22.ご馳走様です!
「もっと早く!魔力は無限じゃないわ、必要な時だけ使いなさい。攻撃の瞬間にだけ火魔法を強く、防御の瞬間だけ水魔法を展開するの、素早い強弱が大事!もう一回行くよっ」
ユリアーネが白結氣を手に俺と切り結ぶ。自分の現在地と目的地を認識し再出発した俺は、朝から殆ど休憩も取らずずっとユリアーネと修練に明け暮れていた。
「頑張っとるのぉ、あそこまで仲が良いとチト妬ける。のぉルミア、儂らも仲良くしようかの?」
「あら、まだ日も高いわよ?今日はそんな気分なのかしら?私はいつでも大歓迎だわ」
「ハッハッハッ。人生、常に修行じゃよ?儂らも修行しに行こうか」
聞こえてるよっ、エロ爺いが!歳考えろよな。人が真剣にやってるのにあんたらナニするつもりだよ!まったく……羨ましい。
腰へと手を回し合い、仲睦まじく歩いていく二人を羨ましそうに見ていた俺に拳骨が落ちる。
「痛っ!」
「ちょっとぉ、真剣味が足りないわよぉ?強くなるんでしょ?私を守ってくれるんでしょぉ?」
「そうだけどさ、休息も大事なんだろ?ユリアーネも休憩したくない?」
若い老人の後ろ姿を視線で示せば “休憩” の意味が分かったらしくユリアーネの顔が赤く染まる。
「ばかっ……」
▲▼▲▼
「この間は八つ当たりして済まなかった」
久しぶりに顔を合わせたアルはなんだかしおらしく、いつものクールで見下した雰囲気とはまったく違う感じ。
会うなり頭を下げての謝罪、ビックリしすぎてユリアーネと顔を見合わせてしまった。
「お前は何も悪くない。ただ事実を教えてくれただけなのに取り乱して悪かった、許して欲しい」
ショックを受けるだろう二人の感情の捌け口になる覚悟でいたので特に何も気にしてなかったけど、アルの方がこんなにも気にしている──まぁ、気持ちは分からないでもない。
俺がユリアーネにした事は許されることではないだろうが、アルが俺にしたのはただ殴っただけ。傷などとうに消え失せている。
しかしここはちょっとしたチャンス。ずっと一緒にいるアルの性格など把握済みで、高飛車ちっくな態度を含めて親友だと思っているのだが、プライドの高いアルにちょっかいをかけるのも俺の生きがいの一つとなっており今は攻め時なのだ。
ニョキニョキと芽生えた悪戯心、顔が綻んでいくのが自分でも分かる。
「あぁ、腹減ったなぁ。やっぱ運動した後はちゃんとした食事も大事だよな。たまには栄養のある良い物を食べないとせっかくの修練も効果を発揮出来ないかもしれない。ユリアーネ、たまには新鮮なお肉とか食べたくならない?」
呆れた様子で白い目を向けていたユリアーネだったが、肉というキーワードに釣られて顔が綻んだ。そして俺の意図を察すると三日月のように口角を釣り上げる。
「そうよねぇ。たまには贅沢にぃお腹いっぱいお肉が食べたいわよねぇ。あの一件以来リリちゃん元気ないしぃ、美味しいものをお腹いっぱいたべたらぁ少しは元気出ると思うんだぁ。
あっ!ほらぁ、エールなんて有ったらもぉ最高だよねぇ。あ〜あぁ、涎でてきちゃったっ」
顎に指を当てながら右斜め上を見ての独り言。芝居がかっているのは明らかだが、その可愛い仕草にキュンキュンくる。
「お、俺をパシリにするつもりか?この俺を?」
平静を装いながらも整えられたイケメン眉毛をピクリと動かしたアルは俺達の意図を察したようだ。
若干震えている気がするが知ったことではないし俺のせいでもない。 悩め悩め、存分に悩め。プライドと罪悪感の狭間で揺れるが良い……クククッ。
「ん?何か言った? 俺は単にうまい肉が食べたいってユリアーネと話してただけだぞ?エール付きでな。なぁにこっちの話しだ、気にするなよ。
ついでにお前もこの間の事なんて気にするな。ほんの十発くらい殴られただけだろ?ぜんっぜん痛くなかったし、たった十発だろ?俺は気にしてないから大丈夫だよ。あぁお腹空いたなぁ、夜飯なんだろなぁ」
「くっ!今夜の夕食は任せてもらおう。吐くほど食べられるようせいぜい腹を空かせて待ってろ!」
「あぁ喉乾いたなぁ、たまにはエールでキューーッと……」
「今夜は!エールが飲みたい気分なんだっ。ついでにお前等の分も買ってきてやるから楽しみにしてやがれ!」
血走った目で キッ と睨まれた気がするがそんなの知らん顔だ。
悔しそうな顔で走り去るアルを見送ると、声を上げて笑い始めたユリアーネ。
「ちょっとレイったらぁ酷くなぁい?アルのあんなに困った顔ぉ、初めて見たわぁ。
今夜わぁおいしい焼肉が食べれるのかなぁ?エールも飲めるといいねぇ」
なんだかんだでノリノリなユリアーネを微笑ましく思い、俺の意図をすぐに察してくれた事を思い出して良い嫁さん貰ったとほくそ笑んだ。
今夜のご馳走のために今日の鍛錬はそこそこで切り上げ二人で汗を流しに行く。その際、沢山食べられるようにと イチャイチャ したのは内緒にしておこう。
「いや〜、本当に焼肉が食べ放題なんて女神様も粋な計らいをしてくださるねぇ。食べたい物を食べたい時に食べられる。これ以上の幸せが他にあるか?ナイスだぜアル、さんきゅーなっ!」
笑顔で肉を頬張る俺に「もっと食え!残すんじゃないぞ!全部食え!」と串を無理矢理渡してくる。
アルが狩ってきたのは立派なモルタヒルシュ。それも若い雌らしく、この辺りで手に入る肉としては最上級の物だった。
そして宣言通りエール樽まで用意されていた。
「焼肉とエールってぇ最高の組み合わせだよねぇ」
ベルカイムまで買い物に行って帰る、急ぎ足でも一時間はかかる道のりだろう──ご苦労様だよ。
そんなアルは嬉しそうにエールを飲むユリアーネをジト目で見るが……俺の嫁さんに何してる!お前が好き好んでパシっただけだろうがっ!
「たまには外でこういうのも良いもんじゃのぉ。ありがとうな、アル」
御歳八十三歳の師匠も美味しそうに肉を食べ進めている。いつもは食が細いルミアもそのすぐ隣で黙々と頬張る、二人共いつもより食が進んでいるようで何よりだ。
「んん〜っ!焼肉って大好きっ。お野菜と一緒に食べるとすんごく美味しいですよね!いっぱい食べれちゃぅ〜っ。はんぐっんぐっんぐっんぐっ。毎日でもっんぐっんぐっ、いいですよねぇ。あっ!レイさん、私が狙ってたヤツ盗りましたね!くぅぅぅっ、せっかく育てた私のお肉ちゃん……この恨みは忘れませんよ!ああああっ!ユリ姐さんまで私のお肉を!ぐぬぬぬっ!いいですもんっまた焼きますもんっ!キーーーッ!これ私のですからねっ、今度は盗らないでくださいよっ!!
あっリリィさんっ遅いですよっ、早く早くぅ、はいこれ食べてください。アルさんが獲って来てくれたんですよぉ、座って座って。じゃんじゃん食べてくださいねっ。あ、リリィさんはエールより甘いお酒のほうがいいんですよね?でも焼肉にはちょっぴり苦いエールですよぉ?エールにします?エールにしときますよね?とりあえず座ってくださいっ」
朝晩の食事以外、滅多に部屋から出てこなくなっていたリリィも匂いに釣られてやって来たらしい。
機は逃さないとばかりに即座に座らせるエレナ。皿を持たされればボーッとしているうちに肉が積み上がり山となる……あんなに食えんだろ。
今のリリィにはエレナくらい強引に引っ張ってくれるやつが傍にいないと駄目なんだろう。なかなかショックから立ち直れないリリィはちょっとばかり心配だ。
動かないからか顔色もあまり良くなく、あんなに食べることが大好きだった彼女なのに今ではルミアより食が細くなってしまった。今のところ少しずつでも毎日食べているようなので大丈夫だとは思うが、早く元の元気なリリィになってくれることを願うばかりだ。
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