5.今夜は焼肉!

 最初に狩りに向かったのは猪だった。近くの森に潜み、夜になると畑を荒らす農家さんには迷惑な存在であるシビルボアと言う名前の奴だ。

 突進にさえ気を付ければそんなに難しい狩りではない。しかもその肉はお店屋さんに並ぶほどの美味しいお肉、もちろん俺は狙っている。『今夜は焼肉』俺の頭の中はその言葉が八割を占めていた。


「モニカはどんな戦い方をするんだ?やっぱり魔法主体なのか?」


 駆け出しの冒険者ならいざ知らず、俺と同じくBの一歩手前であるCⅠともなれば攻撃のための魔法もお手の物だろう。貴族の令嬢ということもあり教育もされているだろうとの予想から聞いてみたがあながち間違いではないだろう。

 ここはもう森の中、所々藪が深くなっておりシビルボアにとっては絶好の住処のはずだ。いつ出てきてもおかしくないのである程度の警戒はしながら進んで行く。


「魔法は得意だよ。火魔法も風魔法も扱える。ちゃんと水魔法や土魔法も勉強してるよ。シビルボアなんか目じゃ無いわ。私に任せなさいっ」


 あ、言ったな?


 不敵に笑う俺にビクッとし、ちょっと言い過ぎたと悟ったモニカだが、もう今さら遅い。任せたからな?


「さてさてぇ、シビルボアちゃんはどこかなぁ?」


 落ちていた長めの棒で藪を突いていると地面に窪みがあり、他の場所より棒が入り込む。これは恐らく巣穴、居る居ないは別として黙って合図を送ると二人とも少し離れていつ出てきても良いようにと身構える。

 再び送った合図と共に藪の中に棒を突き入れる。ゴンっという鈍い感触と同時に藪の中からシビルボアが飛び出してきた。夜行性なので寝ている所をいきなり突つかれてビックリしたのだろう。


 モニカへと突き進むシビルボア。風魔法で作られた刃が解き放たれると慌てて止まろうとするが時すでに遅し、四本の足は綺麗に刈り取られ身動きが出来なくなり地面に突っ伏した。


 トドメを刺すべく放たれた魔法の槍が脳天に突き刺さされば、短い悲鳴を上げて動きを止める。

 よっしゃ、焼肉ゲット!と心の中でガッツポーズ。


 もしかしたらとシビルボアがいた藪を掻き分け巣らしき窪みを見れば、四十センチ程の子供が四頭。家を荒され不安からかピーピーとか細い泣き声をあげていた。


「赤ちゃんは可愛いのねっ!家で飼いたいくらいだわ」


 確かに見た目には可愛い、それは認める。でももう少し成長すれば餌を求めて畑を荒らしに来るのは必然。人間を含めどんな生き物でも食べなきゃ生きて行けないのだ。

 今のコイツらには何の罪もない。だがここで手を緩めるわけにはいかない、心を鬼にしなければならないところなのだ。


「モニカ、コイツ等を殺すんだ。可愛くてもシビルボアはシビルボア、残念ながら討伐対象なんだよ」


 理解してくれと真剣な眼差しでモニカを見る。子供を見て笑っていたモニカもその空気を感じ取り、固く口を噤んで俯いてしまう。


「俺達の仕事は人に害を成すモノを狩ることが殆どだ、今もそういうクエストを受けている。子供だから、可愛いからって見逃すことはしてはいけないんだ。分かるよな?」


 みるみる歪んでいくモニカの顔、目の端に涙を溜めてなんとか堪えているが、俺の言葉が理解出来てはいるようで嫌とは言わなかった。


 彼女の決心を黙って待つ、その間もずっとピーピーと言う鳴き声が聞こえていた。


 唇を噛み締め涙をぐっと堪えながらもシビルボアの子供達を見つめていたが、やがて震える手がゆっくりと上がり魔力が集まり始める。そして驚くことに風の槍が四本も同時に作られると子供の上へと移動して行く。


「ごめんね……ごめん、ね……」


 かざされた震える手が振り下ろされたと同時、

正確に頭を射抜かれた四頭が断末魔を上げて絶命する。俺はそれを見届けると、涙を流し震えるモニカに近寄りそっと肩を抱いた。


「俺には冒険者の兄がいる。俺は兄貴に命の重さを教わった。手に掛けた命の分まで生きろと言われた。それはたとえ害獣でもモンスターでも、悪党でもだ。モニカもこれからあの子達の分まで生きていかなきゃいけない、分かるよね?

 楽しい事もある、でもその分辛い事もきっとある。いや寧ろ冒険者という職業は辛い事の方が多い気がするよ。 でもモニカには選択出来る自由があるじゃないか。何も辛い冒険者なんてやらなくても楽に生きて行くことが出来る。それでも君はこの仕事を続けるのか?」


 俺の胸に頭を預け涙を流しながら震えている。しまった、やり過ぎたか?何も苛めるつもりではなかったんだが……冒険者の楽しい部分しか見えていなかったモニカに、辛い事もあるって教えたかっただけだったのに。


 困り果てて助けを求めるつもりでコレットさんに視線を向ければなんだかワクワクしている様子──あんた、何考えてるんだ?


「一先ず今日は帰るとしよう。その状態で狩りは無理だよ」


 肉塊となったシビルボアを鞄に入れるとモニカの手を引いて森を出る。泣き止みはしたが元気は無く、トボトボと歩く姿は痛々しかった。




「狩った獲物はどうしてたんだ?」

「討伐部位だけ狩取り、後は放置ですね。お嬢様にとっては勝った証があれば良かったですから」


 少し考えて提案する、当初から予定していた焼肉パーティーだ。さっき狩ってきたヤツだけでは屋敷の全員にとなると全然足りないだろうが、それは後で狩るなり買うなりすればいい。

 後は貴族の屋敷の庭でそんな事を許可してもらえるかだが、コレットさんがあっさりと許可を取ってきてくれた。


「わざわざ狩りに行かずとも食材など仰ってくださればすぐにご用意出来ます」

「じゃあ申し訳ないけど頼んでもいいですか?」


「金は払う」と言えば当然のように拒否される。そこは恩返しの一環だと説き伏せて無理やり皮袋を渡すと少しムッとしていたようだがそこは譲れない。


 調理場を借りモニカの狩ったシビルボアの皮を剥ぐと食べやすい大きさに切っていく。全て切り終えたところで鞄から取り出した串に刺していれば追加のお肉が届くので、興味深々に見学していた料理人達にお願いして手伝ってもらった。


 そんなこんなしているうちに、庭先で火を焚き始めた頃には空が赤くなり始めていた。

 火が落ち着いたところで焼き台に肉を乗せれば食欲を誘う匂いが漂い出す。すると連絡を受けていたメイドさんや執事さんも遠慮がちながらも集まり始め、やがてなし崩しに俺主催の焼肉パーティーが始まった。


 俺は火の番を一手に引き受け、焼き物に専念していた。たまに自分でも摘みながらコレットさんが持ってきてくれたエールを飲み、ひたすら焼いては振る舞ってを続けていた。


「お腹空いたろ?食べてみろよ」


 帰るなり部屋に閉じこもっていたモニカもコレットさんに連れられようやく出てきた。串を渡すと物珍しそうな目で見ていたが、美味しそうな匂いに釣られてかぶりつく。


「あ、美味しい」


 綻んだ顔で食べ進めるモニカにおかわりを渡せば、そこに憂いなどなくなっており一安心。


「いや〜、これは楽しい食事だな。たまにはこういうのもいいもんだ。是非またやろう」


 少しばかり顔の赤くなっているストライムさんが俺達のところにやって来て話しかけてくる。楽しんでいただけたようで俺としては大満足だ。


「実はカミーノ伯爵とも縁あって仲良くさせてもらってるんですけど、一緒に旅をしたときにこれをやったら喜ばれたんです。もしかしたらと思って今日やってみて良かったです」


「ほぉ、ランドーアと知り合いなのかね。君はつくづく人脈に恵まれている冒険者だな。

 彼とは旧友でね、昔から懇意にしているのだ。そういえば……今年のアングヒルでのオークション、もしかして君は彼と一緒に居たかね?」


 なんとストライムさんとは一度顔を合わせていたという驚きの事実、世の中どこでどう繋がるのか分からないよな。


「そうかそうか、あの時の白兎の獣人は君の友達だったのか。それにしても友人の為に金貨七千枚も出すとは君も人が良すぎるなっ!もしかして恋仲なのか?んんっ?ガハハハハッ。そう生真面目に答えなくても良いっ、酒の席だ。適当でかまわんぞっ。楽しければそれでいい。

 君は良い男だな、どうだ?ウチのモニカなど嫁に貰う気はないか?」


 肩を組み完全に酔っ払っているストライムさんはどこまで本気なのかサッパリ分からなかった。まぁ一人娘のモニカを嫁にと言うのが本気でないことだけは確かだろう。


「もぉお父様!?レイさんが困ってらっしゃるじゃないですか。絡むのは止めてくださいっ」


「あらあらモニカ、お父様に妬いてちゃダメじゃない?そんなことしてないでレイさんにアタックしてきなさいよ。大丈夫よ、貴方の美貌なら上手く行くわっ。お母さん、応援するからね!」


 ケイティアさん……本当にお母さんですよね?娘さんを煽らないでください。貴族である二人が本人目の前でそんな話をされては、なんだか強制のような気がしてなりませんが……って、どんな夫婦だよっ!


 モニカもっ!そんな酔っ払い夫婦の言うこと聞かなくていいでしょ!うわぁ、ボスが来たよ……


「あらお嬢様、要らないなら私が貰いますけど良いんですよね?だってレイさんって、こんなに魅力的なんですのよ?私、見てるだけでゾクゾクしてきちゃって……本当に要らないんですか?貰っちゃいますよぉ?」


 俺、早く家に帰りたい……。


 あぁティナ、同じ貴族の屋敷でも平和なカミーノ家が恋しいよ。ごめん、俺は猛獣の屋敷の中から二度と出られないかもしれない。はぁ……


 焼く物も大分無くなり、後片付けは任せて逃げるように会場を後にした。

 波乱はあったが十分に堪能出来た焼肉パーティー、モニカも楽しんでくれただろうか?昼間の憂鬱な気分はキチンと晴れただろうか?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る