12.はかりごと

 一通りの説明を終えてサラから解放されたのは昼近く。山一つ向こうは海だと言うので何処のご飯屋さんも魚料理が多いらしく、それならばと魚を食べる事にした。


 『特大』という見出しに四人で分けて食べようと頼んだまでは良かったのだが、やってきたのはよく焼けたなと感心するほどデカい魚。切られることなく焼き目が付くのは美味しそうな匂い漂う六十センチの魚体。まさに広告通りではあったものの居合わせた客を含めた全員をビックリさせるパンチ力には恐れ入った。

 それを四人で突ついて食べたのだが、俺が得意げに箸の使い方をサラに教えたのは割愛しておこう。


「こういう食べ方は初めてですけど、こういうものなのだと割り切ってます。私は王宮の外の事は殆ど知らないのでなるべく受け入れるつもりですのでお気になさらず」


 お上品な宮廷料理を毎日食べていたはずのサラが大皿を寄ってたかって食べるのには抵抗あるはず、そう思い聞いてみたのだが、彼女なりにこの旅に慣れようとしているのだと感心した。

 自らの意志で付いてきた本物のお姫様。陛下やアレクはサラの気持ちが俺に傾いていると言ったが、モニカやティナの事を聞いて尚『婚約』という最終手段まで使ってくれたということは、半疑だった彼女の気持ちが本物だと結論付ける大きな要因に値する。


 しかし、彼女自身の口からは何も告げられていない。


「たまにはお酒でも飲みに行きませんか?私もメイドではなく仲間として扱っていただけるのなら、こういう時くらい羽目を外しておきたいなぁなんて思ったりしたんですが、どうですか?」


 ティナーラの町を散々楽しんだ後での珍しい一言、普段は意見を言わないコレットさんの珍しい提案だった。

 もちろん異論などあるはずもなく、サラとモニカも行ったことのない世界にノリノリのご様子。それじゃあと例によって少しお高めの個室のある店に夜ご飯を兼ねて向かったのだが、アルコールとは心の壁を難なく溶かすモノだと知ったのは後の祭りだった。




「っでぇさぁ〜ぁ、お兄ちゃんったら酷いのよぉ?覚悟決めて行ったのにぃ『そういうのは好きな男にしてもらえ』とか酷くなぁぃ?

 好きだからぁ、なけなしの勇気を振り絞ったのにさぁ〜ぁ〜、酷すぎだよぉ。ねぇ〜?サラもそう思うでしょぉ?思うよねぇ?」


「そんなの貴女の魅力が足りないだけでしょぉ?なっさけないわねぇ。私ならきっとバンッて押し倒してブチュ〜〜って行っちゃうわよぉ。あはははははっ、まぁあ?そんな相手が居ませんけどぉ?

 なんかさぁ婚約したって知ってるのにぃ、なーーんっにもっアプローチとかして来ない男ってぇどぉなのぉ?これってさぁぁ?なんか私が無理矢理押し付けたみたいじゃん〜ん?ねぇどうなの?貴女はどう思ぅぅう?」


 最初は良かったんだ……取り敢えずエールを頼んで飲ませたけどやはり口に合わなかったようで、リリィみたいに甘い果実酒にしたらあれよあれよとジュースのように次から次へと飲み始めたのさ。すると女二人で愚痴大会の開催だよ。

 当の本人を目の前にしてそういうのは止めて欲しいなぁなんて思ってたりしたんだけど、今ここでそれを言うと確実に喰い殺されるのが目に見えているので、二人に存在を感じさせないようにひっそりと一人で呑んでいるわけです。


 あぁ、言い出しっぺのもう一方ですか?最初はサラの隣に座ってたんですけど、モニカと入れ替わって今は俺の隣で弄られる俺を肴にワインを呑んでいらっしゃいます。

 何がそう駆り立てるのか分かりませんが既に蛇に睨まれた蛙の状態、捕食者の目をして俺を舐め回しているところですね、はい。


「ねぇレイ様。レイ様は私の事、どう思ってらっしゃるのかしら?」


 今まで壁に背を預けて間が開いていた筈なのに、気配すら察知させずに距離を詰めて俺の肩にしだれかかる……この人やっぱり何者!?


「ど、どうって……し、しっかりしてて頼りになるお姉ちゃん、かなぁなんて……」

「ふふふっ、そぉ……」


 顎を撫でた人差し指は喉を通って胸を駆け抜け、腹を通り過ぎて太腿へと着地する。

 にこやかに細められた目、三日月のように歪んだ口、恍惚とした表情はそれだけで情欲を掻き立てる。


「ねぇモニカぁ、コレットがエッチなことしてるよぉ。いいなぁアレ、私もしてみたいなぁ、なぁんてねっ!あぁっ!?モニカぁ貴女可愛いわねぇ。うふふっ、ちょっと触っても良いよねぇ?ねぇえ、良いでしょぅ?」


 首元に唇を這わせながらモニカの胸を撫でるように揉み始めたサラ──馬鹿っ、ちょっと待て!それは俺のだ!

 恥ずかしそうにしながらもされるがままのモニカからは、俺だけが聞く事を許されているはずの甘い吐息が漏れている。ストップだストップ!!

なんなんだこれは!?


「もう帰るよ!明日も早いんだし、はいっお終いお終い。ほらっ二人共立って!」


 これ以上ココにいては駄目だと判断し、強制的に終了させようとモニカを引っ張り起こしサラも立たせて店から連れ出した。

 宿までの道のり、フラフラとした足取りの二人の肩を担いでどうにか歩いていれば「お兄ちゃんもっと……」とか「私の胸はお気に召して?」とか不穏な言葉が聞こえていたが全部無視して宿へと急いだ。


 宿に着いたは良いが既に半分寝ている二人は階段を登れない。仕方なしにモニカを座らせると、不敵な視線を俺に浴びせてくるもののまだましであったコレットさんに見張りを頼んでサラから部屋へと運ぶことにした。


 ベッドに転がすと既にスースーと寝息を立てているサラ。白いシーツに広がる艶やかな銀色の髪と無防備な寝顔を見ているとメッチャ可愛いなぁとしみじみ思う。

 布団をかけ、おやすみのキスをオデコにすると部屋を後にした。


 急いで二人の待つ一階へと戻り、モニカを受け取りお姫様抱っこで階段に向か……おうとしたら手を掴まれた!

 力無い拘束に『なに?』と視線を向ければ机に突っ伏す白髪の美女──えぇ!?コレットさんもダウン?


「すぐ来るから少しだけ待ってて」


 一人にするのは心配だったが仕方なくモニカを俺の部屋に寝かせると急いでコレットさんの所に戻った。いくら高級宿と言えども酔っ払いの女性を放置するのは危険過ぎる。


「大丈夫?コレットさんも呑むとこんなになるの?」

「ごめんなさいね、ちょっと調子に乗りすぎたみたい」


 いくら仲間だと言ってもメイドとして常に働いていたのだからその癖が抜けずに気を遣ってしまうのだろう。今日は久しぶりに仕事を忘れて楽しんでくれたという事だな。それを嬉しく思いコレットさんを抱き上げると階段を登り部屋へと運ぶ。

 どうやら個別で取ってたらしきコレットさんの一人部屋、ベッドに降ろせば首へと手が回され唇を塞がれた。口に侵入してくるコレットさんの舌、求めてられて激しく絡み合えば、それだけで興奮した彼女から甘い吐息が溢れ出す。


 顔を離した彼女は満足したのかと思いきや、脚をかけてベッドに引きずり込むと同時に体勢を入れ替え、馬乗りになり両腕を膝で押さえてしまう。

 実に鮮やかな身のこなし、呆気にとられたがこのままでは駄目だと抵抗を試みるものの、軽い筈の彼女に完璧に抑えられて僅かたりとも身動きが取れなかった。


「レイ様、最近ずっとしてくれないから私、欲求不満なのよ?たまには……ね?」


 捲り上げられるスカートに奪われる視線、それは男としての本能が故だろう。俺の胸に押しつけられた下着は局部的に色が変わっており、彼女の身体の欲求を訴えていた。


「今日はお嬢様は寝てしまったのでしょう?そういう時くらい私の相手もしてくださいな」


 確かに酔い潰れたモニカは寝てしまっている。コレットさんもやる気満々のご様子、狙いを澄ました狼からは逃れられる筈がない。


 いや、待てよ?今朝サラはコレットさんと相部屋で良いと言っていたのに、なんで今日も別々のままなんだ?

 それに『飲みに行きたい』と誘ったのは彼女だ。まさか……


 思考を詠みとり、目を細めて小指を噛むコレットさん。胸を強調するがの如く恍惚とした表情で揉みしだき、小刻みに腰を前後させて秘部を擦り付ける淫靡な姿が俺の考えを肯定していた。

 彼女も俺を求める者の一人だ。ただ求めるものが人とは異なり、心は必要とせずに身体だけを欲しているというだけのこと。ならば彼女の要求にも答えてあげなければならない。


 モニカの要求ばかり受け付けるのは俺を想ってくれる彼女に失礼だと自分自身を納得させると同時に腕を抑えていた膝が緩められる。

 解放された手をしなやかな太腿に這わすとピクリと反応がある。そのまま尻を通り抜け背中に回すと、寄ってきた唇に俺の方からキスをした。



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