32.お揃いのもの

 シャロとの約束もあったので近くまで馬車で送ってもらった。

 モニカとコレットさんに挟まれ鍛冶屋街を歩きシャロの家を訪ねれば、いつものように ドタドタ と賑やかな音がして扉が開く。


「お茶用意するから座って〜」


 言われた通りにシャロを待っていると隣の部屋からガシャンと派手な音、耳を澄ませてみれば「もぉ〜やだぁっ」とか聞こえてくる。

 モニカと顔を見合わせた後、ちょっと様子を見に奥の部屋に続く入り口のカーテンを潜った。


 隣の部屋は薄暗く、所狭しと色んな種類の鉱石が山のように積み上げられている倉庫のような部屋だった。部屋の中なのに、なんだか鉱山にいるような雰囲気、鍛冶師とはこんなに沢山の材料が必要なのか。それにしたってちょっと置き過ぎじゃないかな。


 さらに奥の部屋から光が漏れてきており、シャロの気配に誘われ足元に注意しながらそっちに行ってみた。


「凄い音がしたけど大丈夫?」


 覗き込んでみれば、ちょっとした調理台に小さめの竃がある台所のような部屋。一人分の食事を用意するだけにしても少しばかり小さ過ぎないか?

 部屋の真ん中には二人掛けの小さなテーブル、お盆の上にはコップが三つ。そこに置かれるはずのもう一つを落として割ってしまったのだろう、シャロはしゃがみ込み、割れたコップの欠片を拾っていた。


「あら来ちゃったの?こんな散らかってる部屋……恥ずかしいから向こうに居てよ。ちょっと手が滑っただけだから大丈夫、痛っ!」


 鋭利な断面で指を切ったらしく右手の小さな指から赤い一筋の血が流れ出た──余所見してるからだよ、全然大丈夫じゃないじゃないか。

 手を取り血の出ている指先をパクリと咥えた。止血の為に口に入れただけだ、決して血が欲しいという訳ではないぞ?


「ぁ……」


 何故か顔を逸らすシャロ、もしかして嫌だったのかな?

 溢れた血を舐め取りしばらく舌で押さえる。一般的な止血方法だと思うけど、どこかおかしいのか?


 口から指を出すと小さな傷口に血が滲んでる。これなら大丈夫だろうとハンカチで指を拭いて血が出てこない事を確認し、まだ散らばる残りの欠片を拾い集めた。


「これ、どこに置くの?……シャロ?」


 血は止まったがまだ気になるのか、傷口をぼんやりと見つめるシャロは上の空。顔を覗き込んでようやく俺に視線が定まり、ビックリしたように慌ててふためくのでちょっと笑えた。


「大丈夫?体調悪いの?」


「だだだ、大丈夫よっ!あぁっ!コップね!それはね、こうするの」


 シャロが片手を翳せば淡い茶色の光が欠片を包み込む。数秒後には割れていない元の状態、つまり元通りってことだ。土魔法、便利だなっ!


「凄い。でもこれなら最初から魔法使えば良かったんじゃないのか?そしたら指も切らずに済んだのに」


 そんな単純なことに気が付かないおっちょこちょいなシャロは、傷口が痛むようで指を舐めながら苦笑いする。指の先の傷って意外と痛いんだよな。いつまでもシカシカと主張するし、何か触るにも血が付いてしまうから気を付けなければならない。癒しの魔法が使えたら便利なのにな。


「ほら、もう一回指貸して」


 鞄から綺麗な布を取り出し指にクルリと巻いててやる。空気に触れない分痛くは無いはず、これで少しは気にならなくなるだろう。


「大丈夫だから待ってて」と、部屋から追い出されたので、おっちょこちょいなシャロが心配だったがモニカの元に戻った。


「手が滑ってコップ割ったみたいだよ」


「そう」と興味なさげに俺の手を取り絡めてくる。わざわざ言わなくても分かるか。



 お茶と共にシャロが待ってきたのは一本の短剣だった。刃渡りは二十センチ程で鞘と鍔が一体に見えるような綺麗な装飾が施されており、鍔の中心には少し大きめの青い宝石まで嵌められている。斬る事に使うというよりも宝飾品のような護身用の武器、言ってしまえば儀礼用の短剣に見える。


 しかし気になったのは、柄の端に紐で付けられたオマケ・・・


「シャロ、これって……」

「お兄ちゃんのとお揃いのねっ!」


 朔羅にぶら下がっている勾玉の色違い。モニカの瞳と同じ透明感のある青色の中に銀粉を散りばめたようにキラキラと輝くものが入っており、光を乱反射している。珍しい宝石なのかな。


「綺麗でしょ?それよりも抜いてみてよ」


 モニカが嬉しそうに手に取り鞘から抜き放つと、そこに現れた刀身に驚き目を見開く。

 色の薄いサファイアをそのまま刀身にしたような透明感のある青色のボディ、これはまるでアレクやアルの使っている剣に水の魔力を流した時のような色。


「セドニキスとは違うわよ。〈テスクロライム〉という水魔法を高める気質を持つ鉱物でね、ちょっとやってみなさいよ。魔法付与は出来るわよね?」


 フルフルと首を振るモニカ。それを見て苦笑いをするシャロを尻目に短剣を受け取り、魔留丸くんから取り出した水魔法を付与させてみる。


「あっ!ちょっ!あぁぁぁ……まぁ、いいか」


 薄い青色だった剣身がどんどん色濃くなっていき、やがて青色の金属のようになった。


 何やら慌てたシャロだったがすぐに落ち着きを取り戻したので気にしない事にして、試しにいつもの “そら豆水玉” を作ってみると “そら豆” のつもりが “モニカの顔” 程の大きさの水玉が浮かび上がる。


「シャロ!?なにこれ?」


「あははっ、驚いた?テスクロライムは水魔法特化のブースターなのよ。それを通して水魔法を使うと効果が何倍にも増幅するわ。

 モニカは水魔法が得意そうだったからそれにしたの。その短剣は《シュネージュ》と名付けたわ。たくさん使って早く慣れることね。


 でも注意点が一つ、テスクロライムはそんなに強い金属じゃないのよ。普通の戦闘ぐらいなら問題ないけど、あんまり激しい剣撃には耐えられないわ。

 もしも刃こぼれや折れてしまったら水に浸しなさい。一晩も有れば元に戻ると思うわよ。


 それと同じように魔法を増幅してくれる金属は他にもあってね、レイのくれた緋緋色金はその最高峰ね。あれは火魔法の増幅、そしてこの〈ジオライト〉は土魔法の増幅をしてくれるのよ」


 そう言って見せてきたのは、俺の掌ぐらいの透明な茶色い頭のハンマー。

 それを借りて持ってみるとハンマーの癖に妙に軽い。これなら小柄なシャロでも簡単に扱えるだろう。と、言っても、土魔法を使うんだから振り回す訳ではないか。


「シャロはこれが好きなのか?」


 ハンマーの柄の先にはモニカの短剣に付いている勾玉の茶色バージョンが紐でぶら下げられキラキラと光を反射していた。

 ちなみに朔羅と白結氣の勾玉はキラキラが入っていない。差別だっ!


 しかもどう見ても持ち手が新品ではないハンマー、大分前から使っているのがよく分かる。シャロともお揃いなのを隠してたな?


「私とお揃いだと気に入らないの?」


 ちょっと膨れ気味になったシャロは幼い容姿も後押しして超可愛い。歳の近い妹のモニカも良いが、歳の離れた妹のシャロも良いな。ギュってしたくなる。

 実際にはシャロは大分年上のようだが、さっきのコップといい、容姿といい、どう考えても見た目相応の年下にしか思えない。


「そんなこと無いよ」と頭を撫でると嬉しそうに微笑んでいる、単純で何よりだ。



「お金はいくら払えばいい?あんな良い物なんだ、相当高いんだろ?」


 素っ頓狂な顔で俺を見るが、ただで手に入るものなどは有りはしない。報酬を得るにはキチンと対価を払わなければならないのだ。


「また会いに来てくれればいいわ。王都に来たらモニカもその短剣を見せに来てね。あとはちゃんとその子達を使ってあげる事、それだけで十分よ」


 シャロはお金なんて受け取らないだろうことは分かっていたが、それでも何かしらお礼がしたかった。また良いものでも手に入れば持ってこようと心に決め頷いておく。

 そして今朝からモヤモヤしている事を聞いてみることにした。


「前にさ、力の強い剣は意思が具現化出来るって言ってたよな?それって珍しいことだと思うけど合ってるよね?

 今朝、どんな夢か覚えてないんだけど朔羅に会う夢を見た気がするんだ。俺の考えすぎか?」


 ふふふっと笑うシャロ。生みの親としては子供が立派に成長するのは嬉しいのだろうな。俺もいつかその気持ちが分かるようになる日が来るのかな。


「具現化なんて事が出来る程の強い力を持った剣がこの世の中に何本あることか。その内の一本が私の手から産まれたのなら素敵よね。でも朔羅は私の自慢の子よ、もしかしたら……って言うのはあるかもね。大事にしてあげてよね。泣かせたら承知しないわよ?」



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