第四章 海まで行こう

1.モニカの奮闘

 俺達はアリサが居るという海の町を目指し西へと向かった。一先ずの目標は隣町である〈コリピサ〉、王都からコリピサまでは馬車で四日の距離らしい。


 コレットさんが馬車を操ってくれると言うので遠慮なくお願いして、俺は絶賛 “モニカ補給中” 。貴族令嬢のくせに冒険者として鍛えた太腿は、プニプニで柔らかく、スベスベなのにしっかりと締まっている。つまり、最高だ。

 その最高の太腿を枕にゴロゴロと戯れ付きモニカの匂いを嗅ぐ。頭にはモニカの手が乗せられ優しく撫でてくれるので、至れり尽くせりの最高の状況に昨日、一昨日のストレスが和らいでいく。


「あのですね、貴方はどういう生活してきたのですか?二人だけではなく私も居るというのにゴロゴロイチャイチャと、少しは節度と言うものがありませんの?」


 あぁ……そう言えば居たのね、とは思っても口には出さない。モニカの友達だし、アレクと陛下に託された大事な人だ……一応。

 俺はモニカさえ居てくれたらそれでいいのでハッキリ言って邪魔……いやゴメン、言い過ぎた。ほんの僅かとはいえ俺の心を奪った人だ、もちろんちゃんと接するつもりではいる。


「サラ、ちょっとだけ我慢してよ。お兄ちゃん二日も一人で寂しかったんだから……ねっ?」


 友人の苦情で困った顔をするモニカがサラに弁解してくれる。流石モニカ、優しさが胸に染み渡るぜ。


「はぁ……ねぇ、ティナもそこに加わったら、ちゃんと仲良くやって行けるの?どちらかが私みたいに蔑ろにされたりしないの?」


「う〜ん、なんとかなるでしょ?その時になってみないと分からないよ。それにティナがまだ私達の仲に入るとは決まってないしね」


 いやいやモニカさん、ティナだぞ?オッケーした時点で無理矢理にでも押し入ってくると俺は思ってるよ。

 当の俺がこのままモニカ依存症だと不味いだろうが、少し経てば大丈夫になる……と、思う……きっと……たぶん。



 最高の枕、もといモニカの太腿から身を起こすと、目の前にあった可愛い顔に自分の顔を寄せて唇を重ねる。それを目の当たりにしたサラ王女は目を丸くして顔を赤らめるが、そんなのは放っておいてお仕事だぞ?


「モニカがやる?」


 キョトンとするモニカも実に可愛い。もう一回チュッてしたところでコレットさんから声がかかった。


「レイ様、お客様ですがいかが致しますか?」

「取り敢えず止めてもらっていいかな」


 モニカを連れて御者席へと移る。二人席なのでモニカは俺の膝の上だ。

 するとサラ王女も入り口から顔を覗かせた。まぁ、馬車旅なんて暇なだけだしな、退屈していたのだろう。


「あそこの繁みにエルシュランゲが潜んでいるよ、分かるか?

 魔力を空気に馴染ませて自分の周りに自分のフィールドを作るんだ。そうすると、魔力に触れたモノを感じて何処に何が居るか分かるようになる。いきなりは全部は難しいから、あの繁みの辺りに魔法を発動させるような感じで魔力を流してみて」


 うーんと眉間に皺を寄せながら唸るモニカ。大雑把な説明にもかかわらず正しく魔力が繁みに向かって行っている。もう少しだ、がんばれっ!

 手触りの良いアッシュグレーの髪を撫でながらゆっくりとだが着実に伸びていく彼女の魔力を感じていると、十五分ほどかけてエルシュランゲまで届いたようだった。後はちゃんと感知できるか、だな。


「お兄ちゃん分かった!こ〜れくらいの大きさのおっきな蛇が二匹居るよね?」

「大正解!良く出来ましたっ」


 大きく手を動かし奴の大きさを表現しようとする可愛いモニカにご褒美のキスをあげれば、構ってもらって嬉しそうにする猫のように気持ち良さそうに目を細める。

 繁みに居たエルシュランゲは子供の頃に倒したような化け物級の奴ではなく、もしかしたらまだ幼体なのかもしれない体長三メートルの個体だった。


「大きさまで分かるとはなかなか優秀だな。サボってばかりじゃ駄目だし、後でもっと練習しよう。

 それじゃあ、倒してみようか。こっちには気が付いているみたいだし、アレの皮はお金になるんだよ。何より、もっと大きくなる奴だから放っておくと人にも危害を与えるようになる。

 モニカは魔法が得意だからな、安全にココから倒してしまえばいい。シャロに貰った短剣……えっと、〈シュネージュ〉は使ってみた?」


 首を横に振るので魔法付与のやり方を説明すれば驚くほど呆気なくやってのける。徐々に色濃くなっていく薄い水色をした剣身、モニカの魔法のセンスは恐ろしく感じるほどに素晴らしものだ。魔法良し、器量良し、おまけに容姿も抜群だ。モニカ、最高ぉっ!!

 俺の習熟スピードも異常だったのは自覚があるが、普通は何ヶ月、いや何年も鍛錬を積まないと出来ないことだぞ?


「それは何なのですか?綺麗な短剣ですよね。魔法を使うのに必要が?」


「まぁ見てなよ。モニカ、どう攻める?」


 不思議そうに見守るサラを尻目に少し考えたモニカはシュネージュを掲げる。

 すると、その先に浮かび上がる五メートルはありそうな巨大な水の槍、作った本人もポカーンとしているものだから側から見るとすごく笑えた。


「やっちゃえ!モニカっ」


 すぐに気を取り直したモニカが「うんっ」と答えれば、空中を滑るように飛び出した巨大な水槍。こりゃ、二匹まとめて逝ったな……皮は諦めるとしよう。


 魔法が近付き慌てて逃げようとするものの、その速さからは逃れられずに一匹に命中する。その威力は大きさに比例して素晴らしく、水袋が破裂したかのように音を立てて弾け飛んでしまう……うわぁ、スプラッタ。

 心配になりモニカ顔色を伺うが大してショックを受けた様子もなく平然としていた──後ろから小さな悲鳴が聞こえたけど、たぶん気のせいだろう。


「魔法はコントロールするものだ、イメージを膨らませてごらん。想像出来ることなら全て魔法でも出来る筈だ」


 水と風の魔法をモニカに貰うと、水で出来た小さな蛇を作り出し、操る為に風魔法を付与させた。透明な水の蛇が空中を自由自在に駆け巡ればモニカは「凄い凄い」と、大はしゃぎで喜んでくれた。


「モニカもやってみろよ。槍じゃなく蛇を作った方が動く様子が想像しやすい。大丈夫、モニカなら出来るよ。

 何度も言うが魔法はイメージだ。自分のやりたい事を強く思い描くんだ」


 目を閉じ魔力を練るモニカ、再びシュネージュを掲げると先程の槍に比べて幾分か小さな水で出来た蛇が空中に誕生した。小さいと言っても三メートルぐらいはある。魔力が増幅されすぎて加減が難しいんだな。

 そこに風魔法を付与すればゆっくりとだが空中を動き始め、ぎこちなくも俺達の頭上をグルグルと回り始めた。


「いいよ、その調子。もっとリラックスしてやればいい。力まず、肩の力を抜いて」


 細い肩を揉んでやれば、くすぐったいのか、逃げるような素振りで身体をクネらす。本当はもっとしてやりたかったが今はイチャイチャする時ではない、また誰かさんに節度がどうのと言われては堪らないので仕方なく控える。


「そろそろもう一匹も片付けようか。まだアイツも感知出来ているよな?逃げようとしたら追いかけてやればいい。ちゃんとコントロールしろよ?

さぁ、思いっきり行ってやれっ」


 俺の指示で飛び出していくモニカの水蛇。案の定、先程の魔法で学習したのか回避行動が早くなっていた。だが、それに反応して軌道が修正されれば、ちゃんと追い付いて二度目の爆発が起きる。


「よし、命中ぅ〜。お疲れさん」

「素晴らしいですね。これなら旦那様も奥様も文句は言えません」


 エヘヘと照れるモニカの頭を撫でて中に戻ろうと振り返ればサラ王女が居た……本気で存在を忘れてたぞ、不味い傾向だな。



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