19.明かされた真実

「今から約三百年前のこと、当時の人間と魔族は均衡を保ちつつ世界を二分してそれぞれが作り上げた町で平和に暮らしておった。

 だが何を思ったか、魔族を守護する女神 《チェレッタ》を頭とした “魔族の過激派” が全ての魔族を掌握して人間達の国に攻め込んだのだ。


 多少の国交はあれど、お互いに不干渉を暗黙の了解として生活していた人間達だったが突然の侵攻により劣勢を極めた。

 そのまま魔族に押し潰されてしまうかという時、人間達の女神 《エルシィ》を頭とし、当時は小国であった《ルスハイデ》《スピサ》《サルグレッド》の三国を中心に立ち上がると魔族の侵攻を食い止めた」


「それは《人魔戦争》よね?

戦いの結果は魔族側の敗北。女神チェレッタは封印され、激減した魔族は罪を問われて大陸の片隅に追いやられることとなった。それが始まりで今も尚、その地でひっそりと暮らしているのよね?」


 リリィの言葉に深々と頷く爺ちゃん、昔は魔族が沢山いたとか知らなかったな。


「そして時は過ぎ、大国となった三つの国を中心として人間達は栄え、魔族が居なくなった広い大地をぞんぶんに使い豊かな暮らしをしていた。

 だが六十五年前、大陸の覇権を奪うべくルスハイデ、スピサの両国が同盟を組みサルグレッドに戦争を仕掛けることとなる」


「《三国戦争》だろ?

世界を三分した大国ルイスハイデとスピサの二国同時に宣戦されたサルグレッドだったが、女神エルシィの加護を受けて逆に二国を滅ぼして大陸の覇者となった」


「だがその戦争の裏には世界の知らない真実が隠されている、それは魔族の関与じゃ」


 アルの解説に頷いた爺ちゃんだったが、その口から飛び出したのはちょっと聞き逃せない言葉だった。世界を変えた人間の戦争に魔族が関わっていた?


「住みにくい土地での生活を余儀なくされた魔族達は人間と関わること無く細々と暮らしていたのだが、人魔戦争の引き金となった過激派もまた生き残っていたのだ。


 奴等は長い時間をかけ力を蓄え、反抗の時を待っていた。


 サルグレッド王国の中枢に潜入した魔族は王宮内で更なる力を得ながら女神チェレッタ復活を目論み暗躍していた。

 それに気が付いたルスハイデ、スピサの両国は魔族を排除するべく秘密裏にサルグレッドに接触を行うも、周到な魔族は王の信頼を得るまでになっておりサルグレッドと二国の間に軋みを生んだ。


 信頼を寄せる家臣が魔族だと愚弄された事に怒り狂った当時のサルグレッド王は二国の言う事など微塵も信じず、それでも女神復活阻止を諦められない二国は立ち上がり武力行使という手段に出てしまった。


 恐らくそれすらも魔族によって計算された事だったのじゃろう。魔族により鍛えられたサルグレッド軍は強く、二国の連合軍を苦もなく打ち破った。

 だが魔族に唆されるサルグレッド軍は留まることを知らず、本来なら味方であったはずの人間の国スピサ、そしてルスハイデの本国にまで攻め込み、滅ぼしてしまった……これが歴史の真実じゃよ」



 魔族に翻弄される人間の歴史、それぞれ複雑な顔をする俺達を前に語り終わった爺ちゃんは一息入れてお茶で口を潤した。


「此処からがお前達にとって重要な事じゃ」


 愛用の湯呑みを置くとまだ続きがあると言う。真剣な眼差しで三人を順番に見回し深い溜息を吐くと、意を決したかのように言葉を吐き出す。


「レイ、お前の本当の名前はレイシュア・ハーキース・オブ・ルイスハイデ、旧ルイスハイデ王国の王族の末裔じゃ。

 そしてリリィ、お前はリリアーヌ・コーヴィッチ・ヴァン・スピサ、旧スピサ王国の王族の末裔なのじゃよ。

 アルはスピサ王国の騎士団長を代々勤めていた騎士家系の末裔だ。

 この村はな、ルスハイデとスピサから逃げ延びた者達が寄り集まって出来た村なのじゃよ、驚いたかね?」


 王族の末裔?でも、そんな事言われても俺達が俺達であることには変わりがないし、国が滅びている以上、城が貰えるとか何不自由無い暮らしが出来るとかはありえないので「ふぅん」としか言いようがない。


 リリィを見ても首を傾げてるし、アルに至ってはだからなんだと言う感じで表情すら変えず話のオチを待っている。


「それからコレも渡しておく。お前達が正当な後継者である証じゃ」


 爺ちゃんは俺とリリィに一つずつコインの様な物を手渡してくれる。


 俺が貰ったコインの真ん中には “桜” という名の五弁花が綺麗に描かれ、それを縁取るように二匹の細長い蛇みたいなヤツがお互いの尻尾を噛み合い輪のようになっている。この蛇は俺達が知る竜とは違うが龍という生き物らしく、人間の女神エルシィと魔族の女神チェレッタの本当の姿なのだそうだ。


 リリィが貰ったコインには桜の代わりに “薔薇” が描かれていた。桜も薔薇もそれぞれの王家を象徴する花らしく、現存する唯一の王国であるサルグレッド王国のエストラーダ家は向日葵らしい。


「それで?そんな話を聞かせて俺達に何かさせたいのか?」


 アルのもっともな質問に賛同して俺とリリィもウンウンと頷く。

 祖先の仇を!とか言われても困ってしまうが、こんな話しを聞かせた意図がまったく詠めない。


「いや、国を挙げて戦争を起こしても倒せなかったのだ、サルグレッドに巣食う魔族の討伐など最早無理な話なのだろう。この世界が魔族に支配される日もそう遠くはないのかもしれぬが、そんな危ない事は望まぬ。寧ろ奴等に関わるでない。

 ただ事実を事実として受け止め、知っていれば良い。先程も言ったが、儂を含めてこの村の者達の願いはお前達に幸せになってもらうことだけだ。そのことは決して忘れるでないぞ、よいな?」



 長老の長い話が終わりを告げたところで成人の儀も完了、これから晴れて大人と認められる。実は王子様でした、とか言われたが俺達にとっては別にどうでもいいことだ。国のない王子などもはや王子でもなんでもないだろ?

 ただ、祖国が魔族の陰謀によって滅びたというのはなんだか胸にモヤモヤとするものを残すこととなった。




 家に戻ると二人の母が机に座り俺を待っていた。俺が爺ちゃんに聞いてくるであろう話しの内容は理解しているのだろう。


「話しは聞いてきたね、私からも一つ話しがあるから座りなさい。お前とリリィの父親についてだよ。二人は事故で亡くなったと言ってあったけどね、実は違うんだ。

 二人共あんた達と同じ冒険者でね、旅の途中で私達と出会って一緒になったんだ。冒険者をしながらずっとサルグレッドの魔族について探りを入れていてね、お前達が出来てからはこの村で大人しく生活していたんだけど、それでも諦めきれなかったんだろうね。あるとき昔の仲間が魔族の情報なんて持って来たもんだから居ても立ってもいられなくなってしまって、村のみんなで止めたんだけど聞く耳持たずに飛び出して行って……そして死んでしまったよ」


 儚げな顔で昔を思い出し遠くを見つめるクレマリー母さん、普段は話題にも出さなかったがやっぱり父さんが居なくて寂しいんだろうな。俺は愛する人を悲しませないようにしないといけないな。


「ミカルもそうだけど、あんたも変な事考えるんじゃないよ?魔族なんかに構わらなくていい、自分達の幸せだけを考えなさい。死んじまったら残された人達には悲しみしか残らない、憎しみの先には悲惨な結末しか残らないからね」


「大丈夫だよ、心配するなって。恨んでもいないのに復讐なんて考えてないよ。俺達はこの村を豊かにしたい、母さん達を楽にしてやりたい。その為に冒険者になったんだぜ?それはずっと変わらないよ。そんな心配要らないから自分達の老後の楽しみ方でも考えろよ」


 ミカ兄も時折見せていた、不敵という言葉がよく似合う片方の口角を吊り上げる独特の笑いを浮かべて「言うようになったねぇ」と俺の背中を力強く叩きまくるプリエルゼ母さん。豪快なあんたの性格、大好きだぜ?


「爺ちゃんの長話でお腹すいたよ、ご飯何?」

「まったくこの子は、大人になってもお腹すいたお腹すいたって……」


 ぶつぶつ文句言うナタリア母さんも顔はにこやかだ。いつまでも二人が笑って過ごせるように俺も頑張って働こう。


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