14.海賊島
船から陸までは百メートルちょっと。本来なら小舟を降ろしてえっちらおっちら手漕ぎで海を渡るのだが、俺達十一人に加えてサザーランド一家と一緒にカンナまで行くと言うので面倒臭くなり、足元に現れた緑色をした絨毯の柔らかくも固い感触に半数以上が驚くのを目にしながら浮かび上がると陸を目指して空を行く。
桟橋に接岸するドーファン号から降りて待つ海賊達の前に移動すれば、口々に驚いてくれているので俺としてはそれだけで満足だ。
「アンタは本当に非常識だな」
俺達とお揃いの白いパーカーを羽織ったミレイユが皮肉を口にしながら先導するのに着いて歩く事およそ五分、広場の中心にある焚き火場を取り囲むようにして六軒の平屋が立つ場所へと案内されると、ぞろぞろ歩いて来た海賊達は仕事帰りの職人のような顔で談笑しながらそれぞれの家へと入って行く。
『誰が帰っていいと言った?』と、一言申したかったがまぁいいやと思い留まり、スタスタと更に進むミレイユに着いて行けば一番奥の小さめの家の扉を開けた。
「ミレイユ?なんだその格好は……」
「すまない親父、話さなきゃ行けない事がある」
「なんだ?藪から棒に……っ!!ソイツ等は誰なんだ?」
「安心してくれ、医者を連れてきただけだ」
家の中に居たのはケヴィンさんと同じく金の髪をオールバックにして首の後ろ辺りで一つにまとめた一人の男。見た感じ六十歳くらいの老人とも呼べる堀の深い顔は病を患っていると言うだけあって痩せこけており、なんだか今にも死んでしまいそうだ。
特に目立った物の無い質素な部屋の中で何より目を惹いたのは、両側側面に大小の車輪が一対ずつ取り付けられた彼が座る椅子。自分では歩くことが出来ない者が移動する為に造られた《車椅子》といわれる物だったのだ。
「貴方は……まさか!ルナルジョっ!!ルナルジョ・バーグマン!?」
全員は入りきれない程に狭い部屋、流行る気持ちが抑えきれなかったのか、みんなを掻き分け俺とサラのすぐ後に入ってくると、男の姿を確認するなり目を見開く。それは男も同じだったようで、名前を呼ばれて目を細めるとケヴィンさんに心当たりがあったらしく、まさか!と驚きを露わにした。
「……ケヴィン、なのか?ケヴィン・サザーランド!貴族のボンボンがなんでこんな所にいるんだ!?」
「やっぱり知り合いだったようだね。積もる話しもあるだろうけど、一先ず病気を診てもらってからにしてくれないか?」
ミレイユの視線で促されたサラがルナルジョの前にしゃがみ込むと、皺枯れた手を取り魔力を込め始める。
彼の身体がほんのりとした白い光に包まれると見つめ合っていたケヴィンさんが突然踵を返した。
「邪魔になるといけないから私は外で待つよ。また後で、師匠」
動揺が隠せないルナルジョとは対照的に手を上げたケヴィンさんはとても嬉しそうな顔で、満足気に外へと出て行くのを『師匠?』と疑問に思いながら見ているとサラの診察は終わったようで、手を離すと立ち上がり、自分を見つめるミレイユを見返した。
「治りそうか?」
「ご飯は毎食キチンとした物を食べてるかしら?量はどのくらい食べられますか?」
「え?他の連中と同じ物を病人とは思えないほど食べるが……それがどうかしたのか?」
顎に手を当てて少し考えたサラはコレットさんを呼ぶと「栄養のあるものを作って欲しい」と告げたので保冷庫を手渡すと颯爽と出て行った。
「車椅子なのは両足に力が入らないからですよね?下半身の感覚はありますか?」
「いや、全く無いよ。手を握っただけでそんな事まで分かるのか?」
「こうなったのは十年以上昔ですよね?少し……そうね十五分くらいかけてゆっくり戻しますからベッドに仰向けに寝かせてもらえますか?」
彼を運ぼうと組んでいた腕を解くと、ミレイユの羽織っていたパーカーの前がはだけてルナルジョが再び目を丸くしたが、すぐに孫の晴れ着姿でも見るような優しい微笑みへと変わる。
「似合うじゃないか」
「!!こっ、これは……その、事情があって……」
「恥ずべき事じゃないだろう?お前も女なんだ、もっと女らしい格好をだな……」
「五月蝿いっ!」
機嫌悪そうに抱きかかえるとベッドに放り投げ、強引にひっくり返して仰向けに寝かせると、親指で指し示して『寝かせたぞ』と合図を送ってくる。
「てめぇ、俺は病人だぞ?もっと丁寧に……」
「黙れクソ親父!!」
大きく溜息を吐いてそっぽを向く “クソ親父さん” に微笑むと、ベッドの横に置いてあった椅子に腰掛け再び手を握ったサラ。外で待ってて良いと言う彼女の横に鞄から取り出した椅子を置いて座ると、言葉とは裏腹に俺へと寄りかかり コテン と頭を預けてきたところでルナルジョの背中が白い光に包まれた。
△▽
「終わったの?」
サラと二人で外に出ると、暇を持て余していたティナが魔法の練習をしていたらしく目の前に浮かぶ小さな水蛇を睨みつけていた。
「トトさまーーっ!」
駆け寄って来た雪を抱き上げモニカにキスをすれば、コレットさんが広場の焚き火でルナルジョ用のご飯を作ってくれていたので辺りは良い匂いで満たされており、思い出したかのように腹が空腹を訴えてくる。
そろそろ俺達の夕食の準備もしなければならないなと思えば、エレナも居なければリリィの姿も見当たらない事に気が付く。
「エレナとリリィさんならこの島の探検に出かけたわよ」
未だにリリィの事だけは “さん” 付けで呼ぶモニカ、話をしている姿も見かけない二人だがもっと仲良くなってくれたらと考えていたとき、再び集合しコレットさんがご飯を用意する様を眺めていた海賊達が騒めき出す。
「皆、今まで迷惑かけたな」
ミレイユの肩を借りて出てきたのは自分の足を地に着けたルナルジョ。ゆっくりとした足取りだが車椅子生活だった彼が歩く姿に歓喜の声が湧き上がると、待ち兼ねていたケヴィンさんがイルゼさんと共に進み出た。
「師匠、無事で何よりです。ですが、何故こんな所に隠れ住んでいるのですか?生きていたのならカナリッジに戻ってくれれば病気など治す術はいくらでもあったでしょうに……」
「青二才だったケヴィン坊ちゃんがそんな綺麗な嫁さんを迎えているとは驚きだな。あの頃のお前と同じ目をしたその子はお前の娘か?アレから一体何年の月日が経ったというのだ?」
「貴方の船ドーファン号が嵐に見舞われ海の藻屑となったと報告を受けてから十四年。今日、あの船を見たときからこの再開を予感していました」
「足が動くようになったとはいえ、まだ筋力も体力も戻ってはいません。積もるお話は腰を降ろしてコレットの作ってくれたスープを飲みながら落ち着いてされてはどうでしょう?」
サラのお陰で歩けるようになったルナルジョ、まだ病気も足も完治した訳ではない彼はサラの手が示す焚き火の側で待つコレットさんへと近寄り、食事の為に設置してあったであろう丸太へ腰を降ろすと出来立てのスープが手渡された。
「これは美味い!こんなに美味い物は何年振りだろうか……」
「アタイ達の作る飯が不味くて悪かったね!」
「ゴフッ!てめぇっ!食ってる時には止めねぇか……ゲホッゲホッ」
口を付けたルナルジョが様子を伺っていたコレットさんへと笑顔を返すと、それが気に入らなかったのか、ミレイユの裏拳が彼の腹へと炸裂したのだから堪ったものではないだろう。
その様子を微笑ましく見ていたケヴィンさんとイルゼさんも彼の側にある丸太へ腰を降ろすとセリーナもそれに倣い、ルナルジョが食べ終わるのをじっと見つめていた。
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