43.流石のルミア先生
全力を出しきり過去と決別を果たしたシュリは力尽きて眠ってしまったようだ。
そんな彼女の寝顔が見られたのはほんの数秒で、近寄って手を出して来たララへとその身を預けた。
「やるじゃない。完璧なタイミングで上手く寝かしつけたわね。この分なら今夜のモニカは一人で大丈夫かな?」
突然の話に訳を聞けば彼女が眠りに就いたのは俺の闇魔法なのだというので自分自身で驚いた。
「呆れた……無意識にやってたのね。まぁいいわ、それより貴方にはまだ仕事が残ってるのよ?」
ララの言う通り男達の処分も終わっていなければ村人達の心のケアもまだシュリ一人しか終わっていない。
出来ればこの場にいる者全員に一太刀入れて過去に別れを告げて欲しいとは思っていたが、そんな事は無理だと分かっていたので強要するつもりは無かった。
だが一番手を買って出たシュリが自分達には絶対の存在であった教官の胸を突いた事実は彼女達の心に大きく響いたようで、俺が何も言わずとも十四歳の研修生の一人と、偽物ではないのかと意見をくれた女性が進み出てくれたので、だいぶ前に土魔法の練習で作った剣を十本くらい鞄から取り出して地面へと突き立てた。
「私にも励ましの言葉をください」
剣を手にした研修生がそんな事を言うので、もう一人の女性も緊張した面持ちで剣に手をかけながらも「ん?」と様子を見ている始末。
これはもしやとも思ったが断る訳にもいかずに研修生の背後に回り肩に手を添えると「君なら出来る、過去に別れを告げて来なさい」と耳元で囁くと、力強く頷いて同年代の冒険者など足元にも及ばないスピードで立ち尽くす男に迫ると鮮やかに腕を斬り落とした。
それを見終わった意見をくれた女性も、剣を引き抜き近寄って来るとにこやかな笑顔を向けて来る。
なんだか彼女を縛る鎖など既に無いような気がすると、もしかしたらこの場に居る全ての人を繋ぎ止める鎖などシュリが既に纏めて断ち切って行ったのかもしれないという考えに至る。
その後の展開に想像のついた俺は素直に彼女の背後に回り両腕に手を置きながら耳元で励ましの言葉を囁くと、先程の研修生にも負けない勢いで飛び出して行った。
これも人心を惹きつけると言う
目的が違いませんかと問いたくなるような笑顔を携え順番に訪れる女性達に触れては耳元で勇気を分け与える。するとその女性が振るう剣により教官達の身体が次々と解体されて行く。
そういえばと村人に混ざる子供達が心配になって合間に視線を向けてみるが、最初は共にいた母親の手で目隠しをされていた子供達はいつのまにか居なくなっていたので配慮した親が家へと連れて行ったのだろう。
結局、その場に居た研修生は全員が “決別の儀式” に参加し剣を振るった。八十人居るはずの村人達は把握しきれなかったが、恐らく殆どが参加したのではないだろうか。
途中から儀式を終えた女性による声援が始まり、誰かが一太刀入れる毎に拍手が巻き起こるというお祭りのような騒ぎになったが、結果として彼女達の心が解き放たれればそれで良いだろう。
出来上がった生ゴミは赤い液体を吸い込んだ土と共に、土魔法を使って人の手では掘り返せないくらいの深さまで埋めてしまったのでこの村の浄化の儀式はこれで完了となった。
「レイ様、お疲れ様でした……あの、ありがとうございました」
盛大な拍手で締めて解散すると、昨日この村に訪れた時とは明らかに違う明るい笑顔でそれぞれの家へと散っていく村人達。
それとは別に女性教官の引率する研修生達に続いて館へと戻る途中、事の成り行きを静観し続けたコレットさんが近寄り頭を下げてくる。
胴と離された村長の顔を見つめていたのが気になったが聞くべきか聞かざるべきか迷うところ。結局今は聞かない事にして、地面を向いたまま歩みを止めたコレットさんの腰に手を回した。
「過去に別れは告げられた?」
「私は彼女達のようにこの村に縛られているわけではなく、既に解き放たれた人間です」
──それは嘘だ。
この村にいた頃より更に強くなっているコレットさんならば、手練れの男五人を相手にしても押さえつけられる事など無かっただろう。
一番解放されて欲しい人が未だ捕らわれたままな気がしたが、それは今夜問いただしてみようと決め二人でみんなの後を追った。
▲▼▲▼
「私は便利屋ではないのよ?」
「でも来てくれたって事は脈ありだろ?ルミアだけが頼りなんだ、頼むよ。なっ?」
俺達より少し高い位置に浮かんで腕を組むのは “私の方が立場は上” とアピールしたいからだろうか。目を細めて不機嫌そうな顔はするが、そんな顔とは裏腹に理由まで既に告げてあるのに呼び出しに応えてくれた優しい先生。
館へと戻った俺達は明るく振る舞い始めた研修生達にお茶を淹れてもらい、みんなで遅がけのティータイムとなったのだが、儀式に参加した十八人と女教官二人の話し合いで、この施設で研修を受けた村人達の助けを得てこのままこの施設を運用して行くことが決定された。
そこで問題となるのが護衛メイドとして巣立って行く女の子達。
引き手は数多だろうがどこに行けば良いのかも、どうやって引き渡せば良いのかも分からないので、例え立派に護衛メイドとしての基準を満たしても引き取り先が決まらなければ話にならないのだ。
「それでしたらサルグレッド王国公認の秘密機関にしてしまいましょう」
面倒の全てをアレクに任せれば良いと言うサラの一声に第二王女のお墨付きならばと満場一致で賛成を得ると、じゃあその旨をどうやって伝えるのかと言う話になったのだ。
そこで白羽の矢が立ったのが、頼れる我らのルミア先生。早い話が『王都まで転移よろぴく』という事なのだ。
「サルグレッドまでって簡単に言うけどシャロの家しか行けないわよ?」
「それで良いよ、さっすが先生っ!頼りにしてますっ」
「甘えるんじゃないわよ、これっきりでタクシーなんて二度とやらないわよ?」
「タクシー?何それ?」
自分で言った癖に聞き返されて首を傾げて悩むと、終いには「さぁ?」と言う始末。
「おぃぃっ!!」と突っ込みを入れたのは心の中だけだったが、そんな俺に向けて小さく舌を見せたので口に出さずとも気持ちは伝わったようだ。
床へと手を付けたルミアは、皆の注目を一身に集める中で目を閉じ何かに集中し始める。
どよめきが起きるのも気にせず、何もない空間に開けた穴から四人がけのテーブル程もある大きな紙を取り出すと、もう一つの頼み事であるここの地図を描き始める。
「地脈を読めば地図なんて簡単」
大先生曰くそういう事らしいが、そんな事が出来るのはきっと貴女だけだよとみんなが思ったのは間違いない。
短くて薄っぺらな金属の板とコンパスを片手にサラサラと止まる事なく書き進めること十五分、白紙だったとは思えないほど綺麗に描かれたこの村の所在が記された地図が完成すると「大き過ぎる」と呟いたかと思えば半分程の大きさまで紙が縮むので、席を立ち折り重なるようにして見つめていた二十人の女性達から二度目のどよめきが起きた。
「高いわよ?」
悪戯っぽい笑顔で渡された地図を丸めて鞄に入れると「出世払いでお願い」と笑い返しておいた。
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