46.王都出立

「さっ、行きますわよ」


 手早くいつもの服を着ればコレットさんが動き出す。もう離さないとばかりに固く繋いだモニカの手引いて階段を登れば、外には一頭の立派な馬に繋がれた黒い小さな馬車が月灯りに照らされていた──これで逃げろというんだな?


「お、来たな。すまんなレイシュア、儂の力ではすぐに出してやれなかった、許してくれ」


 耳を疑うその声は紛れもなく国王陛下……陛下まで俺の脱走に加担してしまっていいのか?


「儂の口から簡単に説明しよう。お前に声をかけたメイドは無事に捕らえた。コンラハム・パチェコという男爵家の長男の差金だったよ。晩餐会でサラに詰め寄っていた所を奴から助けたそうだね、礼を言っておくよ。

 其奴が首謀者なのは間違いないが、君を好ましく思っていなかった五人の貴族が結託して今回の事件を起こしたようだ。残念な事に根回しが良くてな、君をさっさと処刑する動きが見られたので取り急ぎ、逃げてもらう事にしたのだよ」


「君が逃げて時間さえ作れれば覆す事も出来る。少しの間追われる身になるが、それは勘弁して欲しい。レイなら大丈夫だろ?それに最終手段の行使の許可も取ったしな、妹は頼んだよ?」


 機嫌良さげに肩を叩くアレクだが、最終手段ってなんだ?妹をよろしく?それってサラ王女の事だろうけど、頼むって何をだ?


 それを合図に一番後ろに居た、地下牢に入って来た三人の内の残りの一人がフードを外した。

 驚くべきことに中から現れたのはサラ王女、何故王女ともあろう者がわざわざ地下牢なんかに!?目を丸くしたのは当然の反応だろう。


「私も貴方に着いて行きますわ。

王族ってね、結構窮屈なのよ?特別な用事が無いと王都どころか、王宮からも出られないの。

 貴方は私の友人であるモニカとティナ、二人を幸せにすると言った。私はその事実を確認する為に貴方に同行するわ、構わないわよね?

 これでも剣も魔法もそこそこは使えるのよ?足手纏いにはならないはずだわ」


「……と、まぁ、そういう事らしい。頼んだよレイ」


 今の話だとモニカも一緒に行くのか?そりゃ、離れなくていいのなら嬉しいことこの上ないけど……それに加えて王女まで?俺、犯罪者よ?逃亡生活なのよ!なんで!?


 ウインクなんかしてにこやかに言うアレクに対して言葉が出てこず、目を丸くしたまま口だけ パクパク 動かしてしまうという醜態を晒してしまった。




「モニカおいで」


 広げた手の中に飛び込みストライムさんとギュッと抱き合うモニカ、俺と行くとなると暫しの別れになるんだよな。


「本当に行ってしまうのか?私はレイ君との婚約は認めたが家を出るなんて許可した覚えは無いぞ?」

「いまさら何を言ってるの?お父様はちゃんと許可してくれたじゃない。

 王都に出発する前、私がなんて聞いたか覚えてる?「お兄ちゃんに着いて行ってもいい?」って聞いたらお父様、ちゃんと許可したわよね?だから私が今ここにいるのよ?」


 あるのかどうか知らないが、石化の魔法でもかけられたかのようにピシッ!と、固まってしまうストライムさん……やられたな。

 コロコロと笑うケイティアさんはその時から分かっていたようだ、流石はお姉ちゃんのようなお母さん。


 そんなストライムさんの前に立ち誠心誠意を込めて頭を下げた。


「モニカは頂きます。必ず幸せにすると誓います」

「うむ、心配はしておらんが頼んだぞ」


 たかだか半月足らずの時間でそこまで信用してもらえるとは感謝してもしきれない。

 ポンと肩を叩きにこやかな笑顔をくれた、義父となる方に向かい、もう一度頭を下げさせてもらった。


「お母様、行ってきます。お母様も身体に気を付けてね」


「一年に一回くらいは顔を見せてくれると私もお父様も安心感するわ。あと子供は帰って来て産みなさい、それは約束よ?楽しみねぇ、そしたら私、おばぁちゃまねっ!」


 満面の笑みで手を叩き、本気で嬉しそうにするケイティアさん。こんな若いおばぁちゃん、他所には居ないだろうなぁ。



 陛下が手招きするので近付けば、力強く肩を組まれて耳元に口を寄せて来る……なんだ?


「実はな、言いにくい事があるんだ。知っているとは思うが今の王妃であるディアナは後妻でな、サラの母親ではないのだよ。それもあって、サラとはあまり上手く行っておらんのだ。


 ディアナは今、子供を宿しておる。無事に産まれてくるとその子にも当然のように王位継承権が与えられる事は分かるな?

 ウチに限っては無いとは思うが、過去に王位を巡って争いが起きた実例もある。その時になっておかしな考えを起こさなければ良いがと、心配しておるんだよ。


 そういう意味もあってサラを王城から出したいと思っていたんだ。

 本来なら何処ぞの貴族と結婚させて出すのだが、都合の良いことにお前に着いて行くと言い出したんで乗せられてやることにしたんだよ。私事ですまないがサラを頼まれてくれ」


 ニヤリと笑う陛下の顔からはそれが言い訳だと思わされるのに十分な気配がした。結局、娘がやりたい事をやらせたいだけじゃないか……貴族の娘に対する溺愛ぶりはなんなんだ?


「あまり長居するのは良くないな、名残惜しいが旅立ちなさい。お前がベルカイムを拠点にしているのは分かっているから脱獄が公になると王都の南と東は暫くのあいだ検問が行われる。かなり迂回することになるが西からから帰ると良いだろう。

 そうそう、ギルドカードだがな、手配されていても問題無く町に入れるように少々細工してある。サラを頼んだぞ、レイシュア!良き旅を心から願う。さぁ、行くがよい」


 御者席にと思ったらコレットさんに馬車へと押し込められた。どうやら彼女も一緒につもりのようだが……いいの?

 乗り込んだ馬車の中は四つの席が在るだけのシンプルな作りだった。そのかわり、物凄く座り心地の良いフカフカの椅子だと言っておこう。


「サラ」


 馬車の横にある窓を開けばアレクが待っていた。その背後には微笑んで見守るストライムさんにケイティアさん、それに国王陛下。


「サラ、素直になるには勇気が要る。だが恐れてはいけないよ。

 国の事は私が引き受ける。君は君の思うままに生きて……幸せになるんだ。約束だよ?

 もしもシアに会うことがあれば同じことを伝えてくれ。私の幸せは君達が幸せになる事だ。じゃあ、元気でな」


「アレク、お前との約束、果たせなくてすまない」


 約束?と首を傾げるが……お前、自分で言っといてもう忘れたのか?


「あぁ、鍛錬の話か。また此処に顔を出した時に果たしてもらうとするよ。そのかわりと言ってはなんだが、サラの面倒をみてやって欲しい。頼んだよ」


 何度も何度も同じことばかり頼みやがって……そんなに心配ならお前も来い!と、言いたいが次期国王が犯罪者と一緒に居ては不味いどころの騒ぎじゃない。


「魔力は試行回数と使用時間でいくらでも強くなれる、毎日の鍛錬を怠るな。それと、魔法はイメージだ。お前の思い描いた事がそのまま形になる。俺の先生の教えだ、覚えておけよ」


「なるほど、あの方の言葉か。心に留めておくとしよう。次に会った時は私が勝つよ、覚悟しておくといい」


 朗らかな笑顔を浮かべるアレクがコレットさんに頷くと、満を持して馬車が動き出す。

 必ずまた会いに行くがしばらくのお別れ、窓から手を振ると陛下もアレクもヒルヴォネン夫妻も、笑顔で手を振り返してくれた。




 夜間は閉められる内城門。守備を担当していた騎士に何やら渡せば、中を検められる事もなく呆気ないほど簡単に城の外へと出ることができた。後から聞いたがコレットさんが見せていたのは陛下の直筆の通行許可証だったらしい。流石は国家の最高権力者、恐れ入ります。


「本当に良かったのか?まだ戻れるよ?」


 離れていた二日分を取り戻すかのように腕にしがみ付いて肩に頭を預けるモニカ。そんな俺達の様子を眺めていたサラ王女に問いかけてみるが小さく首を振って応える。

 どこか寂しそうな顔をしていたがそれでも俺達と共に行くのだと言う。何がしたいんだか今いち分からないが、頼まれた以上ちゃんと面倒はみるつもりだしキチンと守りもするよ。



 俺という犯罪者を乗せた小さな馬車は何事もないままに西門を通過し、王都の外へと出た。

 ルート自体は決めてないが向かう先はベルカイムの我が家、奇しくもあの占い師の予言通りに西に進むこととなった。その先に居ると言うアリサに会いに行くのも俺にとっては都合が良く、何か作為のようなモノを感じなくもないが、これが運命とやらの導きなのだろうか。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る