3.砂漠の洗礼

シュイィィィィィィィィンッ


 流線型をした真っ白なボディに跨る金髪の男と、それに寄り添い桃色のツインテールを靡かせる女が少しばかりの土煙を上げて斜め前を走って行く。


「アレ、気持ち良さそうだな」

「そうね、私も乗りたいわ。代わってもらう?」

「私も乗ってみたいです〜っ」

「レイは私の後ろに乗ってね!」

「運転してもいいの?」

「サラ……気を付けてね?」

「トトさま、私も一度乗ってみたいです」


 大人気の新しいおもちゃはすぐに順番待ちとなったが焦らずとも逃げはしない。


 ベルカイムを出て二日目、町を囲う森を抜けたところで人通りのある街道からは外れた。道なき道を一直線にティリッジへと向かう最中、辺りは一面の荒野で見渡す限り動くものは何も見えない。

 周りに誰も居ない事をこれ幸いと自分で乗るつもりでエアロライダーを取り出したのだが、無言で俺の肩に手を置き キラキラ とした目で見つめて来る奴がいたので仕方無しに順番を譲る事にしたのだ。


「レイ様、オヤツなどいかがですか?」


 一番後ろの席からコレットさんが小さなお皿を掲げているのが見え、ちょうど小腹が空いた所だったので有難く頂くことにした。


「ほら、口開けなさいよ」


 右手が操作球から離せない俺に、隣に座るリリィが皿に乗った黒い塊を一口サイズに切り分けて口へと運んでくれる。

 それに齧り付いた瞬間甘さが口の中一杯に広がり、ねっとりとした噛みごたえの後にはサラサラと溶けて行く。


「それは《羊羹》と言う食べ物で、昨日宿泊した町で購入しました。湯がいた小豆を加工して寒天で固めた物らしいですよ。甘味が強いので暖かい苦目のお茶と合うそうですが飲まれますか?」


 コレットさんの勧めに従いお茶をもらって飲むと、甘ったるい口の中が一気にサッパリする。

 紅茶とクッキーも合うけど、アレは別々でも楽しめるモノだ。だけどこの羊羹はお茶と一緒に食べた方が美味しく頂ける食べ物だった。


「お茶が無いとちょっと甘過ぎる食べ物ですね。もう少し苦めのお茶でも合いそうな気がします」

「そうね、私もそう思うわ」

「小豆と寒天なら簡単に作れそうですねぇ。苦いお茶は買わないと無いですよね〜。今度探してみるとしましょう」



▲▼▲▼



「ひゃっほ〜〜いっ!サラさん、これ気持ち良いですねっ!!」


 移動中だというのにサラの肩に手を置いて立ち上がると、白くて長い耳を パタパタ と風に靡かせ、落ちやしないかと ハラハラ するほどに身を乗り出し全身で風を感じている。

 運転するサラも前のように暴走はしていないものの、銀の髪を靡かせオデコ丸出しで楽しそうにエアロライダーを走らせる。


 サラはスピードを出すことが好きで、エレナは風を感じることが好き。なんともバランスの良い二人と並走しながら、地面の少し上を難無く飛んで行く俺達の魔導車。


 魔導車をぶっ飛ばして既に三日目、景色は荒野から砂地へと変わりつつあり、間も無く目的地である砂漠が近いことを教えてくれていた。


「砂漠に入ったら下から襲って来るモンスターに気を付けるのです」


──下から?地面の中からってことか?


「砂漠は過酷な環境なのです。地上は気温が高すぎて魔物でも生きて行くのが大変なのです。だから魔物も、より良い生活環境を求めて地下へと住む場所を変えたのではないかと言われているのです」


 ほうほう、そういうのは人間も魔物も変わりがないのだな。じゃあそろそろエアロライダーは危なくないか?


──そう思った時だった。



 突然辺りが真っ暗になったかと思いきや鈍い音と共に何かに打つかった衝撃が魔導車を襲う。


「うぉっ!何だ!?」

「「「キャーーーッ!」」」

「何何何何何ぃっ!!」


 暗闇は直ぐに終わりを告げたが原因は分からない。何だったのか確かめる為に慌てて魔導車を急停止させると、衝撃が有ったと思しき場所には、地面から二十メートルぐらいの高さまで真っ直ぐに伸びる太さ五メートル以上の物体が光に包まれて消えて行くところだった。


「大丈夫だった!?」


 魔導車の隣に横滑りして止まったエアロライダーの後ろには、サラの肩に片手で掴まり、もう片方の手には緑色の槍 〈フォランツェ〉を握りしめて険しい顔で光を見つめるエレナの姿があった。


「アレはモンスターか?突然真っ暗になったんだけど、何が起こったんだ?」


「皆さんご無事で何よりです。

突然地面から出てきた蛇のでっかい奴に魔導車ごと食べられたんですよ!それはもうびっくりして思いっきり魔法を放ったら倒せたみたいですね。

砂漠ってあんなのが沢山居るんですか?」


 食べられたとかマジかよ……。それでも無傷のこの魔導車って恐るべしだな、もしかしてすぐ明るくなったのはモンスターの腹を突き破ったのか?


「街道は魔物避けがしてあるので滅多に出ないらしいですが、それ以外の場所には沢山居るという噂なのです。まさかこんな砂漠の端でも出るとは思わなかったのです」


「安全に街道を進みますか?」


「う〜ん、とりあえずエアロライダーは止めよう。街道は既に位置が分からないよな?もう少し進んで駄目そうなら街道を探すとしようか」




 しばらくの間、何事も無く進んで行くと一面の金色の砂景色になり、一応気配探知をしながらスピードを控えめに魔導車を走らせていると、突然 ガクッ と魔導車が傾いたと思ったら徐々にその傾きが増していく。


「は!?」

「「「キャーーーッ!」」」

「何何何何何っ!今度はなにぃ!?」

「前っ!まえぇぇっ!」


 何故か空中に飛び出した魔導車は重力に引かれて下へと傾いて行く。そうして理解出来たのは、すり鉢状に空いた穴の中心に向けて落ちて行く俺達の魔導車。


 しかも落ちて行く先に現れたのは二本の大きな牙のようなものを パチパチ として落ちて来る獲物を待っているクワガタのような生物。

 クワガタと違うのは比べるべくもないほど遥かに大きな体と、それに比例して牙の間に ポッカリ と開いた口のような穴。そこに向かいまっしぐらな魔導車は制御不能な状態であり、このままでは奴の腹に収まり終了の鐘が鳴ることになる……不味い、非常に不味い。


「レイっ、レイっ!レイィィィっ!」

「いやーーーっ!食べられるのはやだぁぁっ!!」

「私は食べても美味しくありませーーーんっ!」


 普段聞き慣れないみんなの慌てる声をもう少し聞いていたかったけど、俺も含めた皆の人生が終わるか否かのこの状況ではそんな事も言ってられない。


──どうする?


 閃くと同時に体内で膨れ上がる魔力。土と風魔法を混ぜ合わせて周囲の砂を可及的速やかに狙った一箇所に集める。するとクワガタ擬きの少し手前の空中に現れるU字型のジャンプ台。水魔法も少し混ぜて衝撃に耐えられるように固めた瞬間、魔導車がジャンプ台に着地し グンッ という激しい衝撃が伝わって来る。


 接地した瞬間、操作球に流し込まれた魔力を合図に出力の限界近くまで蓄えられていたエネルギーが爆発し恐ろしいほどの加速をみせた。三秒足らずの間にジャンプ台を駆け抜けると大空へ向かい飛び出す魔導車。


「うひゃーーっ!お兄ちゃ〜〜んっ!」

「行けー!レイっ!」

「にっげろ〜〜っ」

「うわぉぉぉぉぉっ!」

「もうやだぁぁっ」


 椅子に磔にされるほどの急加速をして走り出せば誰も彼もが声を出す余裕などなかった。それから解放され魔物からも逃げ果せたのが分かると、堰を切ったかのように声が上がり歓喜で車内が埋め尽くされた。



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