37.集結(下)
「はっはっはっ、なんだか知らないが賑やかになって来たな。こうして他種族が集まるなどあの戦争以来ではないのか?なぁ、ギルベルトよ」
「貴方は!?ご無沙汰してますメルキオッレ、お変わりなく?」
目の前で人の姿を取ったギルベルトがレッドドラゴンだとは疑う余地は無い事だろう。そのギルベルトが恭しく頭を下げて挨拶する様子にオレリーズ達サラマンダーは勿論、ファナ達シルフの二人もだが、成り行きを見守る獣人達にどよめきが起こる。
──あの男は何者なのだ、と
負傷者を癒して回ったサラの活躍もあり、皆がこぞって挨拶をしていた俺の噂くらいは聞いていた事だろう。
しかし、見た目には人間にしか見えないのにも関わらず、気安く声を掛けた俺とは明らかに違う態度を取れば不思議がるのは無理もない。
更にそれを増長させるのが隣に立つ不思議な容姿の女の子。
近寄ったギルベルトの興味本位の視線から逃れるようにメルキオッレの影に半身を隠すペルルは、獣人の中でも珍しいとされる銀狼の耳と尻尾を持っているのに加えて、その背中には魔族の証であるはずのコウモリの羽が生えている普通ではあり得ない容姿。
「あの時は連れて行かなかったからな、他の者とは初めてだな。娘のペルルだ、覚えているかは知らぬが話はしたろう?」
注目されるのが嫌だったのか、はたまた別の理由からなのか、もう半歩動いて完全に隠れたのだがそれでも落ち着かなかったようだ。
突然、彼女の姿が幻影とでも言わんばかりに霞むと、色を失い霧と化す。
驚いた時には俺の服が引っ張られており、視線を向ければいつもの雪を真似て両手を挙げているではないか。
「見た目は怖いかも知れないけどな、悪い人じゃないよ」
ご希望に沿うべく腰を屈めれば、それと同時に空気を読んだファナが肩から飛び立って行く。
「見た目は怖い、か。嫌われたな?」
「子供は苦手でして……」
⦅ファ〜〜ナ〜〜、誰の許可を得て我の椅子に座っておるのだ?⦆
一歩遅かったなと、突っ込みを入れたのは俺だけではないはずだ。
広場全体に降り注ぐように聞こえる声は、凄みを持たせる為なのか何なのか、限りなく低い音で出されたノンニーナのモノ。
しかも普通に発した声ではなく、例の風魔法の応用技術まで持ち出す手の込みようは彼女らしいと言えばそれまでだが、少しばかりやり過ぎだろう。
そのおかげで注目を集めたのは上空から舞い降りる白い巨体。
大きな翼を悠然と二煽りして地上に降り立つと、その姿が白い光に包まれ小さくなって行く。
その背中に居た数人が緑の光を帯びてゆっくり降下する中、一人だけ自由を手に入れたセレステルはその場の砂埃を巻き上げ地を蹴ると、一目散に俺を目掛けて駆けてくる……否、突撃して来る。
「こら、馬鹿、セレステル!定員オーバーだ、やめろぉっ!」
そんな事など知った事ではないと言わんばかりに物凄い勢いで突っ込んでくるので、仕方なく目の前に風壁を展開した。
「そんなものでは私の想いまで止められやしませんっ!」
勢いそのままに、風壁を蹴って大空へと飛び上がるセレステルに歓声が上がる。
空中で一回転すると俺の背後に降り立つ軌道が見えたので、心の中で溜息を吐きながら甘んじて受ける覚悟をしたのだが……
「あっ!僕の場所っ!」
彼女の押し出す空気が僅かな風となって感じられ、背中へと抱きつかれると悟ったほんの数瞬前、突然視界がブレると同時に身体の中身のすべてがシャンパングラスに立ち昇る細かな泡にでもなったかのようなむず痒くも奇妙な感覚を覚える。
「えっ!?」
空を切る己の手に唖然としながらも転ばずに堪えたのは持って生まれた身体能力の高さからだろう。よろめきながらも俺達の前を通り過ぎ『何故避ける!』と恨みがましい目で訴えてくるが、俺の起こした事象ではない。
心当たりの犯人へと顔を向ければ言葉は無くとも にこっ と微笑まれたので、それはつまり『助かったでしょ?』という事なのだろう。
先程も見せたペルルの使う転移擬きは、魔族の転移とはまた違うモノのようだ。
「其方の想いが強いのは分かるが、相手にも都合があるのを忘れてはいかんな。気持ちを伝えるのは必要な事だが、気持ちを押し付けるのは間違った事であると知るが良い」
「ノンニー……」
俺の肩を気に入ってくれたのは良いのだが、その肩に降り立ち、頭を肘置きにするのはなんだか微妙な気分だ。
一言物申そうと声をかけたまでは良かった……だが言いかけた瞬間、息が詰まるような重圧感と共に背中を悪寒が駆け抜けるので、飛び出そうとした言葉が緊急停止する。
「ノン……」
「なんじゃ?」
「ううん、なんでも。元気そうで何よりだよ」
「何を言っておるのじゃ?まだ別れて数日であろうに。それほどに我が居らぬと寂しい日々であったか?」
落ちないようにと髪を掴んで覗き込んでくるノンニーナは、頬をパンパンにして剥れるセレステルとは対象的に コロッ と上機嫌になったようだ。
「セレステル様、女性は常にお淑やかにあるべきです。さすれば、私共も羨むほどのセレステル様の美貌をもってすれば振り向かぬ殿方などこの世にはおりますまい」
白い二枚貝で覆われた胸は、サラマンダーの娘達と比べて大きさでは劣るものの決して見劣りするわけではない。それにビキニパンツを合わせただけという内陸ではちょっと見かけない格好は、獣人の男達の視線を釘付けにするには威力が有り過ぎた。
口笛と共に送られる声援に笑顔で手を振り返しながら近付いて来る、耳の代わりに青色の魚のヒレを生やした八人の女の子達。
従える七人と比べると少しだけお年を召した先頭をきる女性は、人の上に立つ者としての威厳に満ち満ちた雰囲気を醸し出しはしているものの決して敵意の有りそうな刺々しいものではなく、おいそれとは近寄り難くも好感の持てる、言うなれば手を出してはいけない高嶺の花のような印象を受けるお方。
「マルティーア様にそう言われると考えさせられますが、想いの高まる今を逃してはいけないのもまた事実です」
「流石はレッドドラゴン一聡明だと言われるセレステル様。私如き若輩が語るのも笑われるかもしれませぬが、貴女の仰る通り一度きりの人生は時に感情のままに突き走るのも後悔を残さぬ術だと言えましょう。
何もできぬ歯痒さはあれど、心の内で精一杯の応援だけは差し上げましょうぞ」
「ありがたきお言葉、痛み入ります」
何処が、とは言い難いが、大人の魅力満載の女性へと向き直り、先程までとは打って変わったように誠実な態度で頭を下げたセレステル。
その姿に満足げに頷くと、次の標的はお前だとばかりに深い青色をした瞳が俺を射抜く。
長いまつ毛を携える切れ長の目の奥、モニカと同じサファイアの瞳に吸い込まれそうな不思議な気持ちで見惚れていれば、突然それは瞼に覆われ見えなくなる。
我に帰り、元に戻った視界には、深々と頭を下げる彼女に続き八人のセイレーン全員が頭を下げるという驚きの光景が飛び込んでくる。
「先日は我が娘レオノーラの危機をお救い頂きありがとうございます。それだけに留まらず従者であるチェルシアまで救って下さったご活躍は護衛に当たっておりましたリオネッサから聞き及んでおります。
その節のお礼は如何なるものでも致す所存ですので、なんなりと、遠慮なく、お申し付けください」
何か含みのある言葉を頂いたが、お礼を貰うほどの事は何一つしていない。
彼女達が頭を下げたままでいるので、何度目かの騒めきが獣人達の間で起こり、悪いことをした訳でもないのに気まずさを感じずにはいられない。
「あの時の事ならリオネッサとチェルシアにお礼を貰ってます。ですからお気になさらず、えっと……」
「これは失礼致しました、私とした事が。セレステル様にお小言を漏らす前に自分を正さねばなりませんね。
改めましてご挨拶申し上げます、私はセイレーン族を束ねる族長という役目を負うマルティーア」
「娘のレオノーラですっ。その節はありがとうございました、レイシュア様」
タイミングを測って一歩前に進み出たのは、間髪入れずに挨拶を始めた、あどけなさの残る水色髪の少女。誰かに似ていると思ったら母親と同じ青色の瞳が目に付き、雪が成長したらこんな感じなのかなぁと妄想が膨らみ自然と笑みが溢れた。
「レオノーラには笑顔を返すのに、私の事は避けるのは何故なのですか……」
頬を膨らませて足元に転がる小石を蹴るセレステル。声の大きな独り言は明らかに聞いて欲しいからであり、すぐ近くで不満を訴える姿にレオノーラも苦笑いを浮かべる。
「レイ殿っ、族長の皆様方もお揃いで。
間も無く国王セルジルの挨拶の元、次期国王候補者の演説が始まります。皆様にはご寛ぎ頂けますようお茶のご用意があります故こちらにどうぞ」
不貞腐れ気味なセレステルにどう対処しようかと悩んでいれば、タイミングの良い事に慌てた様子のジェルフォが走って来る。
「ジェルフォ?」
だが驚く事に、茶色い髪は殆ど包帯に覆われ、そこにある筈のトラの耳も片方しか出ていない。
頬には大きなガーゼが貼り付けられ、羨むほどの極厚の胸板も女性のウエスト程もある右の太腿にも白い包帯がグルグルと巻かれて痛々しい感じで、極め付けに首にかけられた包帯により左手が吊るされてしまっている。
「え?これですか?いや〜、私とした事が不覚を取りましてなぁ。少しばかり凶暴な猛獣共に襲われたまでは良かったのですが、思ったより獰猛でして、手懐けるのに苦労したのですよ」
「手懐ける……ねぇ?口は禍の元と言います。それを彼女達が聞いたら何と思うのでしょうね、ジェルフォさん?」
別の場所から現れた実の息子の一言で大量の冷や汗を吹き出して固まるジェルフォ。
その様子からすると、家出同然に家族を置き去りにしたと言う彼に対する二人の奥さんと娘さんの怒りは相当なもののようで、“家族会議” が平穏に収まる事は無かったらしい。
国を思っての行動とは言えキチンとした了承は大事なのだと心に刻み、冷たい視線を向けるアーミオンに続きみんなでぞろぞろとその場を後にした。
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