15.ドワーフの族長

 ドワーフの集落で最初に会った少年ジジル。その父親である親父さんがジゼルで、母親である女将さんをシンディー。

 連れてこられたシャロの父親はシド、母親はジェリーンと言うのだそうだ。


 新しい出会いとは得てしてこうだろうが、一度に知り合いが増えると名前を覚えるのも大変。


 王都で参加した社交会や、カナリッジでのティナとの結婚披露のパーティーなどに比べたら遥かに人数は少ないものの、俺の苦手とする分野には変わりがない。

 一度会った相手なら名前と顔が一致するどころか、どんな話をしたかまで記憶に留めるサラは凄いどころの騒ぎではなく、自分の婚約者ながらも尊敬を通り越して崇拝してもいいレベルだ。



「シャロが人間界で元気さすとる!?」



 俺には到底分からないのだが、剣や槍、アクセサリーに至るまで、物を造る際に込められた魔力は何年経とうが痕跡が残っているらしい。

 それを識別出来るドワーフ達にはシュネーゼやフォランツェ、朔羅を造ったのがシドとジェリーンの娘であるシャーロットなのだと分かると言うのだ。


 それを理解した上で王都サルグレッドでシャロが暮らしている事を伝えれば、母親であるジェリーンは顔を押さえて泣き崩れてしまった。


 まだ残っていたシフォンケーキを十一人で突つきながら昔話を聞けば「まじか……」と思わず漏れ出てしまう心当たりのある人物が登場したのには驚いたが『あの人ならばあり得る』とは思ったものの空気を読んで口には出さなかった。



──簡単に話すなら、こんな感じだ



 百五十年程前に村に現れた小さな魔女は「森の外は楽しい事がいっぱいよ?私と一緒に行ってみない?」などと子供達を誘惑した。


「えっ!本当?行く行く!!」


 当時数人しか居なかった子供達は『面白そうではあるがちょっと怖い』『村から出るのが面倒』と難色を示す中「行く!」と二つ返事したのは、その時既に三十代後半だったシャーロットなのだと言う。


 唖然とする両親を尻目に「行ってくる」と軽い挨拶を告げると、引き止めようとする村人の目の前で魔女と共に姿を消した……らしい。


 その魔女というのが魔族の癖にドワーフ達と変わらない背格好。腰まで伸びる手入れのされていない銀の髪が特徴的で、切れ長の目の奥には濃紫の瞳が見えていたと言うではないか。

 その説明からすると我等が大先生と特徴がほぼ一致し、村の中を移動する時も空を飛んでいたというから十中八九間違いない。 人攫いとか何を考えてると文句の一つも言いたいところだが、ルミアの事だ、何か考えがあったのだろう。


 一つ気になる事があるとすれば、その出来事が百五十年も昔の話しだとという事と、当時ですらシャロは四十近かったという事。

 ドワーフは人間に比べてかなり長命な種族のようだが、つまり……いやこれ以上の詮索は止めておこう──人は見かけによらない、つまりそういう事だ。




「シャロが健在なのにも驚いだげんども、まぁさが心が宿るような物を造れるどは恐れ入ったど。

 お前さん達の目的はうちの族長さ会うごどだっぺな? ええど、おらが紹介すてやんべ」


 シャロの父親であるシドに連れられてドワーフの集落を歩けば、どの家も二階建て家屋に平家をくっ付けた同じ形をしているのに疑問を感じてぶつけてみる。


「ジゼルのどごで見ねがっただか? 二本立っとる煙突の細い方が料理用のかまどのやづ、太い方は工房にある仕事用のだべ」


 シャロが見せてくれたように、土魔法の得意なドワーフは鍛冶をする際にも魔法でササっと造るものだとばかり思っていた。

 でも実際は人間と同じように素材に熱を加えて叩いて伸ばしてとするらしい。ただ、その際に加える土魔力が人間と比較して遥かに多いのでドワーフの方が遥かに良質な物を造れるのだそうだが、俺としては意外だった。


 そして驚いたのが、獣人を中心に大森林フェルニアに住む他の種族と取引があるだけでなく、森の外にいる人間とも交流があり、造った物を食料や酒などと交換しているのだと言う。

 もちろん極限られた信用ある人間としか会う事はないらしいのだが、それにしても驚きだ。


「オラ達は三つのグループさ分がれで仕事さすとるだ。

 一つ目は鉱山での穴掘り、鉱物の採掘班だべ。二つ目は拾ってぎだ鉱物を加工すやすいよう素材毎さ分けて纏める精製班。三つ目は物を造るオラ達作製班だべ」


 意外なことに採掘班の仕事場は地下。そこは行きたくないというので見せてはもらえなかったが、地下鉱山は村の地中に蟻の巣のように張り巡らされているらしい。


 自宅が作業場となる作製班の家には二本の煙突があり、この辺りは作製班が住む地区だから見る家全てが同じ形をしているのだそうだ。


 そして、見てきたドワーフの家を十建くっ付けたような大きな建物は、壁一面が赤茶色のレンガで覆われ、白い煙を モクモク 上げる太い煙突が四本も生えている。

 そこが精製班の工房らしいのだが、内は建物中が熱気に包まれとても暑いから嫌いなのだとシドは漏らした。自分の工房でも火は使うが、炉の前が暑いだけなので全然違うのだと言う。


 黄土色のレンガに覆われた似たようなでっかい工房を過ぎれば、青々と葉を付ける背の低い木の壁に囲まれた、他の家の三倍の敷地を使った大きな平家が存在を主張していた。


「ここが族長の家だべ。おいっ!ジジィっ!生ぎてっかぁ!? ジジィっ、ゼノ!!」


「朝から騒ぐんじゃねぇべさ!ガキンチョじゃあるめーし、うっせぇなぁ、もぉ」


 家の中から拳を振り上げ走って来たのは、これ以上は無理だろうという程に丸々とした体型の初老の男。

 顔はギルベルトのように渋い中年の男なのだが、如何せん、最初に目につくのがあの巨漢兎アルミロに匹敵するほど大きな腹で、奴をぷちゅっと潰して背を低くした姿形は丸いボールに短い手足をくっ付けたようにさえ見え、腕に抱く雪が咄嗟に手を当てたものの思わず吹き出してしまったとて俺達に非は無いだろう。


「あぁっ!?」


 不機嫌そうに眉をひそめて雪を睨み付けるが、ツボに入ったらしくそれだけでは笑いが止まらなかったようだ。

 俺の胸に顔を押しつけて声を殺そうとするものの、堪えきれない笑いがゼノと呼ばれた族長まで届く。


「てめぇ……おいっシド!これは一体どだなこった!!おんめぇまさか、族長の座欲すくて傭兵なんぞ雇って殴り込みにぎだんじゃねぇっぺか!?」


「まてコラ、くそジジィ。誰が族長なんで七面倒臭えもん寄越せなんで言うべがっ!んなもん盗るぐれぇならお前さどごある酒樽奪って行くべさ。

 じゃなくでよ、族長のおめさにラブリヴァから遣いに来たっちゅうがら案内すてけだんだ」


「はぁぁ?ラブリヴァがらの遣いだどぉお?一体全体、何の用だべ?」


 俺が渡したアリシアからの手紙をスルスル読み終えると一言「面倒ぐせぇっぺなぁ」と呟き、僅かにしか届かない腕を組んで何かを考える素振りをしながらも眉間に皺を寄せた。



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