13.それぞれの想い

「お兄ちゃん、おはよう」


 不機嫌さの垣間見えるモニカがコレットさんの部屋で眠る俺を起こしにきた。横になる俺に視線を合わせてベッドの脇にしゃがみ込み、ジトーっと見つめてくる視線が痛い。


「お、おはよう。よく眠れた?体調はどうなの?」


 プイッと顔を逸らし、背中を向けてベッドに座る──お、怒って……る?


「大丈夫ですぅ〜、ご心配には及びません〜。ただ起きてもお兄ちゃんが居なかなったから寂しかっただけですぅ〜」


──本当か?それならいいけど。


 背後から抱きしめ一緒になってベッドに倒れるとポタリと雫が落ちてくる。驚き慌てて顔を覗き込めば手で涙を拭っていた。


「ごめん、私が良いって言ったのにね。胸がチクチクするの。お兄ちゃんが他の人と一緒に居ると思うと胸が苦しいの。ごめんねっ、駄目だね、私。こんなんじゃティナともサラとも喧嘩しちゃう、早く慣れるから、もう少しだけ待ってね」


 やっぱり無理してたんだな。口ではいくら割り切って大丈夫だと言っても、心まではそれを受け入れられないんだろう。俺はこのままで良いんだろうか?このまま最愛のモニカをずっと傷付けながら生きていくのか?


「なぁモニカ、やっぱりティナのところに行くのは止めようか?俺が一人で行って謝ってきた方が良いだろう、そうすればモニカが苦しむことなんて無くなるじゃないか。コレットさんもサラも置いて二人で何処かで暮らそう。その方が二人も幸せでいられるんじゃないのか?」


「駄目よっ!そんなの駄目。そんなの私が許せないわ。私が慣れれば良いだけだから大丈夫だよ。今は私がお兄ちゃんを独占していると思ってたから突然で、ちょっとショックだっただけよ」


 モニカにキスをすると涙で濡れるサファイアの瞳を覗き込む。

 本当にモニカが進むのはこの道でいいのか?なにも俺に拘らずともモニカほど器量の良い娘ならば男など幾らでも選ぶことができる。俺よりももっと彼女を幸せに出来る奴がいるんじゃないのか?


「お兄ちゃん、お願いがあるの……今、抱いて欲しいな。お兄ちゃんの愛を感じたいの」


 涙に濡れる瞳で訴えかけると目を瞑り口付けを待つ。俺の心を独占しつつあるモニカ、彼女を手放すなどどうしてできよう……頭の中で回り始めたネガティブな思考を吹き飛ばすと、自分の欲求に従い自分の唇を押し付けた。





 普段の様子に戻ったモニカを連れて食堂に降りるれば、これまたジトーッとした視線を向けてくるサラ……俺は何をしても冷たい目で見られるのか?


「おはよう、仲がよろしいことで」


 コレットさんと二人で朝食を済ませたところの様子だが、ツヤツヤとした肌のご機嫌なコレットさんとは対照的にどんよりとして体調が悪そう、どうやら二日酔いのご様子。


「おはよう、そんなんで馬車は大丈夫なのか?出発は明日にする?」


「いいえ、おかまいなくっ。どうせ私はオマケですから」


 何を拗ねてるのか分からないが馬車で吐かないと良いけどと思いつつもモニカと共に朝食を摂り、ティナーラの町を後にした。





 ティナーラからリーディネまでは六日。だが、盗賊団の居るという山を越える本来の街道であれば四日で着くそうだ。二日も遠回りさせる盗賊団、ますます許せなくなってくるな。


 ティナーラを出て一日目はサラは二日酔いで、俺は寝不足のために横になっていた。枕となった太腿は居心地が良く、サラに白い目で見られながらもモニカの匂いを堪能していたがいつの間にか意識がなくなっていた。


「コレットさん、交代するよ。眠いだろ?寝てていいよ」


 寝不足はコレットさんも同じだ。先に少し寝かせてもらったが遠慮するコレットさんと強引に交代させるとモニカと二人で変わらぬ景色を満喫した。


 その際に耳元で「交代しないならもうしないから」と言ったらコレットさんの細い眉毛がピクッと動いたのを俺は見逃さなかった。

 その後は「そうまで言われては仕方ありませんね」と渋々交代したが、あれは絶対に演技。俺自身を気に入ってもらえるのは嬉しいが、またモニカが心を痛めると考えると複雑だなぁ。


 当のモニカはそんなこと忘れたかのように俺の腕に抱き付きながら足をブラブラさせてご機嫌の様子、しかし内心はそうでないだろうとは俺でも分かる。

 俺ってやっぱり駄目な男だな。



 二日目の宿場での夕食の時、俺は一つの提案をした。


「明日の昼前には奴等のテリトリーに入る。みんなはここで待っていてくれないか?」


「お兄ちゃん、何言ってるの?私、待ってるなんて嫌だよ?せっかく魔法の練習もして来たのに、今使わなくていつ使うの?私は自分の身を守る為に魔法の練習をしてたんじゃないのよ?平和に暮らす人達の役に立ちたいの。危険だからって置いて行かないで。

 だいたい、お兄ちゃん一人で行ってもしも何かあったら私、どうにかなっちゃうよ?」


「私も反対です。レイ様は確かにお強い。ですがいつ何が起こるか分からないのがこの世の中です。私も一緒に行かせてください」


 主張の少ないコレットさんが言うとグサっとくるんだよな。でも、盗賊団くらいどれだけ数がいようとも大丈夫だと思うんですけど……。まぁ魔族が居るって話だけどそこが心配かな。万が一、ケネスクラスの魔族が出て来ても俺一人ならば逃げ切れるだろう。だがモニカやコレットさんが一緒だと守りきれないのは確実。

 しかし二人の気持ちも分からなくはないし、ありがたいと感じるのも事実なんだよなぁ。困ったなぁとサラを見れば『私?』とキョトンとした。


「私を見くびっているんですか?私はこの国の王女よ?国民が安全に暮らせる世の中を作るのが私達王族の使命だわ。それを行使できる力も貴方がくれたではないですか。行かないなんて選択肢はありませんよ」


 溜息出ちゃうよ、ついでに涙も。うちのパーティーは良い人ばっかりだな。


「わかったわかった、俺が悪かったよ。みんなで行こう。ただし安全第一だ、危なくなったら俺を置いてでも逃げるんだぞ?自分の命を第一に考えてくれ、それだけは約束な」


 明日はみんなが無事でいられますように、胸に在る指輪を掴みそう祈りながら一人、星空の彼方で見守ってくれてるだろう彼女を思いつつ眠りについた。



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