2.魔導師の御業

「レイ君、何だか火の魔力が凄く強くなっているけど、先生に何されたんだい?」


「伝説の火竜に魔力を流し込まれるという拷問を受けました」


「…………は!?」


 近くに他の人が居ないのを良い事にサラリと本当の事を告げると、ルミアの破天荒ぶりを知っているウィリックさんでさえ呆気に取られている。


「そ、そうか。火竜の魔力とは、またとんでもないモノを貰ったねぇ……。

 それで、今度は何処に行くんだい?」


「「婚前旅行ですっ」」


 俺の両隣の乙女達が声を揃えた。少しのズレも無い完璧なハーモニーだったが質問に対する答えをしようか?


「そう、それは羨ましいね。それで婚前旅行は何処まで行くのかな?」


「何処だっけ?」

「何処でした?砂漠なのは知ってます」

「そうね砂漠ね。それしか知らないわ」


「「砂漠ですっ」」


 何の遊びか知らないけど息がピッタリだな。

っつか、目的地言わなかったっけ?


「アリサに会うためにティリッジに向かいます」


「ほぅ、例の魔族の女性を追ってティリッジか。それで他のメンバーは買い物に行ってるんだね。あそこのダンジョンは人気だからね、こっちで食材を揃えて行った方が良い物が安く買えるよね。

まさか最下層まで走破するつもりかい?」


 ウィリックさんは何の話をしているんだ?ダンジョン?ダンジョンって冒険物のお話に出て来るアレですか?


「おや?その顔は何も聞いていないのかい?ティリッジはダンジョンを中心に栄えた町だよ。冒険者にとっては結構有名な町なんだが、知らなかったのかい?」


「待って!一応、ダンジョンって何か説明してもらっても良いですか?」


「えぇっ?そこからかい?

ダンジョンとは簡単に言えば地下迷宮の事だよ。地下に拡がる広い迷路が幾重にも重なる場所でね、世界に三つあるとされているが最も有名なあそこは最下層が地下五十階だとかって噂だったね。地下三十階くらいまでは完全に走破されていて地図も売ってる筈だし、現地で迷宮のガイドをしている人なんかもいるらしいよ?


 迷宮には『宝箱』と呼ばれる物が存在してね、名前の通り宝物やお金が入っているんだけど、それを目当てに冒険者がダンジョンに挑み続けているってわけさ。

 階層が深くなればなるほど良い物が手に入るけど、その分魔物も強くなるって、なんとも親切な設定だよね。


 そんな理由もあって、自分の能力に合わせて稼げる “稼ぎ場” として人気がある場所だよ」


 知ってた?と横を見てもエレナは当然のように首を振るし、ティナも知らない様子。振り返るとアルとクロエさんは呆れた顔だった。

 あれ?俺達がおかしいの?



「ちょっとズルしておいたわ、貸し一つよ?」


 ギルドマスターであるウィリックさんの前に三枚のギルドカードを置きながらそんな事を言うペレットさん。笑顔でウインクすると、いつものように軽く手を振って席に戻って行った──ズルってなんだ?


 苦笑いのウィリックさんがティナとクロエさんにカードを返し、エレナが新品のギルドカードを受け取り嬉しそうに眺めているのを横から覗けば『ズルってコレか』と納得出来もする。


「ウチでトップのレイ君のパーティーだから黙認するけど、本当は駄目だから内緒にしといてよ?」


 ウィリックさんがそう言うのも無理はないだろうな。俺はSなんて企画外だし、サラ以外みんなBランク以上の冒険者なのだ。エレナ一人だけEランクでは一緒に依頼が受けられなくなってしまうので最初からCランクにしてくれたというわけだ。


「配慮に感謝します」


 俺が深々と頭を下げたのは人間として当然の礼儀だろう。



▲▼▲▼



「トトさま〜っ!」


 待ち合わせ場所に向かうとモニカ達の方が先に要件を終わらせ待っていた。走り寄って来た雪を抱き上げ柔らかほっぺに頬を寄せ グリグリ と再会の挨拶をすると、エレナが真似して俺の空いている方のほっぺにグリグリとしてきた。


 エレナと雪は目が合うと、示し合わせたように何度も俺の頬を両側からグリグリとしてくるので、俺もそれに合わせてグリグリやり返してスキンシップを楽しんでいると背後から冷ややかな指令が飛んで来る。


「早く行くのです」


 俺を含む三人は一斉に ピタリ と動きを止め フワフワ と揺れながら通り過ぎていく桃色ツインテールを眺め終わると、しがみ付くエレナをそのままに、仕方がないとばかりにその後を付いて歩き出した。



「なぁ、モニカはティリッジにダンジョンがあるって知ってた?」


「ううん、私は知らなかったけどコレットが知ってたからいろいろ買って来たよ。保冷庫って凄いね!物凄く沢山入るんだもの。驚いちゃった」


「私は知ってましたよっ!私はっ!」


 何故かアピールの激しいサラの頭を撫でると ヘヘッ と嬉しそうに笑う。一緒になると決断して以来キャラが変わったかのように甘えてくるようになったが俺としてはウェルカムだ。


「ダンジョン、楽しみだねっ。どんなところかなぁ」

「そうだなっ」


 モニカの腰に手を添えて町の門を外へと出ると、少し脇の人通りの少ない場所で鞄から魔導車を取り出した。


「おーい、レイっ。今度俺も乗せてくれよっ!」


 昔から知ってる門番のおっちゃんに手を振って返事をすると、当然のように道ゆく人の視線が集まる。なんだか恥ずかしくなりバタバタと乗り込んでいけば、物欲しそうな顔をしているアルがいた。なので運転経験のあるクロエさんと二人で運転席に座らせると、俺はこの魔導車初めての後ろの席に乗り込んだ。


「なんで私は後ろなのよっ」


 二列目にサラ、俺、エレナが座り、三列目にモニカ、雪、ティナが座る。一番後ろにはコレットさんとリリィだ。

 当然出ると思った不平、第一声はティナだった。席くらい順番に代われば良いだけの話だし、そんなに文句言う事か?とも思うけど、それだけ愛されているという事だなとうれしくも思える。


「休憩の時に代わればいいさ、それまでは我慢しろよ。ティナの望みだけを叶えるわけにはいかないだろ?」


 プイッ と横を向くティナだけどそんな事は言わなくても分かってる筈。内に溜め込むよりは主張してくれるだけ分かりやすくて助かる。


「レイ!コレ楽しいなっ!今日はずっと運転してていいか?」


「俺は十分楽しんだから好きにしていいぞ。飽きたら代わるから言ってくれ。ただし、前だけはちゃんと注意して見ててくれよ?人なんて轢いたら洒落にならないからくれぐれも頼むぞ」


 前科犯を横目で見れば、過去の過ちはしっかりと覚えているらしく眉根を寄せて気まずそうな顔──ちゃんと経験として残してくれれば失敗したって良いんだ。


 乗って見て分かったが、外から見たら真っ黒で中の様子が見えなかったガラス窓、中から見る分には前と変わらず普通に外の景色を見ることが出来るという摩訶不思議。


 これぞ魔道具の母と謳われたルミアの為せる技だな。



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