22.審問会

 ストライムさんと二人で入った王宮のエントランスホール。そこでは躍動感があり、何度見ても生きているのではないかと感じる二匹の龍の彫刻が出迎えてくれる。

 案内の騎士に連れられ赤い絨毯を歩いて行く。すると謁見の間へと向かう通路の途中で道を其れ、控え室へと通された。


「緊張するのは分かるがな、そう固くならずに行って来なさい。大丈夫、私も後ろで見ているよ。

 全てを話すつもりはないんだろう?話は纏めて来たのかね?」


「はい、ですが緊張で忘れそうで……なんとか頑張りますよ」


 出されたお茶を飲みながらなるべく緊張しないように他事を考えるようにしていたが、なにせここは王宮。ここに居ると意識しただけでなんとなく圧迫感があり、緊張するなと言う方が無理なようだ。



コンコンッ


「レイシュア・ハーキース様、そろそろお時間になりますのでお越しください」


 一際大きな高鳴りの後、鼓動が早まるのが自分でも分かった──大丈夫、まだ冷静でいられる。


 まるで死刑台に送られるような気分で案内の騎士さんに連れられ、ぎこちない歩き方で王宮の広い通路を歩いて行く。隣を歩くストライムさんが苦笑いで見ていると分かりつつもそんなこと気にしていられない。

 会場の入り口に立つと心臓が頭に移動したかのようにドッドッドッドッと鼓動が耳を突く。息切れを起こしそうで倒れそうなくらい緊張していれば肩に腕が回わされた。


「私も若いうちは緊張したが、なぁに、すぐに慣れるさ。まぁ、大勢の目に晒されはするが、先にも言ったように君が何かしでかしたわけではない。私達と会話するのと何ら変わりないさ。話すべき事を話せばいい、ただそれだけだよ。

 緊張は良いものだ、必要な事だね。しかし緊張し過ぎていてはせっかくの君の良いところが隠れてしまう。私も後ろにいると言ったろ?安心しなさい。それとも私じゃなく、モニカに来てもらった方が良かったかね?」


 ニヤニヤとした嫌らしい笑い。だが悪意は微塵も感じないので俺の為にワザと作っているのだろう。


「お気遣い感謝します。俺、心が弱いんですよねぇ、よく言われました。なるべく頑張りますよ」


 ストライムさんが離れたタイミングで扉が開き、案内の騎士さんが「どうぞ」と奥に進むように手を差し伸べる。


──いざ、戦場へ


 大きく深呼吸すると意を決し、扉の向こうへと歩き出した。




 俺が立つ席を中心にすり鉢状になっている会議場は、五段もの席が円形に並べられ、そのほとんどを堅物そうなオッサン達で埋め尽くされていた。好き勝手に喋る声は全て俺に向けられているような感じがし、緊張と相まって目眩すら覚える。四方から見下ろされる形は圧迫感が半端なく、こんなところで尋問などされたらものの数分で倒れる自信がある。


 だが今回俺が来たのは尋問ではなくただの説明、そう言い聞かせて気力を振り絞る。


 俺の立つ中央席の正面には、最上段に当たる位置に一際豪華な席がある。それが国王陛下の席だろうとは想像がつくが、その少し斜め後ろにも似たような豪華席が用意されているのだが、あれは誰の席だ?


 木槌を打つ音が響けばザワついていた会場が一瞬で静まり返る。すると陛下席の後ろの扉が開き国王陛下を先頭に三人の男が入って来てそれぞれの席に腰を下ろした。


「それではこれより先日の《ゾルタイン襲撃事件》の審問会を始めさせていただきます。本日は、当日その場に居たとされる冒険者パーティー、ヴァルトファータのリーダーであるレイシュア・ハーキースを召喚しています。

 ハーキースさん、貴方が見たその時の様子を出来るだけ詳しく話してもらえますか?」


 陛下席のお膝元にいた司会の人の催促、いよいよ俺の出番のようだ。

 大きく吸い込んだ息をゆっくりと吐き出せば、その様子を見ていた陛下の目が微かに笑った気がした。




「……と、言うのが俺が見た一部始終です。何より問題なのは魔石を破壊しない限り何度でも復活してしまうということです」


 師匠の事は話さなかった。ルミアの事も名前は伏せて話を進めた。彼等は表に出たがらないだろう、状況の説明だけなら名前など必要ないはずだ。聞かれても知らないと言い切ればそれで終わり、これでいい。自分にそう言い聞かせ、とりあえず終わった仕事に満足する。


「ではやはり、先日の情報通り魔族は魔石からモンスターを作り出せるというのか?」

「馬鹿なっ!それでは我々に安全な場所など無いということでは無いか!」

「各町に兵士を派遣してだな……」


 溢れ出した議論が飛び交い、会議場は混沌とし始める。しかしそれは仕方の無いことかもしれない。もしこの場に魔族が紛れ込んでいたとしたら、今この時にモンスターが現れないとも限らないのだ。そんな恐怖の中で心穏やかに暮らせるはずがない。


 陛下も腕を組み、難しい顔をしながら考え込んでいる。

 その左手に座るのはアノ男だった。アングヒルのオークション会場で姫の護衛をしていた近衛兵らしき男。こんな所に顔が出せるということは隊長格なのだろう。

 陛下を挟んで反対に座るのは陛下の若かりし頃といった感じだろうか?俺より少し年上に見える若者、陛下によく似たあの人は恐らくこの国の王子、次期国王なのだろう。


「現れたのは上級モンスター、オーガで間違いないんだな?」

「はい、間違いありません。俺が見ただけでも六体出現しましたが、仲間と共に撃退しました」


「上級モンスターが六体だと!」

「騎士達で対処出来るのか?」

「もっと兵士を募集しては?」


 陛下の質問に答えると再び騒めき出す会場。身を守るのが他人任せの人達なら怯えても仕方ないと自分に言い聞かせるが、いちいち五月蝿いとは思ってしまう。


「それでその後には魔族も追い返した、と?魔族とはそれぞれが強大な力を誇る戦士だと聞く。君はそれ程までの実力を持っているというのかね?」


「俺一人の力ではありません。仲間がいたからこそ成し遂げられたのです。魔族を追い返えせたのも偶然に過ぎません」


「では話を変えるが、うちの兵士でモンスターを倒せると思うかね?」


「すみません、それは俺には分かりかねます。でも陛下の横に座っている方ならば問題無いかと思います」


「これは近衛の長だ、彼で倒せなければこの国が滅びるよ。そうか……もし君が良ければこの後少し試させてもらえんかね?どの程度の実力が必要なのか把握しておきたい」


 俺に選択肢などありはしないだろう。こんな所に立たされているよりは身体を動かしている方が何倍も楽だ。それに、もしかしたらアイツの実力が見えるかも知れない。

 けど、ユリアーネより強いって言ってたから俺じゃあ勝てないだろうな。



「今回、冒険者でありながら町兵に代わり魔族の侵攻からゾルタインの町を守った報酬を与えたいと思う。

 私は彼に爵位を与えようと思うが皆の意見はどうだ?」


「冒険者風情に爵位ですと!」

「当然の報酬ではないのか?」

「その場で散っていった者はどうなるのだっ!」

「彼だけに報酬というのは……」


 俺もそう思うよ、戦ったのは俺だけじゃない。ユリアーネだってアルだって居た。町の人を逃す役目を負ってくれた冒険者達だって何人もいたんだ、俺一人で勝ったんじゃない。それに知らないだけで俺達以外にもオーガと戦ったヤツは居たことだろう。それを差し置いて俺だけが報酬をもらうなんて、どだい無理な話だ。


「すみません、よろしいですか?俺はあの場所にたまたま居合わせただけの冒険者です。お気持ちは嬉しいのですが、それは身に余る報酬、出来れば辞退させて頂きたい」


「要らぬと申すのか?ならばあの時のように金にするか?そんなに金ばかり貰っても仕方なかろう。

 これから魔族との抗争は激しくなって行くのは目に見えている。だからお前のような優秀な人材が王宮に欲しいのだよ、私の意も汲んではくれぬか?

 爵位と言っても所詮は騎士爵だ、残念ながら特に権力などは与えてやれぬ。少しばかり特別待遇が受けられるだけで気にするほど堅苦しいモノでは無いぞ?」


 欲しい欲しくない以前に俺には受け取る資格が無いと思う。しかも国家の犬にされていいように使われそうだという恐怖もある。


「ふむ、野心が無い奴だな。爵位は不満か?サルグレッドから援助が出るだけで今まで通り冒険者として活動して構わんのだぞ?

 お主はちょっとした特別待遇が得られる、儂の気分も晴れる。良い事しかないのではないか?」


「陛下のお気持ちは大変嬉しく思います。ですが……それでも俺一人で成し遂げた事ではありません」


「あい分かった、いいだろう。ならば今回の戦いに参加したお前の仲間二人にも爵位をやろう。後日王宮に連れてくるといい、それなら良かろう?」


 やはり断りきれないか。仕方ないとはいえ冒険者として今迄通りで良いと言っていた。ならばそこまで頑なになる理由もないか……。


「陛下のお心遣い痛み入ります。そこまで仰っていただけるのであれば、身に余る光栄ではございますが有難く頂戴いたします。

 ですが一つだけ……その時一緒に戦ったユリアーネ・ヴェリットは魔族との戦いで命を落としました。なのでアルファス・ロートレックと俺にだけでお願いします」


「なんと、そうだったか。それならばその者の慰霊金として金貨三千枚を渡そう。これは儂の気持ちだ、儂の懐から出させてもらう。文句は言わせないぞ。

 では腕試しは今日の午後からでも良いか?」


 俺が頷いたことで進行の人が閉幕を告げる。長かった審問会がやっとのことで終った!




 控え室に戻った俺はソファーに倒れこんだ。吐きそうなぐらいの緊張、もう二度とあんな死ぬ程辛い思いはしたくない。


「はははっ、まずはお疲れ様だ。騎士爵か、良かったじゃないか?これで君も貴族の仲間入りだな。すると……モニカを嫁にくれと言われた時に断る理由が無くなってしまったなぁ、わははははっ」


 なんですと!? それは良いのか悪いのか。


 しかし、貴族と言っても権力も財力も無い名ばかりの貴族。そんなの奴に大事な娘を取られてもいいのか?ストライムさんの本心が分からないよ。これも、へばってる俺に気を遣ってくれているだけなのか?


「それで、御前試合は勝てるのか?誰が来るかは分からないが、恐らく近衛の誰かなのは間違いないだろう。自信はあるのかね?」


「なんとも言えませんね。近衛と言われても実力なんて見てみないと分からない。けど負けるつもりなんて更々有りませんよ」


「そうかそうか、ならば勝って来るといい。勝てたらモニカを褒美としてやろう!」


 ちょっ……この人、何言ってるの?酒でも飲んでたっけ?


「モニカは物ではありませんよ。第一、本人の意思確認もしないでそんなこと言っては駄目でしょう」


「今更何を言ってるんだ?景品の為に精々頑張ってくるんだなっ!わははははっ」


 そんな事言ってると本当に貰っちゃうぞ?後で泣いても知らないからな?


 ストライムさんの心意気で緊張していたのも忘れて少し楽になった。本当にこんな気さくな人が義理父なら仲良くやっていけそうだ、な〜んて妄想してみたりもした。


──なんだかモニカの顔が見たくなったよ。



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