54.驚きの超古代文明

「…………何よ……コレ」


 ティナの呟きは皆の心を代表していた。


 丘から見える、ベルの言う資料であるはずの保管された “街” 。

 普段目にする四階や五階建て程度の建物など比べるべくもなく遥かに高く建てられた建築物の群れ、その中には海で戦ったあの超デカかった大王烏賊型モンスター〈レカルマ〉が立ち上がった姿すら凌駕する物がいくつもある。


 そんな大きな建物がそれほど広大ではない場所に一つ二つどころか百でも効かないほどの数が密集して乱立し、低い物でも五十メートルはありそうな高さの建物が数えきれないほどひしめき合う光景は正に圧巻としか言いようがない。


「こちらの都市は、およそ二千年前に滅びて無人となったそうです。ご覧の通り今とは比べ物にならない程の建築技術を用いて人の街を形作っていた時代の建物で、このような都市が大地の至る所に点在し、幾千幾万といった数の魔導車のような乗り物が都市の中を、都市から都市を縦横無尽に駆け巡っていたと記録されております」




 ベルに連れられて足を踏み入れた街中、そこはさながら異世界のようであった。


 切り出された石畳というよりも、王宮の廊下を思わせるような滑らかさで強固に固められた平らな砂利道は、王都のメイン通りに匹敵する広さがある。

 その両脇に立ち並ぶ様々な装いの巨大な建物には透明度が極めて高いガラスがふんだんに使われており、数えるのも面倒なほどの階層の全てに四角いガラスのはめ込まれた大小様々な大きさの窓がびっしりと並んでいる様相には最早言葉が出てこない。


「うわ〜、うわ〜……うわ〜しか言葉が出てこないよ。これは凄いね、お兄ちゃん」


 モニカが見ているのは二階程の高さのある一階の壁全てが大きなガラスとなっている建物。こんな大きくて透明なガラスなんて、世界中を探し回っても恐らくありはしないだろう。

 そのガラス越しに見える建物内は広いホールのようになっており、受付カウンターのような物や、手摺が両脇に付いた狭い階段が二本並んで伸びているのが見えている。


「ここは様々な店が一堂に集まった商業施設で、この建物だけでも一日で一万人を超える買い物客で賑わいを見せていたと記録にあります」


「「「「一万人!?」」」」


「大勢の人が買い物したんですねぇ、何をそんなに買うものがあったのか不思議です」


 王都サルグレッドの人口は約七万人と言われている。この世界で最大の都市でさえその人数であるのに対して、一商業施設に、それもたかが買い物の為だけに一万人もの人間が押し寄せていたとは考えただけでも恐ろしい。

 ベルカイムやレピエーネに至っては町の人口が一万五千人程だ。つまりたった一日で、この建物一つに町の七割の人間が訪れた事になると考えればその凄さがよく分かるだろう。


「建物の収容人数からしても、今の私達とは比べものにならない程の人々が生活していたのは想像がつきます。この規模で一都市であるならば、王都には一体どれほどの人達がいたと言うのですか?」


「この規模の町ではおよそ五十万から百万人、今この地上に生きている全ての人間に匹敵する人数が住んでいたと記録されています。

 サラ様ご質問の王都に当たる都市に至っては二千万を超える人々が寄り集まって生活しており、世界各地にはその規模の都市がいくつも点在していたとされています。


 その当時の世界総人口はおよそ八十億人。今と違い魔物やモンスター、亜人族などはおらず、かつて世界を二分していた魔族ですら居なかった時代、人間という種は大地を席巻し何者にも襲われる事なくその数を増やしていたそうです。


 そして今の魔法とは異なる形態の『科学という名の魔法』を操り何百人という人間を収容出来る巨大な鉄の乗り物を空へと飛ばし、遥か遠く離れた都市から都市へと自由に行き来していたと記録されています。

 更に驚くべき事には、夜空に浮かぶ月にまでその手を伸ばし “ロケット” と呼ばれる特別な乗り物であの場所まで足を踏み入れていたという事です」


「つ、月ぃぃ!?」


 ティナが驚くのも無理はない事だが、俺は既に驚きを通り越して呆れていた。最初に感じた通り、ここは俺達の住む世界とは違う世界。誰も想像すらつかないような、そう、まるでお伽話の世界だと思える。


 だが目の前に立ち並ぶお伽の国の建物は、ベルの説明通り、ソレが現実に存在していたことを証明する証拠に他ならない。


「ベル様、それが本当の話であれば、ここに居た住民は……いえ、その当時の人々は何処に行ってしまったのでしょうか?

 それに、建物等はこうして保管されていなければ二千年もの長い時の中で壊れて残っていないのは理解出来なくもありませんが、遺跡すら無いのは不可思議です」


「コレット様、私は造られた人形です。その私に敬称など滑稽の極みかと存じます。お気遣い感謝致しますが、どうぞお気になさらないで小間使いとでもお思い下さい」


 立ち止まり、コレットさんに振り向いたベルは最初に会った時のように、黒くて綺麗な長い髪を地面まで垂らして丁寧にお辞儀をした。

 一方のコレットさんはメイドとしていつも自分を一番低く見ている為なのか、顔には出さない程のほんの少しだけ戸惑いを見せたが、顔をあげたベルに向かい小さく頷いた。



「この街で暮らして居た住民、と言うより、この世界を席巻していた筈の人間達は一夜にして消え去ったそうです」


「八十億もの人間が一晩で?……消えたって、どういうこと?何処かに行ったんじゃなくて、消えた??」


「はい、モニカ様。消えたのです。

先程コレット様が遺跡が無いと仰っておりましたがそれもその筈、住居や建物、全ての文明ごと跡形も無く消し去られたのです。

 更に言えば、その時代には海の向こう側にも大きな大陸がいくつも有り、多くの人間や動物達が生活の場としていたようです。ですがその大陸ですらその時に消え去り、今では広大な海へと成り代わってしまった為に、皆様の居りますこの大地が唯一残された最後の陸地となっているのです」


 全てを一瞬で消し去ることの出来る力、それに心当たりがある。その考えに行き当たった時、後ろから腕を ギュッ と掴む者がいた……サラだ。

 サラは頭の良い娘だ、ルミアの昔話だけではなく、実際にその光景を二度も目にしていれば自ずと想像が至ったのだろう。心配そうな顔で俺を見つめていたので『大丈夫だ』と意思を込めてそっと頬を撫でてやった。


「当然の事ですが、レイ様がそれを成した訳ではありません。ただ、レイ様にも同じ事が出来ると言う事を覚えておいてください」


「それはレイさんの力、虚無の魔力ニヒリティ・シーラのことですか?」


 笑顔の混じらない真剣な面持ちでエレナが真っ直ぐにベルを見つめる。ピンと真っ直ぐに立った白いウサギ耳と凛とした横顔、こういう所を見ると『獣人の王族』と言われても納得出来ると言うもの、まぁ残念ながら普段のおっとりとした ボケボケ の彼女からは想像がつかないんだがな……。



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