42.怒りの襲撃

 食堂に行けば既にジョッキを傾けているミカ兄達。何故か俺達の分のエールまで用意されており、席に着くなりミカ兄が肩を組んできてジョッキを手渡された。


「まぁ飲めよ。人間、誰にだって間違いはあるぞ?そ〜ゆ〜小っさな事いちいち気にしてたらでかい人間にゃぁなれねぇ!ほらっ、飲めよっ」


 いやいやミカ兄。間違いは仕方ない事だろうけど、間違えたら謝罪するという事も良い大人にとっては必要じゃね?

 渡されたジョッキを手に、出来る限りの冷たい目で見続ける。


 ジーーッと、ジーーーーッと……


「んだよっ!あぁ俺が悪かったよ、間違ってたよ。でもなぁ、あんな状況じゃ間違えても仕方なねぇだろぉがよ。お前も悪いんだぞっ」


 わかったわかった、もういいよ。これで終わりにしよう。


 俺はジョッキをミカ兄のジョッキにぶつけると キューッ と一息で飲み干した。うぉぉっ、空きっ腹に染み渡る!そういえば昼も食べてなかったが、もう夕方なんだな。


 唐揚げを摘みながらあの店での出来事をミカ兄達に報告した。三十分にも満たない間だったけど、凄く濃い時間だった気がする。


「まさかエードルンドとは驚いたな。その女魔族、恐らく王族の系譜だぞ?よく無事に帰れたな。

 魔族ってのは力で統べる物らしいからな、何百年と続く王族の系譜なら相応の力があるだろう。その気になればお前等なんて簡単に捻り潰されてただろうよ。でも、この町から引き上げるって言ったんだよな?目的はなんだったんだ?」


 やっぱりアリサさんは凄い人だったんだな。でもトップがあんな穏やかな人ならば、魔族という種族を過度に恐れるのはおかしいようにも思えてくる。

 彼女達の目的など考えても分からないという結論に至り、一先ずそれは置いておくとして、この町から魔族がいなくなった事だけを喜び六人で仲良く酒を飲み進めることにした。



▲▼▲▼



 陽が傾く前から呑んでいたはずだったが楽しい時間というものはあっという間に過ぎ去り、時刻は既に夜中になってしまった。それでもまだ騒ぎ続けるミカ兄達を残し、酒にそんなに強くない俺は少し酔い覚ましの為に外に出た。

 ゆったりと吹く外の風は心地良く、火照った身体を緩やかに冷ましてくれる。沢山の星が色とりどりに煌めく星空の下、いつもより大きく見える満月の灯りを頼りに少しだけ散歩に出かけてみた。


 夜の町には人など出歩いておらず、時折、酒飲み達の喧騒が聞こえてくるくらいで静かなものだ。

 当てもなくぼんやり歩いているとわりと近くに公園があり、そのまま中へと入ってみれば中心付近と思われる場所にある噴水が目に入る。月明かりに照らされ吹き出る水はとても綺麗に思え、引き寄せられるように噴水に向かって歩いて行った。


 その途中、公園の入り口の方から、明らかに俺へと向けられた殺気が走る。

 さすがに酔っていてもそれくらいは分かり、身構えて発信源へと向き直れば一人の男の姿が月の光に映る。頭には白い布を巻き付け、背中に剣を背負う男。顔に怒りを満たしながらながらも、落ち着いた足取りでゆっくりと歩いてくる。



──アイツはっ!



 男の姿が消えた次の瞬間、目の前に現れると同時に走る強烈な衝撃。油断していたわけでもないのに直撃を受けた腹部から感じる激しい痛み。気が付けば吹き飛ばされ、他には誰もいない公園の地面を滑っていた。


「くぅぅっ」

「よぉ、待ってたぜ。ちょっと面貸せよ」


 何故コイツが此処に?アリサさんと共にチェラーノを去ったのではなかったのか?


「てめぇよぉ、ムカつくんだよな」

「カハッ」


 先制の一撃で地面を這う俺にケネスの蹴りが容赦なく襲う。転がり、距離を取ろうとするが執拗に追いかけられ的確に俺の腹を目掛けて強烈な蹴りを叩き込んでくる。その度に俺は石ころのように宙を舞い、叫びたいほどの激痛が腹部を襲う。


 魔族とはこれほどまでに強い者なのか……このままじゃまずいな。

 意を決し、蹴られて宙を舞った時を狙い痛みを堪えながらも無理矢理片膝を突いて身体を起こすと、歩みを止めたケネスへと精一杯の怒声を放つ。


「なんなんだよっ!町から出たんじゃなかったのかよっ!」


「うっせぇ!あの女は俺の物だ、てめぇには渡さねぇ!!それを分からせに、わざわざ来てやったんじゃねぇかよっ!

 たかだか人間風情が良い気になりやがって……魔族に、この俺に勝てるとでも思ってるのか?あぁっ!?ほらっ立てよ、立ってかかってこいや!」



──くそがっ!!



 訳の分からない言いがかりだが、言い返す体力もなく唇を噛みしめる。コレが魔族が魔族であると忌避される由縁か?ならば……

 歯を食いしばって立ち上がると、やっとの思いで剣を抜く。だが、すでに膝が笑ってしまい真っ直ぐ立つこともままならないほどに疲弊していた。



「うぉぉぉっ!」



 悲鳴を上げる身体を無視して『こんな魔族には負けられない!』との気概だけで飛びかかる。


「いいねぇ、いいねぇっ!それでこそ殺りがいがあるってもんだっ、来いよっ!こいコイ来いっ!!」


 持てる全ての力を込めて斬りかかるものの既に満身創痍の俺では実力差を埋めることなど叶わず、擦りもせずにただ空振るだけ。それでも攻めることを諦めたら殺されるだけだと悟り、死に物狂いで剣を振り続ける。


「ほらほら、どぉしたよ?そんなんじゃ当たらないぞ?もっと気合い入れろやっ!」


 振り抜き様のカウンター、顔面を殴られ仰け反る身体。更に、隙だらけの腹部に足がめり込めば、またしても吹っ飛び地面を滑る。


「ぐ……ガハッ」


 人間ではあり得ないほどの強烈な蹴りの応酬で、もう立ち上がる力は残されていない。

 こんな所で俺は、こんな奴に殺されるのか?


「なんだ、もう動けないのか?つまらん奴だぜ。アリサもなんでこんな奴なんか……まぁいい。そろそろ逝っとくか?」


 俺が動けないのが分かっているのだろう。一歩一歩ゆっくりと、恐怖を与えるかのような足取りで近付いてくる。



──パリッ



 手も足も、指の一本ですら動かすこと叶わず、荒い息を吐くしか出来ない瀕死の状態。

 これまでかと諦めかけたとき俺の耳に届いた小さな音。それと同時に地面を滑る音が聞こえ、目の前へと滑り込む人影。


 月明かりを浴びて美しさを増した蜜柑色の髪、半分だけ見える横顔。こんな時だというのにいつも以上に綺麗感じる彼女は、物語に出てくる月の女神アルテミスのように思えて見惚れてしまう。


「レイ君っ、生きてる!?」


 俺の中の女神ユリアーネさんが、死に際の俺へと救いの手を差し伸べにやって来てくれたのだ。


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