6.三文芝居

 彼の剣が芝に横たわった直後、殺意もなければ敵意も感じられないが確かに攻撃される予兆を感じて咄嗟に風壁を作った。その途端、音もなく襲い来る鋭い光。

 魔法の発動速度を優先して強度がそれほど無かったのもあるが『雷撃?』と思った時には風壁の中心付近から全体へと稲妻が走り、風壁を構築していた風の魔力が分解された直後に黒い塊が突き抜けて来る。咄嗟に左手を刀身に添え盾にすれば、金属同士がぶつかり合う衝撃が伝わり思わず驚いて目を見開く。

 白い手に嵌められた黒い手套の手の甲には黄色い石があり、その周りに飾られた六枚の羽が仄かな光を放っているのを見ながら拳の勢いに逆らわず背後へ飛ばされると十メートルほど退がったところで体勢を整え直した。


「どういうつもりだよ」


 ミカエラから貰ったケイリスフェラシオンという名の手套は魔力を通すと硬くなるとは言っていたが指は出たままなのだ。いくら向こうから仕掛けて来たからと言っても自分の婚約者の拳を刀で受けるというのは思い出しただけでも ゾッ とする。


「レイに一撃入れればエレナはここに置いて行くんでしょ?この子の熱い想いに心打たれた優しいティナさんは、ちょ〜〜っとばかり手助けをしたくなっただけよ、いけない?

 まぁ本音言えばぁ、一人減ればそれだけ順番が早く回って来るって算段なんだけどね〜。貴方への愛故の行動よ、ダーリン」


 開いた左手をゆっくりと突き出し、薬指に嵌った指輪をこれ見よがしに見せつけてからキスをすると、大事そうに抱きしめて微笑んだ。

 その様子を間近で見ていたローランドはハッとすると、俺達を見守っていたエレナを振り返り愕然としている。ティナはこの時、彼が思っているのとは違う意味でエレナは既に俺のモノだと気付かせる為にワザとらしい演出をしたのだろう。


「ちょっとちょっとぉ、ティナさん?私が要らない子みたいな言い方止めてもらえますかぁ?」


 エレナに振り返ったティナが不敵な笑いを浮かべながら力強く拳を打ち合わせると キンキンッ と甲高い金属音が鳴り響き、左手でガッツポーズを決めると全身に小さな稲妻が走る。彼女自身のたゆまぬ努力の成果なのだろう、どうやらたった何日かの間に貰い物の雷魔法もだいぶ身体に馴染み、自分の意思で使いこなせるようになってきたようだ。


「エレナ、今までありがとう。レイの事は私に任せて貴女はローランド君とこの屋敷で暮らしなさい、さよならっ」


「えぇ〜っ!?そんな……ティナさ〜んっ!冗談でもちょっと酷くありませんかぁ?」


 半泣きに近いエレナの言葉を聞き終えるとクスリと笑ったティナは雷魔法で強化した脚で地面を蹴った。タッという軽い音と共に千切れた芝生が宙を舞ったとき、ティナの姿は既にそこには無い。


「うぉっ!」


 二度も自分の婚約者を斬ってしまうかもというヒヤリとした思いを味わいたくはなかったので、手にしていた朔羅を咄嗟に返すとティナの拳が朔羅の背に当たり激しい金属音を響かせる。

 だが不意打ちだった先程とは違い今度は気合いの入り方が違うようでそこで止まることは無く、俺の目でもギリギリ見えるかというほどのスピードで次々と拳と蹴りが襲いかかってくる。


「なんだティナ、剣は辞めたのか?」


「ハッ!セイッ!やぁぁっ!」


 元々体術を習っていたかと思うほどのキレの良い動きと流れるような拳の猛襲、関心しつつも紙一重で全て躱していれば技と呼べるほどには洗練されていないのがすぐに分かってしまう。

 剣よりもリーチが短い分、身のこなしが大変になるが雷魔法で身体強化出来るティナならばそれも問題無いのかもしれない。自己流で、しかもたった数日でここまで動けるのなら、誰か良い師匠に教えを受けることが出来れば上達も早いだろう。ただ、剣と魔法の併用が戦闘スタイルの主流なので、わざわざリーチの短い格闘を専門にした人などいるのかという問題はある。



 リズムよく連続で放たれた拳を躱せば次に来た足払いもギリギリ躱せる程度の軽いバックステップで避けた直後に火球が飛んで来る。

 今までに無い攻撃パターンに『いいぞ』とほくそ笑んだが、その時ティナの居た方向からティナとは違う魔力を感じ、これが目眩しなのだとようやく気付く。


 小さな風壁を作り火球を防ぐと、予想通り視界を塞ぐように爆発しやがった。その爆炎を突き抜けて現れた一匹の水蛇を、風の魔力を纏わせた朔羅で斬り裂くと、お返しに二十程の氷の粒を撃ち返してやる。


「うわっと!」


 水壁を張りつつ慌てた様子で横に逃げる姿に笑いが込み上げるが、その判断は正しく、いくつかの氷弾は即席の水壁を突き抜けると、今しがたモニカが居た場所を通過していく。


「良い判断だモニカ」


「次は手加減無しで行くよぉっ!夫は妻の幸せの為に努力を惜しんだら駄目なのよ?私の幸せの為に大人しく一撃受けてよね、お兄ちゃんっ」


「そっ、そんなぁモニカさんまで……」


 口では加減しないとか言っているが、サラと手を繋いだ雪が俺達がじゃれ合う様子を眺めている時点で本気とは程遠い。ティナと二人、顔を合わせて笑い合うと、青い光を放っていないシュレーゼを掲げたモニカの周りに無数の水球が浮かび上がる。

 だが、それとは別の方向からも水の魔力が湧き起こり、俺に向かって飛んで来た。


 珍しく俺達の遊びに参加してきた事に嬉しく思いつつも『三対一かよっ!』と胸の内で突っ込みを入れると、彼女達に倣ってちょっとした演出を実演することにした。


「うぉぉぉっ!」


 ワザとらしく両手に拳を作り、力を込めているかのように脇を締めて肘を曲げると、足元に俺を中心とした炎の円が描かれる。急激に回転を始めた炎が勢いよく立ち上がり俺を包み隠すと、コレットさんの放った水弾をことごとく蒸発させた。

 サラの魔法のパクリだが怒ってますよと見せかけるのにはカッコ良すぎる魔法だろう。当然サラの魔法とは違い外側は熱く燃えたぎるように、内側は常温のまま熱くならないように調整はしてあるので、自分の魔法で火傷をするなんて醜態は晒さない。


 空へと立ち昇る炎に遮られ向こう側から見えない今のうちに鞄からハリセンを取り出すと、悪党のような不敵な笑いを浮かべて炎が消えるのを待った。


「ティナ様の提案、とても素敵ですね。不躾ながら私もお手伝いさせていただきますわ。レイ様、私の欲望の為に覚悟してくだいませ。そしてエレナ様、ローランド様とお幸せに」


「ちょっとぉ〜?コレットさんまでそんな事言っちゃうんですかぁ?私、一言もここに残りたいなんて言ってませんよね?ね、ねぇ?皆さん聞いてますぅ?私の事なのに私を無視するとか酷くないですか!?ねぇねぇねぇってばぁ〜」


 既に冗談なのか本気で言われているのか分からなくなってきたエレナは大量の冷や汗をかきながら、力無く倒れた長い耳を振り回しながら右へ左へと顔を向けあたふたしている。



 渦巻いていた炎が足元から消えて行くと俺の持つハリセンが目に入り、モニカとティナは不味いと悟ったのか「げっ」という声の聞こえそうな顔で頬を引きつらせたので、更に後悔を煽るべく手のひらにハリセンを叩きつけ パンッ と小気味良い音を鳴らしてやった。


「順番が何だって?みんなで仲良くするって約束したはずだよなぁ?んん〜?約束破ろうとする悪い子はお仕置きだっ。全力で尻を叩きに行ってやるから、一撃入れれるものなら入れてみろよ。ただ〜しっ!ローランドとの約束は彼のみ有効だ。一撃入れようが入れまいがエレナは俺のモノのままだっ、残念だったな。分かったらさっさと尻を出せっ!」


 俺の全力の演技にピクリとも反応しなかったコレットさんはと言うと、ハリセンを目にした途端に頬に手を当ててうっとりとした謎の表情を浮かべ心ここに在らずといった感じになられたので、たぶん、きっと、間違いなく、イケナイ妄想をしてるのだと思う……「そういうプレイもいいかもしれないわ」などと聞こえた気もしたがきっと俺の空耳だろう…………きっと!


「ティナが言い出したんだからティナが先よね?」

「ちょっと!手を……手を早く離しなさいよっ。逃げられなくなるじゃない!?」

「言い出しっぺが一人だけ逃げようとかズルくない?」

「そんな事知らないわよっ!身体強化すら出来ない貴女が悪いんでしょ!お尻叩かれるのはモニカに譲ってあげるからさっさと行って来なさいっ」

「私はそういう趣味はないからティナが行きなさいって言ってるじゃないっ。ほらっ、お兄ちゃん、ティナ捕まえておいたよっ」

「あっ!コラっ!親友を売る気!?私だってそんな趣味ないわよ!!自分だけゴマすって助かろうなんて酷くない?」


 脚に小さな稲妻を走らせて本気で逃げる準備万端のティナの手を掴み、そうはさせじと両手両足を踏ん張っているモニカ。

 口角を吊り上げ精一杯の悪党面をし、ゆっくりとした間隔でハリセンを鳴らしながら既に遊び心の無くなった二人に近付いて行くと、俺の迫真の演技の甲斐もあって怯えた表情でどっちが先かと押し付け合いを始める。どうせ叩かれるのなら順番など関係ないと思うんだけどなっ。やべぇ……ちょっと楽しくなってきたよ。


「ティ〜ナ〜、雷魔法で身体強化したからといって俺から逃げ切れるとでも思ったのか?雷魔法で反応速度をあげても肝心の筋肉が弱ければスピードは知れてるんだよっ。分かったら火魔法の練習も一緒に頑張るんだな!」


「分かった、頑張るっ!頑張るからソレは止めよう?ねっ?ほらっ、今から修練なんてしちゃおうかなっ!そんなのでお尻叩かれたら痛くて集中出来なくなっちゃうじゃない?ねっ?ねぇっ!?」


 ハリセンとは痛みを与える為の武器ではなく、叩かれたという行為そのものを意識させる為の物だ。よって痛みは少ないし、それくらいで集中出来なくなるようでは実戦では使い物にならない。


「モ〜ニカァ、ティナを逃さなかったのは褒めてやるけど、それは逃げ切れない自分と道連れにする為の作戦に他ならないよなぁ?それは仲良くしてるとは言わないぞぉ?よって、お仕置きだぁ!」


「ひぇぇぇぇっ……」


 二人の前、二メートルの所まで来ると二人共が観念したのか、仲良く抱き合って首をブンブンと横に振っているが楽して堪らなくなってしまったのでハリセンは確定事項だ。

 最後にもう一度ハリセンを自分の手のひらに叩き付けて恐怖を煽ると、雷魔法で強化したティナの動きよりも更に早い俺の全速力でそれぞれの背後に回り込み、可愛いお尻へとハリセンを叩き込んだ。



「「いったーーーーーーーーいっ!!!!」」



 二人の周りをグルリと廻る形で元の位置に戻ると、それほど痛くない筈のお尻を押さえながら兎のように ぴょんぴょん 跳ねて叫ぶ二人の笑える様子に満足したところで「出遅れて良かった」とサラの呟きが聞こえてきた。



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