1.冒険者志望の三人組
フォルテア村は人口八十人ほどの森の中の小さな村だ。村人全員が家族のように仲が良く、たいした争いもない平和そのものと言える居心地の良い村。お世辞にも便利とは言い難いために過疎化は進み、今では俺とアルとリリィの三人だけしか子供がいない。
本当はもう一人、ミカル・ファルハーゲンって言う五つ年上の男子がいる、通称ミカ兄だ。彼は五年前、冒険者となるべく村を出たのだが、度々帰って来ては冒険の話しをしてくれる。だから俺達三人はミカ兄の帰りを物凄く楽しみにしている。
狭い村とは違いミカ兄の冒険話しはまるで本の中の出来事のようだった。それを聞くたびについて行きたい衝動に駆られるが十才にならないと村から出てはいけない決まり、たとえそれを破ったとしても冒険者としての登録が出来ないらしい。だから許可が降りたらすぐに旅立てるよう、俺達三人はお互いに切磋琢磨して日々身体を鍛えてきた。
ミカ兄が旅立ってからちょうど五年が経つ明日、十五歳に成った者が受ける慣わしの “成人の儀” があるので、遅くとも今日のうちに村へ帰って来るはずだ。
そして俺達三人にとっては待ちに待った旅立ちの日、成人の儀が終わり次第ミカ兄に連れられ町へと向かう約束をしているんだ。
短い金髪から覗く紫紺の瞳を光らせたアルが木剣を構える中、慣れ親しんだ自分の木剣を握り締めて全速力でそこへと向かう。
「はぁぁぁっ!」
勢い、体重、腕の振り。軽いジャンプに合わせて気合と共に振り下ろす。しかし、三人の中では一番力のあるアルには敵わず弾き返えされてしまった。
反動で感じる痺れ。それでも木剣を握ったまま離さずにいれば、両手が跳ね上がり万歳の状態に……。
「そこだっ!」
横薙ぎに迫るアルの木剣、無理やり身を捻ってなんとか躱す。だが、そのまま回転する身体、バランスを崩して地面に手を着けてしまう。
しゃがみ込めば、動きを止めた俺に向かい走り寄るリリィ。風に靡く長い髪は光を受けて輝いて見える。
「てぇぃっ!」
両手に握られる短い木剣、狙いはガラ空きになっている俺の頭部。
膝を突き、来たる衝撃へと準備する。持ち上げた木剣にもう片方の手も添えて支え、どうにか受け止めることに成功した。
弾かれる双剣の反動を利用し華麗なバク宙を披露すると、バックステップで退がるリリィ。
だがそれを横から狙いアルが迫る。
「チッ」
まるでダンスでも踊るかのように、身体を回転させながらの更なるバックステップでアルの木剣を軽やかに躱す。三人の中では一番身軽な素早い身のこなしは、可憐な彼女の魅力を引き立てるのに一役買っていた。
そんな彼女に見惚れるアル。訓練とはいえ戦闘中だというのに何をやっているんだか……。
油断しているところに飛びかかれば反応は遅く、懐を捉えることなど造作も無い。
「隙ありっ!」
「ぐふっ」
手加減するとはいえ堅い木で出来た剣。そんな物で殴られればそれなりに痛いし、打ち所が悪ければ怪我もする。
胸を押さえてしゃがみ込むアルの横をすり抜け、そのままの勢いでリリィに迫った。
呆気なく沈んだアルに目を奪われていたリリィへと木剣を振るが、冷静な薔薇色の瞳がすぐに俺を捉えた。すぐさま木剣の軌道を見定め双剣で弾き返した直後、間髪入れずに反撃が始まる。
左右から絶え間なく襲いかかる二つの木剣。金色の眼で必死に追い捌く──が、次々と襲い来る素早い連続攻撃に汗が噴き出してくる。額に張り付く黒髪、勢いづくリリィの攻撃になすすべはなく、ひたすら防御に徹するしかない。
「はっ!はぁっ!やぁぁっ!!」
このままじゃ不味いと思いつつも、隙を窺いながら、襲い来る双剣に合わせて木剣を動かし続ける。
すると、剣を振り続けるのに疲れてきたのか、徐々に剣速が落ちていく。
しばらく様子を見てそろそろ行けると判断、片方の木剣を弾いたところで思い切って踏み込みをかけた。
「せぃやぁぁぁっ!」
「くっ!」
後ろに退がりながらももう一方の木剣で防ごうとしたのだが、下から迫る俺の木剣に弾かれ手放してしまう。
勝ちを確信して口元を緩めつつリリィへ素早く詰め寄ると、首元に木剣を当て、悔しそうに歪んだ薔薇色の瞳を覗き込む。
「参ったわ」
リリィの乱れた呼吸に合わせてふわふわと揺れる色の薄い金の髪。それを片手でかきあげ、俺の目を見返しながら小さく呟く。
ミカ兄が旅立ち、俺達も冒険者になると決めてからの五年もの間に何度もやっている実戦を意識した三人の修行。今回は俺の勝ちで終わりを告げた。
木剣を下ろしてリリィから一歩離れた。勝利に笑った時を狙い、一陣の風が舞う。
只ならぬ気配に気が付き咄嗟に剣を構えた次の瞬間、アルの剣より遥かに重い衝撃が走り、大きく背後へと吹っ飛ばされてしまった。
「くぅ……」
転がる地面と共に回る視界。身体中に走る痛みに目を瞑りすぐさま起き上がる──が、目の前に迫る一本の棒。
間に合わない!
もうダメだと思い再び目を瞑ったのだが来るはずの衝撃が一向に来ない。
「まだまだだな、レイ」
聞き覚えのある声に固く閉じていた目を開ける。頭に当たる寸前で ピタリ と止まっている棒の向こう、腰まで伸びる赤髪を心地よい微風に靡かせた長身の男が立っていた。
細身でありながら筋肉質、ダークブルーの瞳を内包する切れ長の目は細められており、それは見知ったイケメンの笑顔。待ち望んだ人が返って来たのだと理解が及び、思わず笑みがこぼれる。
「ミカ兄!おかえりっ!!」
「おぅっ!咄嗟に不意打ちを防げたのは良いが、気が付くのが少し遅かったな。もう少し反応が早ければ態勢も崩さず受けられただろう。後でちょっと揉んでやるよ」
優しい顔で微笑んではいる──が、しかし、その後というのがちょっとばかり怖い。でもミカ兄は俺達とは比べ物にならない程に強いので教えてもらえるのは嬉しい方が強いかな。何より久しぶりの再会だ。
「「ミカ兄っ!」」
リリィとアルも俺と同じく満面の笑みを浮かべてミカ兄へと駆け寄ってくる。
「よぉっ!少し見ない間にまたでかくなったな。元気そうで何よりだよ。
アル、お前は大胆に攻めるのはいいが、もう少しフェイントを学んだ方がいいな。力に任せるのも一つのやり方だが、体格で劣るお前にはまだまだ不利になる場合が多いだろう。それにいくら力が強くとも、当たらなければ意味がない。
リリィは折角の双剣なんだ。お前の素早い動きを生かして一方からだけでなく、上下左右あらゆる角度から責められるようになればもっともっと強くなれるだろう。あとは、スタミナだが、こればっかりは日頃の鍛練しか養う手段はないな」
的確なアドバイスをくれたミカ兄は持っていた棒を ポイッ と投げ捨てると、両手を腰に回し、仁王立ちで ニカッ と笑顔を浮かべる。
「でも、まっ、三人ともそこそこ強くなったな。とりあえず合格点だ」
久しぶりの再会に笑顔で褒められた俺達は、木剣を手放してミカ兄へと飛び付き、再会と、いよいよ明日に迫る旅立ちへの喜びを目一杯ぶつけたのだった。
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