14.乗馬デート

「ウォルマーさん、お久しぶりですっ」

「やあ、また来たね。今日はお嬢は一緒じゃないんだ、珍しいね」

「なんか、張り切って魔物狩りに行きましたよ。それよりシュテーアは外?」


 柵に囲まれた広い草原に入るとすぐに探しているの子は見つかった……が、他の子達とは離れて真っ黒い身体の見るからにカッコいい馬と二頭だけでいるではないか。


「なぁ、サラ。あれってどう思う?」

「あの茶色の子がシュテーアなのですか?ここから見ても二頭がとても仲が良いのが分かりますね。あれはきっとデートなのではありませんか?」


 やっぱりそう思うよなぁ。声をかけるべきかどうか悩んでいると彼女の方が気が付き駆け寄って来た。嬉しそうに首を擦り寄せ「ブルルルッ」と声を上げて俺達が触れ合う姿をサラは隣で微笑ましげに眺めている。


「仲が良いんですね。そんなに頻繁に会ってるわけでもないのに、そんなに仲が良いのは凄いですよ。ティナが愛人と言うのも頷けますね」


「まぁね、俺達相思相愛だもんな。 それはそうとシュテーア、さっきの色男は誰だ?凄く仲が良さそうに見えたけど、まさか恋人なのか?」


「ブルッヒヒ、ブルブルルッ」


 流石に言葉までは分からないが彼女が何を言いたいかくらいは何となく分かるぞ。


「何照れてるんだよ。良いじゃないか彼氏、おめでとう。ちゃんと仲良くするんだぞ。え?俺の事気にしてるのか?何言ってるんだよ、俺にも嫁さん居るぞ?俺とお前はそういう仲じゃないだろ?そうだな、種族を超えたパートナーとでもいうのか?だから、俺の事なんか良いから気になる奴ならガンガン行けよ、お前くらいの美人ならモテモテだろ?なっ!」


 一頻り触れ合い喋った後は背中に乗せてくれた。いつもなら俺と一緒に女の子を乗せるのを嫌がりティナですら一緒に乗った事がないというのに、今日は機嫌が良かったのかサラはすんなり許可が降りた。



 シュテーアの気が済むまで走った後は草原を散歩することにした。時折小鳥のさえずりが聞こえて来てシュテーアの歩く心地良い揺れと程よい日差し、吹き抜けていく爽やかな風とが相まって眠気を誘うほどに気持ちが良い。


「なぁ、サラの好きな食べ物ってなんだ?」


 俺の腰に手を回し背中に顔を預けるようにピッタリとくっ付くサラ、後ろに横乗りしている彼女は「ん〜」と小さな声で唸りながら考えているようだ。軽く答えてくれるのを予想していたけど思いのほか悩んでいる様子に彼女の性格が現れているなぁと笑みがこぼれた。


 サラはいわゆる “真面目ちゃん” だ。それは王女としての教育の賜物なのかもしれないが、変に真面目過ぎるところが言ってしまえば彼女の欠点だ。

 魔法の練習をしている時でもそうだし、ご飯を食べる時でも、その辺を歩く時ですらキチッとしているように感じられる。勿論それが悪いとは言わないが “これはこうでなければならない” と枠組みを作ってしまうのはどうかと思う。


 たとえばリンゴを食べるとしよう。育ちの良いサラはナイフを取り出し、切り分けて芯を取り除き、皮を剥いてからようやく口にする事だろう。

 けど、粗野な田舎育ちの俺からしたらそんな面倒くさい行程は省いてそのままガブリと齧り付く。


 モニカやティナならば俺の真似をして迷わずガブリと行くだろうが、サラはきっとそうではないだろう。ガブリと行く行かないは別にして必ず戸惑うはずなのだ。それは “リンゴとは皮を剥いて食べる物” という彼女の中の常識が邪魔をして柔軟な行動に出る事を足止めしてしまうからだ。



「何が、と聞かれても困りますが、今はミートソースのパスタが食べたいですね。突然どうしたのですか?」

「じゃあさ、クリームソースのパスタは好き?」

「好きか嫌いかで分ければ好きですよ」

「じゃあ辛いパスタは?」

「ん〜、得意ではありませんが好きですね」

「じゃあ、ほらアレだ。ポテトチップスは?」

「あぁ、アレ、美味しいですね。食べ出すと止まらなくなるので困りますが好きですよ」

「じゃあパフェは?」

「好きですよ」

「ケーキは?」

「好きですよ」


「いっぱい好きなものあるじゃん」

「……そうですね」


 首だけで振り向くと遠くを見つめて若干困惑した顔が見えた。別に困らせようと思った訳ではなかったんだけどな。


「じゃあさ、モニカの事は好き?」


「え?」と突然の話題の方向転換に聞き返されてしまったのでもう一度同じ事を聞いてみた。


「私が友達と呼べる数少ない人です。好きに決まってますわ」

「じゃあ、ティナの事は?」

「モニカと同じです。好きに決まってます」

「コレットさんは?」

「うちのアンナと同じで個性的なメイドですけど好きですよ」

「雪は?」

「雪ちゃんは最初は戸惑いましたが良い子です。もちろん好きですよ」


「じゃあ、俺は?」

「えっ?」


 今まで普通にキャッチボールされていた言葉がいきなり止まってしまった。そこで言葉を濁されるとグサリと心に来るものがあるのですが……。


「えっと……その、それはどういう意味でですか?」

「どうもこうも、さっきから質問は変わってないよ?俺ってば嫌われてたりしたの?」

「いいえ!違いますっ。す、好きですよ?」


「そう、嫌いって言われなくて安心したよ。俺もサラの事が好きだよ、知ってた?モニカの事も好きだし、勿論ティナの事も好きだ。コレットさんや雪の事も好きだし、クロエさんの事も好きだ。当然シュテーアの事も好きだよ」


 愛らしい耳をピクピクと動かし俺の言葉を聞いていたシュテーアの首を撫でてやると当然でしょとばかりに「ブルルッ」と返事が返ってくる。


「俺の中ではみんな同じで好きという気持ちがあるんだ。ただ、好きという気持ちは同じでもその大きさは違う。ランドーアさんやクレマニーさん、アレクや陛下だって同じ好きと言う気持ちはあるけれど、それとは比べものにならないくらい沢山好きなのがモニカでありティナなんだよ。


 恋愛ってさ、結局は好きって気持ちの延長線上にあるんじゃないかと俺は思うんだ。好きって気持ちが積もり積もって膨らんで大きくなり、お互いにその気持ちに気が付いた時にお付き合いが始まる。そしてその気持ちをずっと大切にしようと約束するのが結婚なんじゃないかと俺は考えてる。


 この世界に生きる人達はそこまで気持ちが大きくなる相手が一人だけなのかもしれない、俺もちょっと前はそう思ってたし、そう思い込んでいた。


 ティナに好きだと言われ続け、エレナにも強烈な好き好きアピールをされていたけど俺が選んだのはユリアーネだった。ユリアーネ一人だけを愛し生涯を過ごすつもりで結婚したけど、俺の力が足りなくて彼女は亡くなってしまった。


 それでも俺の心をユリアーネへの愛が独り占めしてるとき、モニカが “私の事も好きになれ!” って強引に入り込んで来たんだぜ?

 ユリアーネの遺言も手伝ったってのもあるけど、ユリアーネへの気持ちがそのまま残ってるのに “モニカのことが好き” って気持ちがみるみるうちに同じくらいに大きく膨らんで行ったよ。風船みたいに、ね?


 そのおかげで人を好きになるって事がどういうことか教えられたんだ。好きな物は沢山ある、好きな人も沢山いる。けど愛していいのは一人だけ、そんなのおかしい、そう思ったんだ。

 だから俺の事を好きでいてくれるティナの事も、エレナの事も俺はもっともっと好きになろう、愛そう、俺の妻にしようと決めた。


 常識なんてものは単なる思い込みだぜ?自分で勝手に作った枠組みだ、狭く作り過ぎて見えて当然のことが見えなくなってやしないか?


 俺はサラの事が好きだ。それも結構な大きさで好きって気持ちがある。だからもしサラが俺と同じ気持ちでいてくれるのなら、俺はサラの事も妻にと、一生をかけて愛して行こうという心構えがあるって事は覚えておいて欲しい。


 自分の心に素直になると色々と楽に生きられるよ?」


 俺の背中で何を思っていたのかは分からない。だが、シュテーアと別れた後でもサラは何かを考え込んでいて、カミーノ家の屋敷までの道のりでも黙り込んだままだった。

 俺は言いたいことを全部言ったので幾分スッキリし、後はサラに全てを投げた。



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