっ!」
「オヤツ作りの材料はあんまりないので、帰ったらティナさんも一緒にやりましょう。リリィさんもやりませんか?」
「私は食べる専門でいいからパスっ。美味しいの作らないと許さないわよ?」
「はいっ、もちろんですぅ」
「キキッ!」と声がすると、またしても猿が姿を見せていた。うんざりした顔で剣を握り直すティナ、自分の言い出した事に後悔しつつも「これも修行よ!」と呟きながら襲い来る猿へと意識を向けて行く。
「なぁ、レイ。こんな便利な魔法が出来るなら、なんでもっと早くやらなかったんだ?」
「魔法ってイメージだろ?思い付いたのがさっきだったってだけだよ」
「でもさ、お兄ちゃん。これってズルだよね?」
「そっか?歩かなきゃ行けないなんてルールあるの?」
「今迄そんなルールあるなんて聞いたことあらへんよ?迷宮なんて進めればええんちゃうの?」
現在、俺達は床に座ったままだ。正確に言うと床のすぐ上に作られた風の壁の上に座っている。
柔らかな座り心地はまるで布団の上にいるようで、アルなんか既にゴロンと横になり、そのすぐ隣に寝転んだクロエさんとイチャイチャしていやがる。
君達、ここ、迷宮。今、迷宮探索、まっ 最中!
そういう俺も人に言えるような格好ではなく、ダラリと足を伸ばして後ろ手を突いている。股の間には雪が背中を預けて同じように足を伸ばして座り、出来上がったばかりのカップケーキを美味しそうに食べているのだ。
「トトさまも食べますか?」
そのままの姿勢で顎を仰け反らし手見上げて来た雪が、小さくちぎったケーキを差し出すので口を開けると放り込んでくれる。
「うん、美味しいね」
美味しさが共感してもらえて嬉しかったのかニッコリ笑うとまた前を向き、ティナの勇姿を観ながらまた食べ始める。
それを隣で見ていて微笑んでいるモニカ。なんとも平和な、まるでキャンプでのひと時のような和やかな雰囲気。
きっかけは歩くのが面倒になった、ただそれだけだ。エレナが空を飛んでいるのを見てルミアの空飛ぶ絨毯を思い出すと、貰ってくれば楽だったのにと思い始めたのだ。
そこで考え出したのが “空飛ぶ風の壁”
冒険者崩れの野党共を閉じ込めた風の結界魔法を思い通りに飛ばす事は出来たのだ。だったら自分達が入ったままでも飛ばせるんじゃね?と、やってみたらあっさり出来たという訳。
最初は通路のおよそ半分、五メートル四方の風の床を作って座っていたのだが、姿勢良く座っているのも疲れて来てアルのように寝転び出すと、人数が人数なので狭く感じてしまった。
そこでもう少し拡張し、七メートル四方という通路の三分の二を占めるくらいの大きな風の床になったという訳だ。
もちろん床だけでなく前後、左右、上下を囲まれた風の結界に隙はなく、たとえ背後から襲われようとも、ティナが突破されようとも、問題が起こらない安心設計になっている。なので皆が一様に寛ぎモードになっており、エレナなどケーキを焼き出す始末になっているのだ。
「もぉっ、あったま来た!なんで私だけ戦ってるのよっ、私もゴロゴロしたいっ!私もイチャイチャしたいっ!こんなの魔法でチャチャッと倒せばいいじゃない!?」
いや、君がね……言い出したのよ?
仕方がないと体を起こすと『どうしたの?』と雪が見上げてくる。
「ちょっと我儘なお姉ちゃんとお話ししてくるよ」
もたれていた背中を押して一人で座る態勢を整えてやると、ケーキを千切って俺の口に入れてくれる。それは『あんまり怒っちゃダメだよ』という雪の思いやりだったように感じたので、そっと頭に手を置き ポンポン してから立ち上がった。
恨めしそうにこちらを見ているティナの背後から三匹の猿が向かって来ていることに本人は気が付いていない。戦闘中に注意力が無くなると怪我をするんだぞ?と思いつつも、彼女の不満も分かるので小さく溜息を吐き出すと結界を突き抜け、唖然とするティナを飛び越し朔羅を振り抜けば二つの猿首が飛んで行く。もう一匹はタイミングが合わなかったので同時に風の弾丸を撃ち込んでやった。
この弾丸も新しく試したかったもので、風の刃と違い スパッ と切り裂くのではなく、風で出来た丸い輪っかを二つ交差させて回転させることにより風の玉のように見えるというものだ。
モニカの水蛇にも採用した動きを付けた魔力の波はとても有効ということが分かっていたので、風でも出来ないかとやってみたのだ。エレナの
結果、威力は絶大で、直撃した猿の体は真ん中の部分がすっぽりと抜け落ちたにも関わらず、飛びかかって来た勢いそのままに皆の寛ぐ風結界まで飛んで行くと音もなくぶち当たり、一瞬の停滞の後に床に落ちて消えていった。
「なんてもん見せやがるんだ」
「グロイのです」
「お兄ちゃん……」
「…………」
「凄いっ!あんなことがっ……」
また悪口を言われている気がするが今はティナだ。いきなりの俺の飛び込みにびっくりしたのも束の間、一瞬で三匹仕留めたことに驚きを隠せないでいる。しかしすぐに次の二匹が気配探知に引っかかったので姿が見えると同時に飛び込み朔羅を二振りすれば床に落ちて消えて行く。
「俺はティナに強くなって欲しい訳じゃない。けど、ティナは自分で強くなりたいって言ったんだろ?だったら他の誘惑に負けてる場合じゃないんじゃないか?
そりゃ人間誰しも楽しそうな事の方が気になるに決まってる。けど、遊んでばかりいたら自分の成長なんて微々たるものだぞ?」
再び現れた二匹の猿に先程より大きな風弾を叩き込み跡形も無く消しとばした。こんな過剰攻撃しなくとも朔羅を チョイッ と振るだけで仕留めることは可能なのだが、ティナに力の差を見せつけた方がいいと感じてワザとそうしてみれば効果覿面、悔しそうに唇を噛み締めて俯いてしまった。
ティナとてそんな事は言われなくても分かっている筈だ。けど、みんなが楽しそうにしている中で一人だけ戦っていて寂しくなったのだろう。
“仲間ハズレ” そう感じても仕方のない状況だった。けど、それを選んだのは他ならないティナなのだ。ならばそれでも頑張れるように背中を押してやるのが俺の役目だと考えた。
「私だけ弱いままは……仲間ハズレは嫌。やるわよ、やればいいんでしょっ」
不貞腐れたように答えたティナだったが、自分の目標を再認識したその目にはヤル気が満ちていた。
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