15.孤高奮闘
以前のルナルジョは大きな商会の代表をしていたそうで、ケヴィンさんが商人としての経験を積む為に弟子入りした先がルナルジョの元だったらしく、再会した彼の事を懐かしく思い師匠と呼んでしまったらしい。
十四年前、ルナルジョの指揮するドーファン号は仕事でカナリッジの港から南へと出掛けて行った。それには同行しなかったケヴィンさんが店で帰りを待っていると、取引の帰り道でドーファン号が嵐に見舞われ行方不明になったと報告があったらしく、それ以来ルナルジョが店に帰って来ることはなかったそうだ。
三杯もおかわりしたカップをコレットさんに返すと、サラが再び魔力を放ちルナルジョを白い光が包み込んだ。数秒で光が消えると自分の体の調子が良いのが分かったのか「お?」と驚いた顔をしている。
「何故そうなったのかは分かりませんが食べた物の栄養を吸収する力が弱くなっていました。いくら食べても栄養が体に残らなければ、食べていないのと同じなのです。病名で言えば “栄養失調” ですね。色々な薬を試していたようですが、その薬すら吸収されずにいたようです。
これからは食べた分が正常に栄養となり体に残るので、あまりたくさん食べると肥満の原因となるので気を付けてください。
次に下半身麻痺ですが、人間には頭で考えた動きを実行に移す為の中枢神経という命令伝達器官が背骨の中にあります。ですが何らかの理由で神経が損傷してしまうと自己回復が出来ずに体が思うように動かせなくなる事があるのです。
傷付いた神経は癒しの魔法によって元の状態に戻りました。ですが、魔法である程度癒したとはいえ何年も動かしていなかった下半身は筋肉が衰えていますので、以前のように動けるようになるには今暫くかかるでしょう。無理のない程度で良いので散歩などある程度の運動を毎日して足を動かす事を心掛けてください」
みんなの為に鞄から出して並べた長椅子の一つに座ると、付いてきたは良いがセリーナが親元に戻ってしまって居場所の無くなったカンナが隣に座って笑顔で見上げて来たので頭を撫でてやった。
その反対の隣に座ったサラの説明が終わり深々と頭を下げたルナルジョが感謝を述べ終わると「師匠」とケヴィンさんが説明の催促を促してくる。
「分かった分かった、お前は相変わらずせっかちだな。商人とは肝が座ってなきゃならない職なのは知ってるだろ。そんなんで綺麗な嫁さんと可愛い娘を養っていけるのか?
お前の知るように俺達を乗せたドーファン号はカナリッジに帰る途中で嵐に会った。あれは酷い嵐でなぁ、俺もあそこまでの大きな嵐は初めての事で乗組員全員で必死になって船を操ったさ。
だが自然の力の前では俺達人間などゴミにも等しく、ドーファンのマストを軽々と超える大波が押し寄せて来て俺達を荒れ狂う海へと引きずりこんだんだ。
その時は当然、死んだと思ったよ。
だが目覚めた時には木陰に葉っぱを敷き詰めたお粗末なベッドに寝かされていて、ちょうどお前の娘くらいの歳の女の子が俺を心配そうに覗き込んでいた。
なんで天国に来たのに絵に描いたような別嬪の女じゃなくてこんな少女なんだって文句を言ったら、俺はまだ生きているからここは天国じゃないって怒られたよ。
俺が帰りに運んでいた荷は軽犯罪者の奴隷達。俺の仲間である乗組員は全員見つからなかったというのに、積荷であった奴隷の約半数である五十二人と俺は人間が住んでいた痕跡も無い、チンケなこの島へと流れ着いたのだそうだ。
生きてはいたが足は動かない事を知った俺は絶望したよ。いっそ死んでいたらとも思ったさ。
けど、皆で力を合わせて飲む為の水や食料を確保し、必死になって生きようとするコイツ等を見ていたらなんだか心を打たれちまってな、もう少し生きてみようと思えるようになったんだ。
絶望の淵にいた俺だったが、ドーファン号という唯一の希望も有った。
一緒にこの島へと打ち上げられたあの船は至る所に損傷はあったが直せない程じゃなかったのさ。俺の指示で慣れない手つきながらも全員で修理を終わらせると、その後は船旅の為の食料の確保と操船技術の特訓の日々だった。
何ヶ月かしてようやく準備が整うと、全員に意思を確認したよ。
心配事は二つ、食料が尽きる前に大陸まで辿り着けるのかという事。もう一つは、コイツ等は全員軽犯罪者とはいえ奴隷の烙印があるので、幸か不幸か自由を手に入れたというのに町へ戻れば辛い奴隷生活が待っているという事。
だが誰一人ここに残る事を希望しなかったので、もしもカナリッジに帰れたら俺が全員を買い取る約束をして島を後にした。
太陽や星の位置から向かうべき方角は決めていた。だが船を進めて四時間で呆気なく大陸が見えた時は、俺達の準備の為の時間は何だったんだと愕然としたよ。
しかも近付くにつれて俺の帰りたかったカナリッジが見えてくるものだから狂喜したさ。たぶん今まで生きてきた中で一番興奮した瞬間だっただろうな。
奴隷商人も居なくなり犯罪者奴隷を無許可で連れていた俺は直接港に入る勇気が無かった。近くの入江に船を停めると幸運にも何処かから逃げ出してきた人間慣れした馬と出会い、ソイツに乗ってテツと二人で自分の家へと向かったさ。
嫁の驚く顔を期待して俺の屋敷の近くまで行ったとき、ちょうど扉が開いて見知らぬ男と嫁とが親しげに腕を組んで出て来た所だった。
二人が出掛けた後でテツに家の者を呼んで来させてみれば、ソイツは俺とは友達のように付き合いの良かった男だった。聞けば俺は死んだ事になっており、嫁は再婚したのだと言うので俺には帰る場所など無かったって事だよな。
書斎に隠してあった嫁も知らない金貨何千枚という大金を取って来てもらうと俺の事は言うなと口止め料を渡して屋敷を去り、食料を買い込み船へと逃げ帰ったよ。
その後は皆に買い取れなくなった事を謝ると全員一致で元の島へ戻る事になり、度々町へ入り込んでは俺の持ち出した金で食料を買いつつ漁もして、今の生活を続ける事になったって訳だ」
話し終えたルナルジョは胸の支えが取れたような清々しい顔をしているように見える。だが逆に聞く立場のケヴィンさんは表情が曇っており、視線も地面へと向いてしまっていた。
「師匠、言うべきではないかもしれないが事の顛末を知っておいて欲しいので言わせてください。
貴方の奥さんだった人は貴方が健在だった頃からその男と親密な仲だったようです。
仕事仕事で家庭を顧みないと事故の起こる前から漏らしてはいたのですが、師匠の死亡が確定されてから一月と経たずにあの女は男と再婚し、商会もその男が取り仕切るようになりました。
腕の無い男が取り仕切る商会など上手く回るはずもなく、身を寄せていた商人達は一人また一人と立ち去り、半年後には商会そのものが無くなっており、借金で町から逃げるようにして出て行った二人は二度とこの町に現れる事はありませんでした」
そうかと興味無さげに返したルナルジョは、十四年という長い年月をかけて死んだ事にされている俗世への思いを断ったからなのだろうか。
そんな彼は俺へと視線を移すと、何もかもを分かったような諦めきった顔で敢えて質問をぶつけて来る。
「それで、黒髪の兄ちゃんは冒険者だよな?しかも結構な高ランクの冒険者、そんな奴がこんな何も無い島に何の用があって来たんだ?」
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