21.砕かれたプライド
「ミカ兄、行くぜ!」
「かかってこいっ馬鹿野郎!」
全身全霊を込めた最大級の打ち込み、あっという間に距離を詰めた俺は朔羅を振りかぶると、その勢いと共に全力を込めて振り下ろす。
響き渡る凄まじい剣撃音。朔羅は弾かれ、それと共に後ろに退がる俺だが、ミカ兄はさっきと同じ立ち位置、微動だにしていない──マジかよ。
「うぉぉっ!」
気を取り直して幾度も飛び込み斬りかかるものの、そんな物では駄目だと言わんばかりに鼻で笑う不敵な表情で全て弾き返される……しかも片手でだ!
それでも諦めず、脱力感を感じつつも全力の一撃を繰り出し続けること数度、炎の剣が朔羅を弾いた直後に強烈な衝撃を受けた。
「!!」
突然流れる視界、何が起きたのか理解出来ない。かと思いきや今度は背中からの衝撃、そして僅かな落下の後には尻が打つかる感じ。
苦しみに歪む視界が捉えたのは右脚を着地させるミカ兄の姿だった。
本能的に展開された水魔法が防御してなお、ズンとした重みが痛みとして残る強烈な蹴りを叩き込まれたらしい。
そのおかげで十五メートルは離れていたはずの壁まで空中散歩をしたようだ。
気怠さを推してすぐさま立ち上がる──たった一撃でこれかよ。
しかし、パワーでもスピードでも劣っている俺はどう攻めたら良いのか分からず動き出すことが出来ないでいた。
「どうした?もう終わりか?」
開始一分ですでに打つ手なし、対するミカ兄は呼吸すら乱れぬままに早く来いと俺を呼ぶ……ちくしょう!
「来ないなら俺から行くぞ」
見開いた目に写るミカ兄がみるみる内に大きくなる。朔羅を構えた直後に来る衝撃、片足を退げて踏ん張るがこれで終わるわけはない。
右に左にと踊る焔、必死に追いかけ朔羅を合わせるのが精一杯。炎の残像が目に残り、徐々に視界が悪くなる。
ここままでは駄目だと意を決してミカ兄の横をすり抜けようとすると、またしても蹴りが襲いかかる。
「くっ!」
無理やり身を捻って床を転がりどうにか距離を取るも、そんなものなどたかが知れている。
立て直す前に襲い来る拳、防御の水魔法ですら間に合わないままに顔面に叩き込まれて鉄の味が口の中に広がった。
その後は拳の応酬、避ける事も返す事も出来ず一方的に殴られ続ける。
集中力を削がれながらも申し訳程度の水魔法が衝撃を緩和していたのだが、そんなものは無いかの如く簡単に突き抜け、痛みの鐘が頭に響く。
(このままじゃ……)
殴るのに飽きたのか、はたまた実の弟を痛ぶるのに気が引けてきたのか、先程より僅かに大振りになったミカ兄の拳。
(やるしかない!)
腕が引かれ、これから突き出されようとするほんの僅かな瞬間。
力のベクトルが逆転する刹那を狙い、動きを止めた拳を目掛けて無我夢中で頭を突き出した。
予想していた鈍い衝撃が来れば、思わぬ勢いに負けて半歩足を退いたミカ兄──チャンス!
初めて当てた一撃にこの好気を逃すまいと拳を振り上げる。
(よし!!)
顎を捉えた確かな手応え。 このまま!と反対の拳を振りかぶるが、仰け反りながらも俺から視線を離さないその目は凍りつくような冷たいものだった。
思わず謝りたくなるほどの恐怖に駆られ一瞬の躊躇が生まれる。だが今は男と男の戦いの最中、後ろ向きな思いは噛み締めた奥歯ですり潰し、突き出すだけだった拳を解き放つ!
しかしそれがミカ兄を捉える事はなく、先に叩き込まれた足に蹴り上げられてしまった。
無様にも仰け反り、再び背中が地面を叩く。
間を開けず、すぐ近くに聞こえた踏み込み音。慌てて目を開ければ大上段に振りかぶられた炎の剣が勢いよく落ちて来ている!
転がって躱すものの、視線を向けたときには次の刃がもう目の前。
(死ぬ!?)
喉を目掛けて一直線。避けるのも朔羅を振るのも、何もかもが間に合わないと判断すれば『死』という黒い文字が一瞬にして頭を埋め尽くす。
溢れかえる恐怖、迫り来る炎、やれる事はただただそれを見つめるのみ。
「レイッ!」
耳に届いたユリアーネの声、それがやけにハッキリと聞こえたのを最後に音という音の全てが消え失せた。
全身に溢れかえる悪寒、噴き出しているだろう冷や汗。思考を辞めた身体は ピクリ とも動かず死を待つだけの死に体。
そんな俺の精神を抉る拷問のように、恐怖を纏った剣があり得ないほどゆっくりと降りてくるのが目に写っていた。
(ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……)
音の無い世界に自分の鼓動だけがうるさく耳を突く。ゆっくり、ゆっくりと降りてくる炎の剣……いや、纏っているのは逃がれられない恐怖だ。
叫びたくとも声は出ず、避けようとも身体は動かない。ただただひたすらに、近付いてくる断罪の刃を見つめているしかなかった。
もういっそ、早く終わらせてくれと死を望んだとき、突然それは本来のスピードに戻り床を抉った。
喉を切り裂き命の血潮が噴き出す直前、僅かに喉に触れた状態で動きを止めた死神の鎌。眼球が飛び出すかの勢いで最大限に見開かれる目、一際大きく高鳴る鼓動を認識したとき、ようやくにして剣が床を叩いた音が耳へと入ってくる。
溢れ出していた炎は鳴りを潜め、ただの赤い剣へと挿げ変わっていた。
いつの間にか目の前にあったミカ兄の顔、押し倒しているかのような体勢で首に押し当てる自分の剣越しに地面に転がる俺を覗き込んでいる。
殺気すら混じっていた闘気の一切は感じられず、もう恐怖は……ない。
至近距離で動かないダークブルーの瞳に写る自分を見つめることしばし。表情を変えないミカ兄ではあったが、不意にフッと笑った気がした。
立ち上がると真っ直ぐギンジさん達の元へと向かって歩き出したミカ兄。入れ違いに駆け寄って来たユリアーネは膝を突き、触れていいものかどうか迷いながらも心配そうな顔で俺を見ている。
派手に殴られ気怠い感覚は残っている。しかし、あまり心配をかけるのも男としてどうかと『大丈夫』と手をかざして上半身を起こした。
それを狙ったかのように立ち止まり、振り返りもせずに言葉だけを投げ付けてくる。
「話にならんなっ、パワーも技も足りてねぇ。圧倒的に修練が足りない、出直せっ。
お前じゃ役に立たない……だが、スピードとガッツだけは認めてやる。精々ユリアーネに揉んでもらうことだな」
背を向けたままではあったが、その言葉にはミカ兄なりの優しさが感じられた。
連れて行ってはくれないようだが、完全に否定されたわけでも無いらしい。
「お疲れ、弟くん。あれは褒めてるんだよ。がんばりなよ?」
駆け寄ってきたパトリシアさんが触れると、そこから白い光が溢れ出し全身を包み込んだ。
途端に無くなる鉄の味と和らいでいく痛み、彼女が生み出した光は癒しの魔法らしい。
あっさり負けた悔しさと少しでも認めてもらえた嬉しさが込み上げるが、傷を治してもらいながらもそれを押し殺しミカ兄の言葉を噛みしめる。
「今夜の相手はソイツか?まぁ、お前の趣味に口出しをするつもりはないがな……パトリシアさん?」
「なっ!そんな……ひどくない!?治せって言ったのミカルじゃないっ!」
白い歯を見せて笑うミカ兄はいつもの感じ。
ものの数秒で俺の傷を完治させたパトリシアさんは慌てた様子で駆け出すとミカ兄の腕に飛び付く。
それを待っていたかのように背を向け部屋の外へと歩き出したのだが、扉の直前で立ち止まると、首を少しだけ回して横目で俺を見た。
「次やるときを楽しみにしてるぞ」
言葉を残して姿を消したミカ兄、それを見て顔を見合わせたギンジさんとイザベラさんはクスクスと笑いながらこちらに軽く手を挙げると部屋から出て行った。
再び床に転がると手足を投げ出し大の字になる──あぁ、疲れた。
時間にして五分足らず、コテンパンに負けた悔しさから涙が一筋流れ出る。
実力に差があることなど解っていた。だが、少しくらいはやれると思っていたのに手も足も出ないとは……現実を目の当たりにすると悔しさが込み上げる。
──俺はまだ、こんなにも弱いのか……
身体強化を得てから格段に強くなった実感があった。
中級モンスター相手でもさほど苦もなく倒せることが嬉しかった。
さっきも、五十人以上に囲まれようとも殆ど無傷で立ち回れた。
だが、今、地面に倒れ伏すのは俺の方。
いつのまにか芽生えてたちっぽけなプライド、思い切り踏まれて土に塗れボロボロになっている──悔しい。
もう一粒、涙が流れて行く感覚がする。
すぐ横に腰を下ろしたユリアーネが俺の頭を膝に乗せ、ゆったりとした動作で髪を撫でてくれる。言葉をかけることなくそうしてくれるのは彼女の優しさなのだろう。
だが、いつまでもコレに甘えていては強くなっていけない。俺は彼女を守れる強さが欲しいのだ。
その為にはもっともっと鍛錬に励まないといけない。
けど今は、今だけは……少しだけ彼女に寄りかかることにし、掴んだ手の温もりと太ももの暖かさに心を鎮めて甘えることを決めた。
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