2.待ち焦がれた旅立ち

 村に戻った俺達は、村長の所に行くミカ兄と別れてそれぞれの家へ向かった。明日の成人の儀を受けるミカ兄のために今夜は村全体でお祝いをするそうだ。各家からご飯を持ち寄り、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎである。

 久しぶりの成人の儀とあって、今は村のみんなが張り切って準備をしているらしい……言うまでもなく宴会の準備を、だが。


 外は暖かく穏やかな気候とはいえ、朝からずっと木剣を振りまくっていたから汗だくだ。なので、何はともあれ一先ず風呂に入って汗を流した。


「ミカル、ようやく帰って来たんだって?前々日には帰って来るように言ってあったのに、何やってるんだか、あの子は……」


 机の上に並べられた大量の料理はブツブツ文句を言いながらも機嫌良さげに作り続けている俺の母親の力作だ。


 ミカ兄は俺の実の兄に当たる、と言っても母親の違う異母兄弟って奴だな。俺達の父親は、俺が五歳のときに事故で亡くなったそうで今はもういない。家族をほっぽり出して冒険者をしていたらしく、あまり家に居ない人だったので父親の記憶は殆ど無い。もちろん顔も覚えていやしない。


 そんな関係なので、この家には母二人の子二人で暮らしており、父親がいない代わりに母親が二人いるというちょっと変わった家庭なのだ。

 さっき俺と話してたのが俺の実の母親のナタリア、ミカ兄の母親はプリエルゼって名前で村一番の美人。四人とも超仲良しなんだぜ?



 夕方から始まった成人のお祝いは盛大に行われた。村人全員参加での宴会だ。八十人そこそこしか居ないと言っても、みんなが集まればそれなりに沢山に感じる。

 俺はミカ兄と話したかったんだが、村の人達に囲まれていて近付くタイミングがなかった。まぁ明日からミカ兄とずっと一緒だからな、今日は他の人に譲ることにして、この村にしては豪華な食事を貪ることにした。


 村の中央に用意された、たくさんのテーブル。そこには、各ご家庭自慢の料理がこれでもかと並んでいる。遠慮などする必要はなく、ここぞとばかりにいろんなご飯を食べ漁るのだ。

 少し経つと、お皿から落ちそうなほど山盛りに料理を乗せたリリィとアルがやって来る。俺達は成長期なんだ、ガッツリ食べて身体を作らないと!


 三人座って片っ端から食べ進めるが、話題は当然、明日からのこと。


「明日の用意終わった?荷物って意外とかさばるのよね……リュックがパンパンだわ」

「お前、何しに行くんだよ。着替えばっかり持って行くんじゃないだろーな?」

「失礼ねっ!そんなに持っていかないわっ」


 いや、リリィ……後でチェックしてやろうか?内心、突っ込みを入れつつ一先ずスルーしておいてやる。


「アルは準備終わったろ?」

「あぁ、町に出るまでの食料と水があればいいだろ?」

「そ、そうだな……」


 町に付いて金を稼がないと、その後の食べ物は手に入らないんだけどな……


「でもようやく俺達も冒険者だな。ワクワクして最近寝れないんだよなぁ」

「あぁ、それな。俺もだ」

「あんた達ねぇ……睡眠も立派な仕事よ?そんなんでこれから大丈夫なの?」



「「ミカ兄がいるから何とかなるって!」」



「あんた達、そんな考えで本当に大丈夫なの?」


 背後からの声に振り向くと、俺の母ナタリアが本気で心配そうな顔をして立っていた。


「村の外なんて危険な事ばっかりなのよ?今からでも遅くないから、辞めておいたらどうなの?」


「母さん、その話はついたはずだろ?今さら掘り返さないでくれよ」


「でもねぇ、心配だわ。アルは大雑把だし、レイは考え無しだし……リリちゃんだけが頼りよ。このお馬鹿二人をお願いね」


「ナタリアおば様、まかしといてっ!」


 握り締めた拳で鼻息を荒げながら胸を叩くリリィ。『本当はお前が一番心配』とアルと二人して目で訴えてやったのだが、本人は気が付くはずもない。


 凸凹三人組、なんとかなるさっ。いざとなればミカ兄がいるしな!




 次の日、ミカ兄の成人の儀が行われた。

儀式と大仰な言い方をしても、村長の有難いお話を聞くだけという形だけの通過儀礼。すでに冒険者として金を稼ぎ、村にも色々と持ち帰ってくれるミカ兄に改めて注意する点など殆ど無いだろう。


 成人の儀が終わると、続けて俺達の番だ。

村長……っていうか、ぶっちゃけると俺とミカ兄の父親の父親、つまるところ俺の爺ちゃんだ。俺達三人の前に来ると、目を細めて微笑んでくれる。


「三人とも大きくなったな。ここまで成長した事、心より嬉しく思う。村の外は厳しい世界じゃ。何も外に出ずとも、この村で暮らして行くことは出来る。それでも、ミカルの後を追い旅立つのか?」


「爺ちゃん、俺達は決めたんだぜ?冒険者になって金を稼いで、この村を豊かにする」


 きっぱり言い放ち、真剣な目で己の意思を訴える。それぞれの目を順に覗き込むと、これ見よがしに深い溜息を吐いて小さく首を振った。


「意思は固いようじゃな、ならば行くがいい。じゃが、この村の事はあまり考えるな。儂等は今のままでも十分な暮らしをしておる。お前達が幸せになることがこの村に住む全員の願いだ。

 己に厳しくあれ!さすればどんな困難にも打ち勝てるだろう。気を付けるんじゃよ」


 爺ちゃんと握手を交わし、見送りの母親に抱擁されてしばしの別れを告げる。


「行って来るよ。母さんも体に気を付けてね」


「うんうん、私は村のみんなが居るから大丈夫だわ。レイこそ気を付けて……無事に帰って来るんだよ」


 そう言うと、より一層強く抱きしめられた……ちょっと苦しいし、みんなが見てるので恥ずかしい。村を出るとはいえ、向かうのはすぐ近くの町。今生の別れじゃないのに大袈裟だよなぁ。


「プリエルゼ母さん、母さんを頼みます」


「あぁ、気を付けて。元気に帰って来るんだよ」


 それぞれに挨拶を済ませると村の門の前に四人で並び、見送りをしてくれる村のみんなを見回した。


「んじゃ、行って来るよ」


 ミカ兄は軽く手を挙げると背を向けて歩き出したので、俺達も村の人達に手を振りミカ兄の後に付いて歩き始める。


 しばらくこの平和な村ともお別れだ。

けどこれから、待ちに待った冒険が始まる。


 ワクワクし過ぎて早く動こうとする足を必死で押さえつつ、まだ見慣れた森の中を軽い足取りで進んで行った。


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