42.過去との決別

 施設前に整列した教官と呼ばれる物言わぬ男達と、それに距離を空けて向かい合うのは十二歳から十四歳までの十八人の少女達。

 それとは別に集まっているのは男達の毒牙を受けてはいない、まだ幼い研修生達。


 そんな事をしていれば当然村の人達の目にも触れ何事かと集まって来るが、見た感じ三十歳を少し超えたくらいまでの若い女性と子供しかおらず、一応魔力探知をしてみたが村人全員がここに集まっているのが分かっただけだった。



「ここに集まった人達全員に聞いてほしい。俺はレイシュア・ハーキース、ここにいるサルグレッド王国第二王女であるサラ・エストラーダと婚約を結ぶ者だ。

 この村の村長を名乗る男以下この施設の教官と呼ばれる男達は全員が共謀し、王女であることを知りながらも彼女を含めた俺の仲間達を己の欲望の捌け口にしようとした」



 教官としてこの施設及びこの村を支配していた二十四人の男達は仲間であるはずの女性教官二人をもその支配下に置き、夜な夜な良いように弄んでいたのだと言う。


 コレットさんの話によると昔は一応ながらも選択の自由が有り断る事も可能だったらしいのだが、あの手この手で誘う教官に身体を許す者が殆どだったそうだ。

 だがいつしか、十二歳になる年には “奉仕の訓練” と称して有無を言わさず操を奪われるようになっていたのだとは女性教官が教えてくれた。



「未遂で終わった事件とはいえサルグレッド王国の王女に手をかけようとした罪は重く、それだけで死罪に値する。だがそれだけではなく、俺自身、婚約としてもこの男達を許せないし、許すつもりなど更々ない」



 研修生達によれば、昼間の教育は身になるので嬉しいが教官に虐げられる夜が来るのが憂鬱だったと、十八人全員の話を個別に聴いてくれたアリシアとコレットさんに明かしていたそうだ。


 更に聞けば、この村に住む者は皆、研修期間は終えたものの護衛メイドと認定されずに村に残ることとなった者達で、教官には逆らえないように教育されているので逃げ出すことも出来ないままにこの村に縛られて生活しているとのこと。

 そして奴等の魔の手は研修生だけに留まらず、あの館を出てからも度々呼び出されては毒牙にかけられていたと言うから驚きだ。



「よって、この場で公開処刑を行うが、いままでの恨みを晴らすため一糸報いたいと願う者は名乗りをあげてくれ。

 現在こいつらは俺の魔法により身体の自由が奪われ、動く事は疎か喋ることすら出来ない状態にあるので、縄で縛られていなくとも君達に危害が及ぶことは絶対にないと断言する。

 こいつらの呪縛から自分自身を解き放つ為にも是非、勇気ある一歩を踏み出して欲しい」



「そこにいる村長達は本物なのでしょうか?昨日いきなり現れた貴方がたが王女様の仲間だというのもにわかに信じらないのもありますが、全く動かないその男たちは実は偽物で、私達を粛清する為の罠ではないのかと疑ってしまいます」


 反応の薄い村人達の中、正に意を決したという言葉が相応しい堅い表情をした一人の女性がおずおずと手を挙げ自らの意見をぶつけてくれた。

 その疑問に応えるため、首だけ自由にしてやった村長がそれに気付き、突然下卑た笑いを浮かべて喋り始めたので、村人に騒めきが起こる。


「なぁ、ハーキース卿。俺が居なくなるとこの村が成り立たなくなる。護衛メイドの育成から貴族達へのコネクション、良い人材を見繕ってくれる奴隷商人のパイプまで持つこの俺を殺すのは惜しくないか?護衛メイド育成には時間はかかるが楽に大金が儲かる良い商売だ。

 俺を助けてくれるならこの村の稼ぎの三割はあんたに渡すと約束しよう。何もしないでも金貨何千枚が懐に入るんだぜ?こんな美味しい話は他にないだろう?」


 話は聞いていた筈だが何故か自分は助かる気満々である事に呆れてしまう。

 ここにいる全ての女性達にどのような苦痛を与えて来たのか全く理解しておらず、彼女達の為の育成ではなく自分達の金に替えるの為の道具としてしか見ていない男に静まりかけていた殺意が再び疼き始める。


 半分以上は苛ついたから、それが正直なところだが、村人達の疑惑を晴らす為もあり依然余裕のある村長に笑顔の仮面を被って近付いた。


「グフッ!て、てめぇっ!何しやがる!」


 怒りを込めた拳を腹へと捩じ込むと、身体がくの字形に曲がるので少しやり過ぎた感がしたが、身体の反射とは恐ろしいもので、身体を鍛えていた様子の村長は反射的に腹の筋肉が収縮しダメージを抑えてくれやがるものだからまだまだ余裕があるようだ。


「俺を買収しようって? 舐めてんの?」


 俺の魔法が甘いのかと考えが至り、闇魔法を再度掛け直して身体を動かないようにすると、もう一発腹へと拳を叩き込む。

 再びくの字形に折れ曲がる村長だったが、先程とは違い腹の抵抗がなかったのでやはり俺の闇魔法の腕がまだまだだったようだ。


「はぐっ!く、そ……今回の事件の首謀は俺じゃねぇっ。 分かった三割と言わず五割、いや六割持って行っていい。俺を助けてくれ、なっ?

 コレット!お前からも何か言ってやってくれ!散々面倒をみてやった俺を見殺しにする気か?コレット!!おいっ!聞いて……」


 これ以上は聞く気になれなければ聞く必要も無い。あろうことかコレットさんに助けを求め始めた事に苛立ち口を塞ぐと、自分の欲求を抑えきれずに顔面にも拳を叩き込んだ。



 俯くコレットさんに「ごめん」と心の中で謝ると、いつもなら顔を上げて ニコリ としてくれるのに今日はそんな余裕が無いようだ。


「コレット?村長はコレットって言ったよね?」

「えぇ、確かに私も聞こえたわ」

「似てると思ったらやっぱりあの人はあのコレットなの?」

「うそ、本当に?」


 村人の一部でコレットさんに注目が集まり口々に噂をしているようだ。


 コレットさんがここに居たというのは紛れも無い事実、だとしたら同時期に教育受けた村人もいるはずでなので知り合いが居てもおかしくはない。

 そんなに驚かれるほど有名だったのかとコレットさんの過去に興味があるものの、一先ずそれは置いておこう。



「これが人形なんかじゃなく本物だとは理解してもらえたかと思う。俺がこいつらを処刑すると決めた以上、こいつらの死は絶対だ。今日限りで君達の呪縛は解かれ自由となるだろう。

 君達を捕える鎖であるこの者達を自らの手で斬り捨て、昨日までの過去と決別したいという勇気ある人は居ないか?自由の待つ明日へと自分自身の力で踏み出したいと思う者がいればこの剣を取るがいい。


 もう一度だけ言う、君達が殺らなければ俺が殺るだけだ。こいつらが居なくなる事にはなんら変わりはない。

 勇気ある一歩を踏み出すべき時は今を置いて他には無い! 立ち上がるのは、今だ!」


 手に持っていたのは館に置いてあった誰かの剣。これ見よがしに鞘から引き抜くと、これで殺せとばかりに地面へと突き立てた。



 村人とは違い、アリシアとコレットさんでしてくれた面談の時に研修生達には告知をしていたのだが、考える時間があったとはいえ一番の影響下にあった彼女達には荷が重いだろうとは思っていた。

 だが、意外な事に一番最初に進み出たのは、昨晩俺の世話を焼いてくれた十二歳の少女シュリだ。


 これ以上は見ない方が良いと判断されモニカ、ティナ、エレナに連れられて十一歳以下の研修生達が静かに館へと退場する中、それ以外の集まった全ての人がシュリ一人の動向を固唾を飲んで見守っている。


 唇を噛み締めながら一歩一歩ゆっくりと歩みを進め カタカタ と音がしそうな程に震えた手を伸ばして俺の横に刺さる剣を掴むと目を瞑り、肺にある全ての空気を吐き出したのではないかとも思える大きな大きな深呼吸を一つしてから気合と共に両手で引き抜いた。


 あれだけの戦闘訓練をしていた彼女達にとって訓練用とは違うとはいえそれほど重さに変わりがなく扱いには慣れているだろうが、今まで彼女に課せられてきた鎖の重さからか、持ち上げる事すら叶わず引きずったままに一人の男の前まで行くと、その男を見据えて立ち止まる。


「シュリ、肩の力を抜け。大丈夫、俺が一緒に居てやるから怖くなんかないよ。こいつは君にとって何なのか聞いてもいいかい?」


 俺が両手を置いた肩まで震え出したので『いらんことしたか?』と焦ってしまったが、どうやらそうではないよらしく、一筋の涙が頬を伝うのが目に入ってしまった。


「嫌だって、言ったのに……怖いから止めてって言ったのに! この人のせいで、私は……私はっ!!」


 堰を切ったようにポロポロと流れ始めた涙の雨が両手で力強く握り締める剣へと降り注ぐと、いつしか手の震えは止まっており、重そうだった剣が振り上げられ正眼に構えられる。


「君が自由になれるまであと一歩だ。 残念ながら過去は変える事の出来ないものだけど、この先の人生を楽しく生きていくために過去は過去として心の隅に片付ける必要がある。

 いつまでも過去に縛りつけようとする彼に、今、胸に描いている思いをぶつけて君を苦しめる鎖を断ち切れ」



「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ」



 八年という歳月をかけてゆっくりと掛けられた鎖は相当に頑丈なようで、震えの止まった筈の腕が カタカタ と音を立てて剣をゆらし始める。

 声が届いていないのではないかと言うほどに剣先を見つめたまま動かず息を荒げるシュリの腕をゆっくりとさすり少しでも落ち着かせてやろうと試みてみる。


「何もあいつを殺す必要なんて無い、君があんなやつの命を背負ってやる必要なんて無いんだ。

 腕でも足でも何処でも良い。君が奴に反抗出来ると証明するだけでいいんだ。

 大丈夫、シュリなら出来るよ」


 頭を撫でてやるとそれまでの緊張が嘘のように驚いた顔で振り向く。

 その顔に逆に驚かされてしまったが不安を煽るだけなので顔には出さないように努めてにこやかに頷くと、シュリも笑みを浮かべて頷いてくれるのでもう大丈夫だろう。



「やあぁぁぁあぁあぁぁぁぁっ!!」



 自分を鼓舞する掛け声と共に勇気ある一歩を踏み込み、両手で持った剣を忌まわしき過去へと突き入れると、鈍い音と共に赤い液体が宙を舞った。


 狙ったのかそうでないのかは分からない。結果として男の左胸を突き抜けた剣を伝い、握り締める自分の手へと赤い液体が迫るのから目が離せなかったシュリ。

 もしかしたらその様子が、男から伸ばされた手のように見えていたのかもしれない。


 再び震え始めた彼女の手を赤く染めた液体は、雫となって地面へと滴り落ちて行く。


 静まり返ったその場に ポタポタ と湿った音が響くと同時に不味いと判断して固く握り締められた剣を背後から奪い取る。

 すかさず、目を見開いて凝視したまま固まるシュリの手を水魔法で綺麗に洗い流すと共に、肩を抱いて頬を寄せると「見ろ」と強めに促した。


 彼女の視線がゆっくりと動き、男に移ったのを確認した後、男の死が理解しやすいように俺の持つ剣が首を跳ね飛ばす。

 観客達からどよめきが起こったが今はそんなの無視だ。


「君を縛り付けていた男は、今、俺の手で死んだ。君の手にした自由を奪おうとする者はもう居ないんだよ」


 自由と言う言葉に頬を緩ませたシュリ。だが次の瞬間には目が閉じられ全身の力が失われたようにもたれ掛かって来るので慌てて抱き留めると、既に彼女の意識は無く、安らかな寝顔を見せていた。



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