41.頼りになるお姉さん

「いつまで寝てるつもり!起きなさい!!」


 平手を何度も打ち込まれ意識が戻れば、そこは昨晩泊まった部屋だった。

 鬼気迫る顔で馬乗りになり金の髪を垂らして胸倉に掴みかかるのはリリィ……いやララだ。


「気が付いたわね、一刻を争うわ!仲間が大切ならさっさと起きなさい!!」


「くっ……ララ、ここは?」


「あぁっ!もう!!!!」


 無理矢理上半身を引き起こされ、両足でしっかりと密着しながら頭を胸へと押し付けられるので何が何だか分からないままにサラ達の事が思い出されて ハッ とすると、物凄い勢いで大量の闇の魔力が練られるのが感じられる。


「ララ……」

「黙れ!!!集中しなさいっ!」


 俺の横に転がる教官の一人を目にするとララが俺を助けてくれたのは一目で理解出来る。

 そのララがかつてないほどに切羽詰まった様子であるという事は他のみんなを助けようと動いてくれているのが自ずと見えてくる。


 情けないことに今の俺に出来る事と言えば集中して魔力を提供する事だけ。

 ならばと闇魔力を俺からも練りながらララに全てを託し、その背中へとそっと手を回した。


「なんとか間に合った……と、思う。疲れちゃったわよ、馬鹿」

「ごめん、本当にありがとう」

「お礼はみんなの安否が確かめられてからよ……ねぇ、本当に感謝してるならご褒美くれる?」


 言葉通り本当に疲れた様子で、力の抜けた体を預けて来るララを支えて抱き合っていると耳元でそんな事を囁いて来る。

 今まで一度も甘える事などなかったララが急に見せた弱い姿に驚きはするものの、ララを信用していない訳ではないのにこの目で確かめていない以上みんなの無事が心配でならずソワソワしてそれどころではない。


「何よ……優しくないなぁ。私だって女なのよ?少しくらい優しくしてくれても良いじゃない、馬鹿レイ……もぅいいわ。私の魔力は尽きたから魔力を貸して頂戴。取り敢えずそこにいるジェルフォとライナーツを起こして行くわよ」


 固く縛られた手足のロープを切り、光の魔力でブーストされた浄化の魔法をかければ同じ部屋に居た二人は物の見事に目を覚ます。


「面目ない……」

「ララ様、ありがとうございます」


「毒なんて盛られる危険はいつでもあるわ。安全だと思っている自分の家でもあり得ない話じゃないから、用心するに越した事はない。旅をしてるのならそれくらいの注意は当然でしょ?

 さぁ、下衆な悪党共に裁きを与える時間よ」



△▽



「くそっ!なんなんだこれは……身体が動かねぇ」

「うぉーっ!動けぇ!」


 隣の部屋へ入ればベッドに寝かされ身動きをしないサラの足だけが見えた。

 その前には二人の教官の姿、それを目の当たりにすれば再び沸き起こる殺意に触発され虚無の魔力ニヒリティ・シーラが蠢き始める。



──俺のサラに何してやがる!!!!



 膨れ上がる黒い感情、それと共に【殺せ!殺せ!】と悪魔の囁きが渦を巻きはらわたを煮えくり返らせる。

 見えている景色は色を失い、全身の感覚すらも麻痺してしまったかのように分からなくなる。今の俺を支配するのは殺意のみ。ただただ目の前で固まる男達を八つ裂きにしたい衝動だけが身体を駆け巡っていた。



「レイ、まだ駄目よ。少しだけ我慢しなさい」

 


 全てが黒く塗り潰された世界に二人の男だけが存在していた。壁も床も全てが闇に包まれる憎しみに包まれた空間、そんな場所に差し込む一条の光。

 はたと我に返れば肩に置かれた手の感触。振り向けば強い眼差しの薔薇色の瞳が俺を見つめている。


「ララ……」

「……まだ、よ?」


 大きく吐き出した息に、内に渦巻く黒い感情を織り混ぜ外へと出す。全てが吐き出せるわけではないが、我を失う寸前だった危機的状況は改善され、多少なりとも落ち着きを取り戻す事ができた。

 ララの助けが無ければ五百年の時を越えて助言してくれたアベラートの存在そのものが無駄になるところだった。彼女には感謝しても仕切れない。


 闇魔法で体の自由を奪われピクリとも動けずにいる二人の体を操りベッドの前から退けると、まだ何もされていないサラの無事な姿が見えて思わず安堵の溜息が漏れる。

 一刻を争うと言ったのはこういう事かと改めて感謝すると「起こし方は分かったよね?」とピタリと寄り添う横から薔薇色の瞳が訴えかけてくる。


「おいっ!てめぇ!俺達に何をしやがったんだ!」

「早くこれを解け!殺すぞ、てめぇ!!」


 今頃になって気が付いたが、ずっと喚き散らしていただろう五月蝿い教官達の口を更なる闇魔法で動かなくして静かにさせると、すぐそこにある腰を抱いて引き寄せ、細い顎へ手を伸ばして少し上を向かせる。


「あ……」


 ゆっくりと顔を近付けるが嫌がる素振りは無い。どんなつもりで言ったのかは分からないが、これは感謝の意を告げる俺の最大限の行為。

 目を閉じ “ご褒美” を待つララとゆっくり唇を重ねた。身体はリリィなのに心はララ、不思議な感じはしつつも今はララの為に口付けをしている。


「何のキス?」

「サラを危機から救ってくれたお礼だよ」

「じゃあ、あと五回はしてもらえるわね」


 唇に指を当てて悪戯っぽく言う姿に可愛いと思うが身体はリリィのモノなのだ。


「ばーか、みんな纏めて一回だよ」

「ちぇっ」


 お尻で手を組んで拗ねたフリをするララから離れると、サラの横たわるベッドに座り、光魔法でブーストされた浄化の魔法をかけて手足を縛るロープを切ると痛々しいほどに赤くなってしまっているのが目に付く。


「お目覚めですか?お姫様」


 目を開いたサラは飛び起きると自分の体に異変がない事を確かめながら目の端に涙を浮かべて力強く抱きついて来る。

 俺がもっとしっかりしていればと心の中で謝罪をしつつ少し強めに抱きしめ頭を撫でてやる。


「怖かった……レイ、怖かったよぉ」

「ごめんな、もう大丈夫だから」


 この屋敷に居る男は村長を含めてララが闇魔法で身動きが取れないように縛ってくれたので、そのまま彼女が落ち着くまで待つことにした。

 すると意外にも、すぐに自分から身を離して「みんなは?」と不安気な顔をする。


 自分が大変な時でも皆の心配をしてくれるサラに感謝しつつもう一度キスをすると、安心を与えるために笑顔を向けた。


「サラが一番手だ。ララのお陰で何もされてないはずだから、落ち着いたのならみんなの無事を確かめに行こう」


 力強く頷いたサラも引き連れ順番に扉を開けて行けば、ティナ、モニカの部屋にも教官が二人ずついやがったのだが、エレナとアリシアの部屋にはそれぞれ五人もいたのは非常に珍しい白ウサギという事からだろう。

 驚く事に年端もいかない雪まで餌食になるところだったようで二人の教官が部屋におり、先に連れ出されたコレットさんに至っては本当に危ないところだったようで、泊まった部屋とは別の広い部屋で村長を含めた五人の教官に押さえつけられているところで魔法が働き間一髪だったと、部屋に行った時には膝を抱えて布団に包まっていた彼女自身が告げて来た。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る