13.感謝の言葉はありがとう!

 手頃な岩の上で服を脱ぎ捨て、生まれたままの姿で水の中へ。頭まで潜ると森の音が消え、代わりに水の中独特の音だけが耳を支配する。

 ここでしか聞けない不思議と落ち着く騒がしい音、目を開けば視界は広く、少し遠くに魚の姿がちらほら見える。久々の水の中はその冷たさも相まってとても気持ちが良いものだった。


「あ、ちょっと!そっちは……」


 ユリ姉をあまり待たせるわけにもいかないので適度に水の心地良さを堪能した後、ちゃっちゃと身体を洗って戻ろうとしたところでユリ姉の声が聞こえてくる。

 なんだ?と思った時には白い物体が ピョコピョコ と岩陰から姿を見せる。二本目のニンジンはもう食い終わったのか?


 水辺でちょこんと待つ白兎の前に行くと、その前にしゃがんで頭を撫でてやる。

 後ろ足だけで器用に立ったまま俺を見つめる蒼い瞳、そういやぁ兎ってこんな目の色だっけ?


「まだ食べ足りないのか?欲張りだな、お前」


 すると突然、目の前の白兎から立昇る白煙。いきなりの事でビックリして尻餅をついたのだが、俺はまだ服を着ていない……つまり真っパ。おかげで河原の石が直接尻に当たり少しばかり痛い。


 白兎を包み込んだ白煙はどんどん膨れ上がり仄かな光を発したと思った次の瞬間、一瞬にして消えた白煙のあった場所には見覚えのある女の子が立っている。

 あまりの事に後ろ手に身体を支え、河原に尻をついたままの状態で固まる俺。そんな事はおかまいなしにソイツはしゃがみ込むと ニヘッ と可愛らしく微笑んだ。


「立派な “ニンジンさん” ですねぇ。ウフフッ、食べちゃってもいいですかぁ?」


 俺の股間をまじまじと見つめ、こともあろうか チョンチョン と指で突つく白いウサギの耳を頭に生やす美少女。信じられない出来事に追い討ちをかけた非常識な行動は、全ての思考を吹き飛ばすのに十分な破壊力を秘めていた。


 頭が真っ白になり固まること数秒……どうにか我に返ると素早く立ち上がり、この際裸なのもおかまいなしにヤツの前に仁王立ちになる。



「このぉ、馬鹿兎がぁ!」



 真っ直ぐ振り下ろされた手加減なしの拳、女の頭に炸裂して ゴチンッ と派手な音を立てると目を回して仰向けに倒れていく。

 コイツは冒険者になりたての頃に助け、盗賊達から助けられた事のあるあの兎の獣人だ。獣人って変身出来るんだな、ビックリしたぜ。


「レイ!大丈夫!?どうし……た……の?

キャーーーーーーーーーーッ!!!!」


 俺の怒声に気がついたユリ姉は慌てて飛んで来たが、全裸で立っていた俺を見つけて恥ずかしそうに両手で顔を押さえる──キャーは俺のセリフですけど?それに手で顔を隠すのはいいけど指の隙間から覗くのやめてもらえませんかね……減るもんでもないし、いいけど。


 そんな状態で固まったまま動かないユリ姉を尻目にとりあえず服を着ると、未だ目を回して倒れたままでいる残念兎を叩き起こした。


「お前、なんでこんな所にいるんだよ」

「あ、頭……頭が割れるように……や、やぁ久しぶりですよねぇ。元気そうで何よりだよんっ!え?私が何でここに居るのかって?またしても引っ越しの最中ぅ〜なのだよ。ホッホッホッ、前回会った時も引っ越しの途中だったよね!

 んんっ?これは運命、そう運命なのだよ!さぁっ運命の赤い糸で結ばれた者同士、熱い口付けをか……いったーーいっ!叩くと痛いんだってば!知ってる?ねぇ叩かれるとすっごく痛いんだよ?もぉっ!

 気を取り直して、さぁほらっ、熱い熱ぅい口づ……いたひいたひ、ほっぺつねっちゃやだぁ」


 肉付きの良いツルスベほっぺを思い切り摘めば、つきたてのお餅のように柔らかく面白いように伸びる。白い耳が垂れ、涙目で訴えかけてくるがそんなのは無視だ。

 見た目はリリィやユリ姉に負けず劣らずの……いや言い過ぎか?とにかく、並んで歩けば自慢できるような可愛い容姿なのに、五年近くも経つのに何処かに落としてきた頭のネジは見つからなかったらしい……残念な美少女だ。


「レ、レイ?その人、知り合い……だよねぇ?ず、随分親しげだけどぉ、ど、どなたなのかなぁなんて聞いてみたりしてもいいかなぁなんてぇ思ったりなんかしてみたりして……」


 ユリ姉、言動が可笑しくなってるぞ?こんな馬鹿兎に気を遣うことはない。

 コイツとの馴れ初めを簡単に話して聞かせると、以前話した事もあり「あぁ、あの事件の」と簡単に納得してもらえた。


「で?引っ越し途中のお前は何しに俺達のところに来たんだ?」


 人差し指を頬に当て、空を見つめながら考え始めた馬鹿兎。ピョコピョコと動く長くて白い耳が目を惹く……こうして黙ってれいばすっごい可愛いのにと思うのは俺だけじゃない筈だ。


「ん〜〜、なんででしょう?」


 おいっ!また迷子かよっ。こいつちゃんと生きていけるのか心配になるわ!白兎の獣人って高く売れるんだろ?そのうち捕まって売り捌かれるぞ、きっと。


 相変わらずのアホさ加減に溜息が出そうになるのを我慢し、気分を変えようと鞄から干し肉を取り出し咥えた。

 その様子を物欲しそうに馬鹿兎が見つめていたのでまだ食べるのかと思いニンジンを取り出す。


「食うか?」

「ありがとうございます。じゃあ遠慮なく下の立派なニンジンさんを……いったーーいっ!叩くと痛いって言ってるじゃないですかぁぁっ」


 普通に接した俺が馬鹿だったよっ!両手を頬に当て顔を赤らめるユリ姉はこの馬鹿兎とは大違いだなっ!


「さっさと帰れよ馬鹿兎っ!」

「やだピョン!せっかく見つけたピョン、もう少し遊んで行くんだピョン、ピョンピョンピョンッ」


 あー、そうですかそうですか、お好きにどうぞ。


 こんな奴は放っといて川沿いを南に向かって歩き出す。一応仕事中だし、さっさとアル達と合流しなければならない。馬鹿兎といつまでも遊んでる訳にはいかないんだよっ!


「ねぇレイ、あの子いいの?家族とはぐれちゃったんじゃないの?」


 優しい優しいユリ姉は俺の隣に並び心配そうに聞いてくるがアイツはきっと大丈夫だろう。前に迷子になった時も勝手に一人で帰って行ったよ。


「ちょっとーーっ!置いてくなんてひどーーいっ、待って!ねぇ、待ってくださいってばぁぁっ!」



▲▼▲▼



 日が暮れる前に食事を終えるとさっさと寝るための準備をする。焚き火の周りに円を描き、その線の上に五センチ角の白い四角の箱を正六角形を描く様に並べた。

 これはルミア特製の魔導具『何処でも安眠くん』起動時に僅かな魔力を注ぐだけで並大抵の者では破ることが出来ない結界を張ってくれる超便利アイテム。これさえあれば山の中だろうがモンスターの巣だろうがどこでも安心して眠ることが出来るという超絶級の代物だ。


 結界の準備が出来たので布団代わりのマントを取り出し横になろうとしたら、しれっと付いてきて飯まで食いやがった馬鹿兎が俺の隣に寄り添うように寝転ぶ。


「なんでそんなに近いんだ?結界内なら安全だからもう少し離れろよ」


 コテンと小首を傾げて不思議そうな顔で俺を見つめる馬鹿兎。とうとう人間の言葉まで理解できなくなったか?


「なんでって、くっついてないとはみ出しちゃうから?」

「その線の内なら大丈夫だって言ってるぞ?あっち行けシッシッ」


 俺の言葉に反発するように益々ピタリとくっ付く馬鹿兎……舐めとんのか?こんな人気のない森の中での男と女だぞ?しかも見た目だけならめっちゃ可愛いヤツ。襲ったろかコイツ。


「離れろ馬鹿兎っ」

「じゃあ布団頂戴!」

「自分の使えよっ!」

「持ってないしぃ〜。だから一緒に寝ようとしてたんじゃないのぉ、もぉプンプンだよぉっ」


 腕を組み、口を尖らせた横顔。まぁ、かわいいが……お前がやってもなぁ。


「こ〜んな可愛い子が一緒に寝てあげるって言ってるのに、アッチ行けとか酷くないですかぁ?ほら寧ろチャンスですよ、お兄さんっ!こんな人気のない森の奥で若い男女が寄り添って寝てたら間違いが起きますよねっ、寧ろウェルカム……いったーーいってっばぁ!オデコ腫れたらどうするのぉ!!せっかくの美人顔がぁぁっ。責任、取ってくれるんですよね?嫌!やめてっ!同じ場所に二回も連続でデコピンとか悪魔ですかっ!?」


「うっさいなぁ、誰が可愛い子だって誰がっ?お前よりユリ姉の方が可愛いし!馬鹿やってないでさっさと寝ろよ」

「えぇっ!?」


 え?なんでそこでユリ姉が驚くの?なんで近付いて来たの?なんで隣に転がったの!?


「じゃあ仕方ないからぁ三人で寝よっか!」

「おぉっ、流石は綺麗なお姉さんっ!話しが分かるぅっ!ささっ、寝ましょう寝ましょう。レイさん布団まだですかぁ?」


 俺を挟んで二人の美女が寝転んだ状態で地面を ポンポン 叩き早く転がれと待っている。あきらめて仕方なく寝転べば二人が身を捩りさらに距離を詰めてくる……こんな状態で今夜、寝れるのだろうか?

 モンモン とした気分だけが俺の中に渦巻くが両手に華で幸せではある。しかし今は仕事中なんですけど?こんな時に余計なことしやがって、馬鹿兎めっ。でもいつもより近い距離でユリ姉と寄り添えるのはちょっと嬉しい。コッチ向いて横になってるからですね、柔らかいモノが腕に……ありがとう馬鹿兎!


「だ〜か〜ら〜っ、軽くでもデコピンは痛いんですって!」


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