第二章 愛する人
1.ちょっとおつかい行ってきて
『早く帰ってらっしゃい』
ルミアに言われていたのを思い出し師匠宅に帰ることを決めた。
別れ際のティナは俯きとても寂しそうな顔をしていたので居たたまれなくなり、背中に手を回してキツく抱きしめる。
「また遊びに来るよ」
一月近くずっと一緒に過ごして来たのにお別れともなると寂しく感じるのか、小さく頷きはしたもののやはり元気がない。
俯いたままのティナ、頬に手を当てそっと撫でてあげるとようやく顔を上げて笑顔を見せてはくれた。しかし、寂しさを隠すことは出来なかったよう……またすぐ会えるさ。
お世話になったカミーノ家の面々に感謝と別れの挨拶を告げ、ライナーツさんに改めて娘を託された後でエレナを連れてレピエーネを後にした。
ベルカイムに着いたのは四日後の夜、そのまま帰っても良かったのだが一泊して翌日に買い出しをした後、家までの道のりをのんびりと歩く。昨日までの一カ月、ずっと移動は馬車だったので久しぶりに森を歩く気がした。
「師匠っ、ルミア!ただいまぁ」
「おぉ、やっと帰って来おったか。ずいぶんと遠くまで行って来たらしいな、まぁ早よぉ入れ。
おおっ!そちらが兎の獣人のお嬢さんじゃな、ルミアに聞いた通り可愛い子じゃのぉ。よぉ来た、よぉ来た、自分の家だと思ってくつろいでおくれ」
俺達の帰宅よりも “可愛い娘” に喜ぶ師匠も流石は “朝晩の人” まだまだ若いな。それでもルミア一筋の師匠がエレナに手を出すことはあり得ない、狼には変身しないから安心だ。
なんだかとても長い時間この家を空けていた気がするが思い返せばたったの一月。当然の如く師匠もルミアも元気で俺達の帰宅を快く迎えてくれた。
「俺が教えてやっただけじゃないか」
「きっかけなんていいんだよっ、要は結果だ。出来るようになればそれでいいだろ?」
その日の夜の報告会、俺が身体強化の魔法を使えるようになったことを話せば酒の入ったアルが絡んでくる。
「ったくよぉ。俺がどれだけ修練を重ねて出来るようになったと思ってやがるんだ?あぁっ?あっさり超えやがって……」
結局はソコらしい。あっと言う間に出来るようになった俺に対する嫉妬だな、クックックッ。
「遅かれ早かれ、いずれは気付くはずだったわ。アルが教えてあげたとしてもいいじゃない?それよりも、魔法の有用さに気が付いてしまうと自分で魔法が使えない事がもどかしくなぁ〜い?」
ワイングラスを傾け一口含むと、愉しい時間の始まりだと言わんばかりに口角を吊り上げたルミア。 おもむろにポケットに手を突っ込むと、取り出した五センチくらいの水晶玉をこれ見よがしに光に当てて眺め始める。
「魔法を取って置ける、そんな魔導具があったら素敵だと思わないかしら?例えば、この水晶玉に火の魔法を閉じ込める事が出来たとするわね。その魔法をいつでも好きな時に取り出せたとしたら、レイにとっては素晴らしい魔導具なんじゃないかしら」
そんな魔導具なら結局俺が魔法を使っているのと変わらないじゃないか。そんなのがある……いや、知る人ぞ知る “魔導具の母” が思わせぶりな事を言うということは……。
視線を戻せばとても愉しそうな顔、どうやら分かりやすい餌をぶら下げ俺という魚が食いつくのを今か今かと待っているらしい。
「ルミアならそれが作れるんだな?どうすればいい?…………何か必要な材料があるのか?」
何も答えないままに向けられる濃紫の瞳、底の見えないその奥を知ろうと暫くのあいだ二人で見つめ合っていれば、見兼ねた師匠が話しを進めよと茶々を入れて来る。
「んんっ? レイもとうとうルミアに惚れたかの?こいつは最高の女だぞ。じゃがのぉ、儂が天に召される迄は手を出さんといてくれんかの?」
「冗談だろ?誰が世界最強の男のモノに手を出すかよっ。たとえ師匠が死んでもそれは変わらない、手なんか出さないってば」
「ふぉっふぉっふぉっ、儂が死んだらルミアが一人ぼっちになってしまうからのぉ。お前になら託してもいいと思っとったんじゃが、なぁ?」
ほっほっほっと愉しげに笑う師匠だがそんな事は冗談でも受け入れられないぞ?第一、物じゃないんだから『はいどうぞ』『ありがとう』って訳にいかないだろ?
ルミアは嫌いじゃないけど、なに考えてるか未だによく分かんないんだよな。再び視線を戻せば、当のルミアは先程と変わらぬ様子で俺を見ている。
「レイになら貰われてあげてもいいわよ?」
人差し指を唇に当てニヤリと微笑む姿は正に妖艶。見た目十二、三歳のくせに何でこんなに色気を感じるんだ?
そんな折にワイングラスを持った手がにゅっと伸びてくる。背中に感じる柔らかな感触、それと同時に首へと絡みつく腕、俺の顔のすぐ隣に生えたエレナの顔は人の事などお構いなしにゼロ距離で密着してくる。
少し熱を帯びた柔らかな頬……酔っパか!?
「だめですぅぅっ、レイさんはあげませんよぉだっ」
トロンとした目でルミアを睨むが、エレナの可愛い顔ではそんな事しても怖くないぞ?
「あら、残念ね。でも貴方が私の物になれば、私がレイの女になったら貴方もレイのモノよ?」
「えっと……えっ?えっ?あれ?」
こめかみに人差し指を当てて小首を傾げる可愛い仕草。元々そんなに賢くない頭は酒が入り余計に回らなくなり、ちょっとした言い回しに理解が追いつかず眉間に皺を寄せている。
「それで?俺に何を取って来いと言うんだ?」
「王都でも聞いていたでしょう?火竜の爪が必要なのよ。ベルカイムの南、チェラーノの町から西に入った山奥に火竜は居るわ。ちょっと行って来てくれない?
大丈夫よ、そいつとは顔見知りだから私の名前を出せば殺されたりしないわ」
火竜って……伝説にあるあの属性竜だよな?
希少種である竜族は滅多に姿を見せることが無いにも関わらず全ての生き物から恐れられる世界最強の種族。
その竜族の頂点とされる《属性竜》は遥か昔からこの世界を支えていると言われ、世界にたった六頭しか居ない伝説的な存在だ。それぞれが六つの属性を冠する名、すなわち、火、風、水、土、闇、光の竜と呼ばれ、その内の火竜に会いに行けと軽々しくルミアは言う。
世界の大黒柱とさえ言われる属性竜、そんな奴と知り合いって……ルミアも底知れない人だよな。でもそんな凄い奴と会って『爪下さい』『はいどおぞ』とは行かない気がする。
それでも行かないっていう選択肢は俺には存在しなかった。
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