17.結婚の儀

 昨日受けた依頼を急いで終わらせ午後からの予定を空けると、その足でとある服屋へと向かう。

 その服屋さんはちょっと変わっていて、服の貸し出しをしてくれるらしい。


 自分が借りた衣装に着替えるとユリアーネが出てくるのを今か今かと ソワソワ しながら待つ。


 よく物語では部屋の中を行ったり来たりするシーンが描かれるが、それを体現している自分に気が付き苦笑いを浮かべた。

 そんな折に聞こえたドアノブの回る音、期待に胸が膨らみ首が痛くなるほどのスピードで扉へと向き直る。抑えられない胸の高鳴り、自分の鼓動がうるさいと感じたのは初めてだ。


 焦らすようにゆっくりと開く扉、だが現れたのは店の人だった。

 部屋に入り、扉を押さえるその女性。するとその後ろに隠れていた純白のドレスに身を包んだユリアーネの姿が飛び込んでくる。


 脱ぎかけのように肩紐を二の腕まで下ろしたようなデザイン、晒される肩と鎖骨とが艶かしくも美しく、脱がせたい欲望がここぞとばかりに『出番?』と顔を覗かせるが、今はその時ではない。


 コルセットで整えられ一段と大きく感じる胸、普段より更に細く締め上げられた腰、そこから広がる半円状のスカートは目の細かいレースを幾重にも重ねて作られており、光沢のある生地が フワフワ と揺れる様は上半身に散りばめられたスパンコールと相まってあたかも本物の妖精のよう。

 陽の光を受けて輝くティアラを留め具にしてレース製のベールが顔へと垂れ下がり、その奥で嬉しそうに、でも少し恥ずかしそうに俺を見るユリアーネはこのまま時を止めて取っておきたいぐらい綺麗で美しかった。


「凄く素敵だよ、ますます惚れちゃう」

「そんなぁ……」


 赤くなった頬を両手で挟み身体を揺すって恥ずかしがってみせる、そんな姿を見せつけられればどんな男とてイチコロだろう。当然のように俺の心も鷲掴みにされていた。




 ユリアーネの手を取りエスコートしながらドレスを踏まないようにゆっくりと歩く。

 先導してくれる店員さんの向かう先はすぐ隣にある教会。そこには当然、一般の人も祈りを捧げるために来ていたがそんなのは御構い無しだ。


 昼間ということもあり、居合わせたそこまで多くはない人達の注目を浴びつつ女神像が鎮座する祭壇へと続く中央通路を並んで歩く。

 時折、ユリアーネの持つ小さなブーケからフワリと甘い匂いが漂ってくる。白いユリのブーケは純潔を意味するらしく花嫁が持つのに相応しいらしい。 ユリアーネという名前もユリの花から付けられたと聞いた時、一も二もなくそのブーケに決めたのだ。


 祭壇の前で待つ神父さん、店の人が連絡してくれているはずなので俺達の結婚の立会人となってくれる。


「新郎、レイシュア・ハーキース。

汝は隣に立つユリアーネ・ヴェリットを妻とし、いついかなる時も守り、愛を貫くと誓いますか?」


「誓います」


「新婦ユリアーネ・ヴェリット。

汝は隣に立つレイシュア・ハーキースを夫とし、いついかなる時も支え、愛を貫くと誓いますか?」


「誓います」


「二人のこれからの長い人生、様々な困難が待ち受けていることでしょう。二人で手を取り合って協力し、困難を乗り越え、幸せな家庭を築いていくことを女神エルシィの御前に誓いますか?」


「「誓います」」


「ではその証として、誓いの口付けを女神エルシィへと捧げて下さい」


 教会中を見渡す大きな女神像の元、二人で向かい合い、顔に掛かるベールをそっと持ち上げ後ろへ流す。

 少し恥ずかしそうに、でも幸せそうに、微笑むユリアーネの瞳には強い意志が宿っていた。


 俺はこれで正式にユリアーネと結婚する。神父さんの言われた通り困難なんて沢山あるだろう。でもきっと、ユリアーネと二人なら乗り越えていける、いや、乗り越えてみせる。

 俺はユリアーネを守ると決めた。それは何があっても必ずだ。その為にはどんな努力でも惜しまないと今ここに誓う。


 困難なんて全てぶち破ってやる!

 俺は、ユリアーネと幸せに生きて行くんだ!


「ユリアーネ、愛してるよ」


 一歩近付き、肩に手を置く。すると、琥珀色の瞳に俺だけを写すユリアーネは小さく頷いた。


「私も愛してるわ、レイシュア」


 女神エルシィに見守られてする誓いの口付け、そこにあるのはただの彫刻の筈なのに暖かなモノに包み込まれるような、本当に見守られているのではないかとさえ錯覚する不思議な感じ。

 何度も交わしたキスなのに、あまりの心地良さからなかなか離れる気にならなかった。


「…………ゴホンっ!」


 永遠にこの時が止まれば良いのにとさえ思った。だが、本当に止まってしまったらユリアーネの唇にしか触れていられない、そんなのは駄目だ。

 柔らかな頬に、しなやかな背中に、吸い付くような肌に、包み込んでくれる胸に、ユリアーネの全てを全身で味わいたいんだ!


 名残惜しくも唇を離すと二人で微笑みあった。

神父さんが呆れたように見ていた気がしたが気のせいだと思っておこう。


「汝らは女神エルシィの名において夫婦となった事をここに認めます。二人のこれからの人生に沢山の幸福が訪れるよう女神様も見守ってくださることでしょう。もしも困難に負けそうになることがあれば今日という日を思い出してください。あなた方は強い絆で結ばれています、何者にも負けない強い絆で。

 これにて結婚の儀を終わります、どうか末永くお幸せに」


 背後から送られる拍手。予期せぬ事態にびっくりして振り向けば、居合わせた人々が集まっていた。見知らぬ人なのに嬉しそうな視線を向けられると、なんだかこっちまで幸せな気分にさせられる。

 俺達は冒険者としてこの人達が平和に暮らせるように戦ってきたのだと改めて認識させられた。こんなに暖かい人達のためならもっと頑張らないと、だな。


 二人でお辞儀をして感謝の意を示すと、突然後ろを向いたユリアーネ。何かと思った次の瞬間、彼女の手にする白ユリのブーケが天井高く放り投げられた。



「「「「キャーーーーーッ!!」」」」



 放物線を描いたブーケが黄色い歓声の中へ落ちていくと、一人の女性の手にスッポリと収まる。するとまた拍手が起こり、ブーケを手にした女性がキャーキャーと勢い良く飛び跳ね嬉しそうにしていた。

 聞けばあれはブーケトスという儀式、花嫁が後ろ手に投げたブーケをキャッチ出来た女性は次の結婚の儀の主催者、つまり花嫁になれるというジンクスがあるらしい。

 幸せのお裾分けって事だな。あの人、幸せになれるといいな。




 拍手で見送られて教会を出ると、元の服に着替えるために隣の服屋へと戻る。ユリアーネには綺麗なドレス姿でいて欲しかったが、さすがにアレを着たままで生活するわけにもゆくまい。


「また結婚式すればぁ着られるよぉ?」


 悪戯っぽく言われたが、その為にやるような軽いモノではないことは百も承知。渋々諦め、目に焼き付けておこうとガン見していれば、ちょっとばかり度が過ぎたらしく「怖いよぉ?」と退かれて地味にショックを受けた。


「おまたせぇ」


 着替えを終えたユリアーネはいつもの白いワンピース。この服も可愛いし、ユリアーネによく似合っているんだけど……たまには特別な格好も、いいよね?


 結婚後初めての夕食は昨日に引き続き豪華な食事。部屋に戻ると二人でお風呂に入り新婚初夜の甘いひと時を満喫した。


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