14.森に敷かれた罠
朝日が登る少し前のほんのりと空が明るくなり始めた頃、いつものように パチリ と目が覚める。
隣にはユリ姉が俺の腕にしがみつき可愛らしく寝息を立てている。むふふっ、朝一でユリ姉の寝顔とか……幸せ!
美女美少女に挟まれて寝れない寝れないと思っていたらいつのまにか意識が無くなっており今に至る。人肌って暖かいのね、なんだかんだでメッチャめちゃグッスリ眠れちゃったよ。
だが腹の辺りが重いのに今更ながらに気が付き、首だけ起こしてみれば馬鹿兎がひとの腹を枕に スヤスヤ と眠っているではないか……こうしてみると可愛いな。この状況も悪くはない。まぁ、もうしばらく寝かせてやるか。
「あぁんっ……んんっレイさん……みんなが見てるからぁココじゃぁだめぇ〜」
おいっ!お前は夢で俺に何をさせているんだ!?一瞬で考えを改めた俺は手刀を脳天に叩き込む。
「ていっ」
「あぃたーーっ!痛いですよレイさんっ、朝から何してくれちゃうんですか!朝はやさしくお目覚めのチュウって決まってるのを知らないんですか!?」
「いやぁ、なんか悪夢でも見てたのか、うなされてたからさ。慌てて起こしてやったんだよ、感謝しろよ?」
「え?あ、そうなんですか?それはありがとうございます?でもぉ、なんだか幸せな夢だったような……」
「気のせいだろ」と言いくるめて未だに気持ちよさそうに眠るユリ姉を見てほっこりしてると、もぞもぞと布団をかけ直して俺の胸に顔を埋めてくる。
「お前はいいから昨日のスープ暖めてきてくれよっ」
「えぇっ!なんでですかぁ?私もまだイチャイチャしたいですぅ。ユリ姐さんだけずるいじゃないですかっ!」
「ユリ姉はまだ寝てるだろ?だから起きてるお前が用意してくれよ。ほら行った行った」
布団をかぶり顔だけ覗かせた馬鹿兎は、俺の上でぷっくりと頬を膨らませて無言の抗議を続ける。その顔は文句無しに可愛いが残念ながらユリ姉の寝顔には敵わない、諦めてさっさと行きなさい。
「おはよぉ……なんだかよく眠れたわぁっと、ちょっとぉ!レイの上に乗って何してるのっ!?」
「馬鹿兎、絶賛ストライキ中です」
「ぐーぐーぐーぐー……いふぁいいふぁいっ。ほっへつままなひへ、わはっは、おひるかははなひて。もぉっ!すぐほっぺ摘むんだからっ。レイさんのけちんぼぉっ!レイさんがご飯の用意してくれればいいじゃないですかっ」
うっせ!出来たらやっとるっちゅうにっ!ストライキ馬鹿兎めっ。やっぱり魔法使えないのは不便な事ばかりだよなぁ、なんとかならんのかね。
「えっ!?レイさんってば魔法使えないんですか?まじでっ!?少しも?ちょっとも?実は使えるけど使えないフリしてるだけとかじゃないんですよね?ほら、怒らないから本当のこと……痛っ!ブツなんて酷いですっ!まぁアレですよ、魔法なんて使えなくたって……プププッなんとでもなりますって!」
てめぇ今、完全に馬鹿にしてただろっ!馬鹿兎に馬鹿にされる日が来るとはっ!!俺、撃沈……。
いいんだよっ魔法なんて使えなくなたって十五年も生きてこれたんだ。これからだって大丈夫さっ。そういえば今年は成人の儀だな。
▲▼▲▼
何事も起きない長閑な川沿いをただのんびりと歩いて行く。
ユリ姉との二人旅も今日で終わり、なんだかちょっと残念な気もするが何日も二人きりで居られたんだ、満足満足。ここ二日は寄り添って一緒に寝たしたな!
此方に向かってくる二つの人影、こんな森の奥にいる人間なんてアルとリリィくらいしかいないだろう。向こうも気付いたみたいでリリィが大きく手を振っているので俺も手を振り返した。
「無事だったみたいだな、怪我もない?」
「おいおい、誰に言ってるんだ?それよりよ、ソイツはなんでココにいるんだ?」
「その子、あの時の獣人よね?」
まぁ、疑問に思って当然だわな。俺が一昨日の再開の出来事を話すと二人とも大爆笑しやがった。
程よく開けた場所に安眠くんで結界を張って夜飯のための火を焚けば、アルが生肉の塊を鞄から取り出す。
「昨日シビルボアが獲れた、まぁ殆どリリィが食っちまったんだけどな。コイツ、食べ過ぎて腹が苦しくなってよ、夜中までウンウン唸ってたんだぜ?
俺達は散々食ったからお裾分けだ」
「ちょっと!誰のせいだと思ってるのよ!余計なことは言わないで!!」
食い意地が張っているのはいつもの事だろ?それよりこんな所でまた肉を食べられるとは嬉しいな。ついこの間使ったばかりの焼肉セットを取り出して準備してると、馬鹿兎はその様子を興味深げに眺めている。
「随分便利な物を持ち歩いてますねぇ。今思ったんですけど皆さん魔法の鞄を持ってるんですか?いいなぁいいなぁ、私にも一つくれないかなぁ。私もほしぃなぁ……チラリ」
「なんでお前にやらないといけないんだ?お金貯めて自分で買えよ」
なんかすっごくショック受けたみたいで固まったと思ったら崩れ落ち、地面に何か書きながら泣き真似をしてるぞ?なんだか今日はキャラ違くね?
「そ、そうですね。働かないと何も買えませんよね、そうよねそうよね……あ、じゃあ働きますっ!レイさんの人参さんをペロペロォっと……いったっーーいっ!ぶたないでっ、ぶたないでってば!なんでぶつんですか!?私何かしましたぁ?これから頑張って働いてお金を稼ごうと気合入れたのにぃっ。手っ取り早くお金を稼げる方法じゃないですかっ!わたし何も悪くありませんっ、もぉプンプンですぅぅ」
いや、働くのはいいがそういうのはやめろよな馬鹿兎めっ!それが悪いとは言わないが、働ける内は真っ当な仕事してお金貯めろよっ。
「アレがダメならもぅ私にはコレしかありませんね。仕方がない覚悟を決めましょう!レイさん、優しくしてくださいね」
胸元の大きなリボンを解きシャツのボタンを細い指で順番に外していく。思わず見とれてしまったがすぐに我にかえった!
「やめんか、馬鹿兎っ!そんなことしてないでさっさと肉を食え、肉をっ!ったく、しょうもないことしか言わないやつだなぁ。金稼ぐ方法なんていくらでもあるだろうが」
焼きたての肉を口に押し込む。え?熱いだろ?知るかそんなもんっ!
さぁ味わって食うがよい。こんなところで焼肉なんぞ、滅多に食べられんぞ。
「んほぉっ、こへはおいひいへすね。モグモグゴックン。んはっ、お代わりくださいっ。あと、お酒ありませんかぁ?」
酒なんかあってもやらねぇよっ!はだけたシャツの隙間から美味しそうな谷間が見え隠れするのを横目に見ながらお代わりを口に放り込んでやると、肉の脂でテカる唇が閉じられモゴモゴと動き出す──ったく、よく噛んで味わって食えよ。
目敏くも俺の視線に気が付いた馬鹿兎、口を動かしながらも両手でシャツのはだけた部分を広げながら中を見せる真似をして来やがる。思わず胸元に視線が行ってしまったがすぐに逸らして顔を見ると、小首を傾げて『見たいの?』と無言で訴えかけてくる。
思考がバレたのが恥ずかしくなりすぐに視線を逸らすと誤魔化すために肉に齧り付いた。しかし首を回まわした先には肉を片手に白い目で俺を見るユリ姉の顔。
「レイのエッチ」
ユリ姉にまでバレてしまい、しどろもどろになったが、更に肉を頬張り、口一杯の肉を咀嚼して誤魔化すことにした。
「そっちは道中どうだったんだ?俺達の方はまともに襲ってくる奴がいなくて、ただの森の散歩だったよ?」
俺が切り出すと肉の刺さった串を持って指が ピコンッ と上がり『それな!』と言いたげにリリィが頷いている。お前昨日散々食べたんじゃなかったのかよ、どんなけ食うんだ。
リリィは俺達男より良く食べる。でも、その割には無駄な肉が付いておらず、ユリ姉程ではないにしても形の良いお胸様を筆頭にスタイルが抜群なのは何故なんだろう。
「私達の方も似たようなもんじゃないかな。獣の姿があんまりなくて、襲って来るのもほとんどいなかったわ。
シビルボアは襲って来たわけじゃないんだけど昨日たまたま見かけたから食べたくなっちゃってねぇ、戴いちゃったのよ。おいしいでしょ?……この森、やっぱりちょっと異常よね?」
アルが鞄から何かを取り出すと俺達に見せてくる。握られていたのは三つの小さな薄い青色をした魔石だった。これはかなり下級のモンスター?
「二日目に三匹だけモンスターが居た。瘴気がかなり薄いよな、この森。随分と弱っていたぞ」
「瘴気の濃度は異常よねぇ、森の奥に来てもこぉんなに薄いなんておかしいわぁ。ウィリックの睨んだとぉり、何か居るかもしれないからぁ明日からは警戒して行きましょぅ」
肉を食らい尽くし、はち切れんばかりのお腹が落ち着いたところで明日からに備えて寝る事にした。
俺が寝床を決めて座りマントを取り出すと当然の如くすぐ横に馬鹿兎が座り ニヘッ と笑う……お前、今日も一緒に寝るつもりか?
それを見たユリ姉までコソコソっと寄って来てすぐ隣に座りマントを取り出している。
「アンタ達、そんなにくっついて寝てるわけ?」
そんな俺達を好奇の目で見るリリィからのお小言。
「俺に言うなよ。でもこの方が暖かくてよく眠れるぞ?」
「じゃあ私も……って場所空いてないじゃん」
ユリ姉か馬鹿兎の隣じゃ駄目なのか?
「じゃあ俺の隣で寝るか?」
ワザとだとは思うけど、いやらしい笑みを浮かべたアルは男の俺から見てもちょっと怖い。
「有り得ないわっ、馬鹿じゃないの!?あんたの隣だと朝には丸裸になってそうよ!」
不貞腐れたかのように離れた場所で横になり、頭までマントを被ったリリィ。すまんな……馬鹿兎の所為で。
なんか俺、大人気だな。そんなに危険度少なく見えるのかな?これでも男なんですけどねぇ……まぁ、アルほど野獣じゃないのは確かだけど、アルに対するリリィの態度が妙に刺があるように感じる。何かあったのかな?
▲▼▲▼
五人で森の中心を目指し西に向けて進むも、目標地点にはだいぶ近いはずなのに瘴気すら濃くなる気配がない。今までと変わらず獣達もあまり姿を見せず、森の奥地に来ているのに入り口と変わらぬ様子に違和感しか感じない。瘴気を吸い取る化け物でも居るというのか?
安全な森の様子に逆に警戒を強めながら歩みを進めて行くと、あれほど希薄だった瘴気が徐々に濃くなり始める。
瘴気とは植物や大地から放出される魔力の事で、木の多い森の中では奥地に行くほど段々と濃くなるものなのだ。それは正常なのだが、急に変化が現れたのは何故だろう?
更に警戒を強めて慎重に進んで行けば瘴気の濃さが急激に増していく。いつモンスターが襲って来てもおかしくないくらいに森を覆い尽くす瘴気。そろそろ不味いかと考えていた矢先にそれは起こった。
「!?」
上から強風が吹きつけるかのような、身体全体が地面に押さえつけられる感覚。
突然、とんでもなく重い荷物でも持たされたかのように足取りが重くなり、歩く事すら出来なくなってしまった。
「ぐぅぅっ……なん……だ、これ……」
一秒毎に重くなる身体。歯を食いしばりなんとか堪えようとするものの、すぐに立っていられなくなり地面へと倒れ伏す。
見える所いたユリ姉も同じく地面に倒れている。俺だけがおかしいのではなく、みんな同じような状態らしい。
「あ……くふっ……」
地面にめり込むかの勢いでかかる重圧、声を発する事も出来なければ呼吸すら難しくなってきた。短い間隔なれど息をしないという選択肢はなく、溺れるかのような感覚の中で必死になって酸素を求め続ける。
そんな中で近付いて来る足音、これほどの重圧を物ともせずに歩いて来ているようだ。
まさかこれは魔法なのか!?だとしたらコイツが術者なんじゃ……このままではまずい!
そう思ったところで既に指一本動かせない俺にはどうする事も出来無い、俺達は完全に術中に嵌りただ殺されるのを待つしかなかった。
「こんな所にまで人間が来るなんてね、驚いたわ」
聞こえて来たのは若い女の声。
それは敵対する者にしては穏やかな口調で、何故か聞き覚えのあるモノのように思えた。
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