48.ぱーりぃーぴーぽー
後退の道を断たれれば覚悟を決めて敵と向かい合うしかない。しかし押し迫る相手は強大な上に、要らぬ協力者まで現れては敗戦は確実だった。
味方となってくれる妻達は誰一人として傍におらず、彼女の戦略の鮮やかさには舌を巻くしかない。それを考えればもしかしたら、突然現れ援護射撃を行ったメルキオッレですら計算の内に入っていたのかも知れない。
「どうかしたんですか?」
エレナが現れた途端、流水の如く至極自然な感じで身を退いたレオノーラ。 それに伴い横槍を急所に叩き込みやがったメルキオッレも余興は終わりだとばかりに撤退して行く。
相手の虚を突き瞬間的に最大火力を放つ、そして目的を達成した後の見事な引き際……何が戦いには不向きな種族だ、嘘つきめっ!
唯一の癒しは、俺の心情を悟ったメルルが『大丈夫?』と言わんげに小首を傾げながら持っていた唐揚げの一つをフォークに突き刺し『食べて元気出せ』と無言のままに口に入れてくれたことだった。
「レイさんはこういう場が苦手でしたね、疲れました?」
心配そうな顔を向けてくるエレナの隣、気配も感じさせず現れたコレットさんは俺に水の入ったグラスを手渡すと、含みのある笑みを浮かべてから颯爽と給仕に戻って行く。
あれは絶対一部始終を見ていた口。援護してくれなかったことを恨みがましく思うものの、断りきれなかった俺の失態ではある……素直に皆に怒られるしか道はないのか。
意気揚々と去って行く白髪メイドの魅力的なお尻を肴に水を飲み干せば、入れ替わりに近寄ってくる奴らに『このタイミングかよ!』と文句を言いたくもなる。
彼等に気が付いたエレナの頬も緊張で堅くなる……どうやら一昨日、太腿を狙われたのがトドメとなったようで、駄目だと思いながらも身体の方が拒絶を示してしまうようだ。
「国王になろうとする武人ともなればセイレーン一族の姫とてあちらから身を寄せてくる、なんとも羨ましいかぎりだな」
「全ぐだ。あの乳は、大ぎさごそそごそごだが形の良さは絶品。それをどうにがでぎるおめさんは果報者だぞ?」
太腿スキーことエルフの族長と、乳スキーことドワーフ族長ゼノ。
尻スキーのセルジルが一緒でなかったことは朗報だが、その代わりと言ってはアレだが女スキーのシドが居る。
彼等のブレーキ役はと視線を泳がせれば、壁際に二人仲良く並び立ち、疲れ切った顔をこちらへと向けていた。
──あいつら、諦めやがったな……
幼女趣味のイェレンツとイケメン好きのクララ、互いに種族の垣根を気にしない二人は案外お似合いのカップルではなかろうかと思ったときだった。
「両手に抱える花が多過ぎるからと私の一世一代の申し出に断りをいれたのに、レオノーラの申し出を受け入れるとは一体どういうことなのか納得の行く説明をお願いします」
可視化されてもおかしくない濃厚な怒りのオーラは、一緒にいたエレナが思わず俺の影に隠れてしまうほどのもの。抑揚なく淡々と吐き出された言葉がその恐ろしさを助長させる。
終始ニヤニヤとしていたエルフとドワーフのじじぃ達もその圧力に気圧され一瞬は頬を引き攣らせたものの、それが何者かを見定めると元の笑みへと戻ってしまう。
「まぁまぁセレステル殿、貴殿の言われることも最もだとは思うが、良い男とてレイシュア殿一人ではなく世の中にはゴロゴロとしているだろう?」
「そうだ、新すぃ国さ出来れば新すぃ出会いも訪れる」
「全での亜人、人間に、魔族。選び放題になっからな、一人さ固執するなど意味ねぇべ?」
──そうかそうか、そういうことか
最初から賛同していたシルフの長ノンニーナとレッドドラゴンの長ギルベルト。この二人が何故わざわざ戦争などというものに参加するのを決めたのかは知らないが、獣人達の総意は聞いたし、セイレーン一族の事情も先程聞かせてもらった。
しかし、事前に賛同しないと言っていたはずのエルフとドワーフが居りながら、最も容易く族長会談が終わったことに疑問を感じてはいたのだ。 その疑問の答えは今しがた吐き出した彼等の言動が全てを物語っていた。
セレステルを思ったつもりでかけた言葉だろうが、裏を返せばそのまんま自分達の欲望だということだ。
──族長の女好きが祟り、戦争に参加させられる族民には心底、憐憫を感じる
「私は、私をどん底から拾い上げてくださったレイシュア様をお慕いしているのであって、見た目だけが良い他の殿方など眼中にございませんっ!」
「ほっほ〜、ならば我と其方は同士ということじゃな」
ゆったりとした速度で天井から舞い降りるのは、何も無い空中でありながら、さもそこに椅子があるかの如く足を組んで座る小さき人。
「ノンニーナ様までレイシュア様を狙ってらっしゃるのですか!?」
「何じゃ、我は駄目だと言うのか?」
「い、いえっそんなことは……そんなことは私などが言えることではございませんが、それではますます私などには勝ち目が……」
意気消沈したセレステルには助かった感満載だが、ノンニーナが彼女より年上で敬愛する存在なのは分かるとしても、シルフであるノンニーナが俺の嫁になるなどどうして本気に思えるのだろう。
「グランマ〜っ、まぁたそんな事を言って皆様を困らせてっ。幻想を抱くのは勝手ですけど、周りを振り回すのはおやめください」
ノンニーナと同じく天井から降りてきたのは彼女のお目付役であるファナとケール。
二人はノンニーナの暴走を止めようとはしてくれているのだが……それを差し引いても一言、物申したい。
──俺の両肩に降り立つのは良いが、俺は椅子でなければ宿木でもないっ!
「何じゃ、ファナまでそんな事を言うのか。良いかよく聞くのだ。 レイシュアが人間、魔族、獣人と、種族など関係なく嫁にしておるのはどうしてだと思うておる?」
「そ、それはたまたま……」
「たまたまでも、またまたでもないっ。 それ即ち、愛は国境を越えると言うことだ!」
自信満々に立ち上がり、両手を腰に当てて胸を張るノンニーナの背後から眩いばかりの後光が差し込む錯覚に陥入る。
そのドヤ顔に、額を射抜かれたかのように派手に仰反るファナとケール。
コントをやるのは勝手だが、人の耳を手すりに体勢を戻すのはやめてもらいたい……。
「えっ!?それじゃあ私達シルフが魔族と戦うのって……」
「そりゃ〜もちろん、我がレイシュアのお嫁さんになるためっ」
両手を頬に、照れた素振りでやんのやんのと首を振るノンニーナ。その姿は見ていて可愛いとは思うが、あんた、身長四十センチしかないんだから名ばかりの嫁にしかなれないんですけど?
「「いや、無理だからっ!」」
一瞬で両脇を固めたファナとケールからの息のあった突っ込みがノンニーナの両肩に炸裂するも、気にした素振りのない彼女は上機嫌なままシルフ用に特製された小さなグラスを豪快に煽る。
「の〜んにぃな様ったら、まぁたそんなこと言ってるんれすかぁ?このあぁいだも言いましたけどぉ、こ〜んなにちっちゃいんだから無理れすってぇ〜。
そのてん〜ん〜、このわらくしならぁ、だいっじょうっぶぅ〜っ!!
ねぇ〜、レイくぅ〜んっ。あなたわぁ、わらしがぁ、もらったげるぅぅっっ!」
不意に押し付けられた柔らかな物体。
回された腕と顔の横に生えたアリシアの顔に ドキリ としたものの、手で顔を覆い『あちゃ〜』と心の声がダダ漏れになっているライナーツさんの姿が視界の端に写れば苦笑いしか湧いてこない。
おんぶでもせがむかの如く背後からしなだれ掛かる彼女はいつも以上に絡み酒が凄い。
「うわっ!お母さん、お酒くさっ!! アレほどもう飲んじゃ駄目って言ったのにどれだけ飲んでるの!?
お父さん!ちゃんと監視しててって……」
「うるっさいわねぇ〜。い〜ぃじゃないっ。
これわぁ、わ・た・し・のっ!ためのぱーりぃーなのよぉ?わらしが飲まなくて、だ〜れが飲むのよぉぉぉ?」
選挙の勝利と国王就任の祝い。うん、確かにアリシアの為のパーティーかもね?
でもね、主賓だからって羽目を外し過ぎは良くないと思うんだ……。
「その辺にしとかんと、国の舵取りに支障が出るんじゃないのか?」
「そーんなまじめなこと言ってぇ〜、ぎるべると様らしくな……んんっ? あれあれ〜?もしかしてもしかして〜、ぎるべると様ったらぁ、わらしとレイくんが仲良くしてるのに嫉妬してるんれすかぁ〜?
じつわぁ〜、ぎるべると様もぉ、レイくんが狙いでわらしに同意してくれてたりしてぇ〜!キャハハハハッ!図星?ねぇねぇ、ずぼしぃ??」
居合わせた全員を苦笑いに変える言葉を紡ぎ出したアリシアだが、当のギルベルトは一瞬表情を無くしただけですぐに含みのある笑顔に変わる。
「やっぱ分かっちまうかぁ〜、これでも隠してたつもりなんだがな。バレちまっちゃぁ仕方がない、俺のこともよろしく頼むぜ、新国王様」
「なっ!?何を言うんですかっ、ギルベルト様!!レッドドラゴンの沽券に関わりますっ、ちゃんと否定して……ま、まさか、本当にレイシュア様を!? うそっ、うそよ!嘘だと言って!!
でも……例え相手がギルベルト様でも、レイシュア様は渡せませんっ。同性愛の変態の餌食にはさせませんっ!」
「んなこと言ってもよぉ、セレステル。おめぇは撃沈したんだろ?負け犬は邪魔だからさっさと帰って枕でも濡らしていろよ」
「なっ!?」
そんな気などさらさら無いくせに、人を出汁にして実の娘を煽って楽しんでるんじゃねぇーよっ!
⦅レッドドラゴンはこの戦いのために生きてきた。そこへ導いてくれるお前という存在を狙ってるというのは、あながち間違いとは否定出来ねぇんだよ。
これからもよろしくな、婿殿?⦆
デカくてゴツゴツした手で子供みたいに頭を撫でられると同時、風魔法により俺の耳に直接届けられたギルベルトの言葉。
“この戦いのために” とは真意を問いただしてみたいところだが、わざわざ俺にしか聞こえない声で伝えてきたのだ、この場で聞くのは無粋だろう。
──それにしても婿殿とは?
俺がセレステルを娶らないと知ってなお、その言い方。 しかも奴が視線で促した先には、あからさまに肩を落としたミルドレッドと、その背中をさするリュエーヴの姿。
抗議するセレステルの声が支配する中、離れた場所にいるはずのリュエーヴの呟きが会場の喧騒を飛び越え耳に入ってくる。
「お姉様、タイミングを逃しましたね……」と。
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