52.共同戦線
ボス部屋の境を示すロープの上に高さ十メートルもある水の壁が現れ部屋と外界とを区切った。その仕掛け人に視線を向ければ彼女もこちらを見て微笑んでくる。
「雪ちゃん、やるよっ!」
彼女の掲げた青く輝くシュネージュに白い光が混ざる。それを合図に大きな水壁が移動を始め、円を形作ると急激に回転を始めた。
高速で回転を続ける水壁は円の大きさをどんどん狭くして行き、やがてクネクネと地表をのたうつタリロンブリスの身体に触れると ドゥッ と音がしてピンクの巨体を内へと跳ね飛ばした。
「おぉっ!モニカさん、凄いです!」
「行け行けっ、もっとよ!」
鈍い音を幾度も響かせながら見る見るうちに輪を縮めて行く水の壁、タリロンブリスもただ黙って小さくなって行く訳ではなく、顔を持ち上げては振り下ろしてと地面を叩く力がより一層強くなりヤツの必死さが増したのが伝わってくる。
しかしその行動が突然止まった。
ヤツはゆっくり頭を上へと向けたかと思いきや、その長い身体を活かして水壁の上からの脱出を試みようと空へと向かい大きく伸びて行く。
──不味い!逃げられる!
水壁は横を塞ぐのみで上はガラ空きだ、このままではせっかくのモニカの努力も無駄になってしまう。土魔法に集中出来なくなるが仕方なしと逃げ道を塞ごうとしたとき、突如として上空に棒の付いた緑色の馬鹿でかいハンマーが現れた。
ポコッ!
遠目にも人の手では持てないだろう特大のハンマー。その大きさからは想像も付かないぐらいに物凄い早さで急降下すると、水壁の上へと出て来たばかりのタリロンブリスの頭を絶対に想像がつかないようなコミカルな音を立ててぶっ叩く。
カウンターを食らったタリロンブリスは勢い良く地面に落下すると物凄い音と共に俺の土魔法に強い衝撃を与えるが目を回したかのように動きが鈍くなった。
一方、それを成した緑のハンマーはと言うと、役目を果たしたとばかりに霧散するように空気に溶け込み消えて行く。
「どうですぅ、見ました?これが私の実力ですよっ!」
「やるじゃないっ!イェーイ!」
フォランツェを手にしたエレナがティナとハイタッチしているのが目に入る。『ナイスだ、エレナ!』と心の中で呟くと、まるでそれが聞こえたかのようなタイミングで俺を見て、親指を立てて得意げにウィンクをしてくる。
そうしている間にもモニカの創り出した水壁はタリロンブリスを内に内にと跳ね飛ばしながら更に円の広さを縮めると、それとは逆に徐々に拡がりを見せていた炎の円との大きさが逆転する。
「サラっ、今だっ!ぶちかませ!」
その合図に頷き手にする杖を高々と掲げれば、コルペトラから放たれる赤い光がより一層の輝きを増した。
目も眩むような眩い光、それに呼応した炎が待ち侘びたとばかりに一気に吹き上がり水壁の高さを超えると高速で渦を巻き始める。すると赤色をしていた炎はオレンジを経て黄色へと変化して行く。
突然吹き出した炎の熱さに堪え兼ね長い身を捩って激しく暴れていたタリロンブリスだったが、一気に高まる温度にやられてその元気もすぐに無くなったようだ。自分で自分を縛り上げるように身体をくねらせ小さく丸くなると、最後の抵抗なのか力無く地面に頭を擦り付け土魔法を使って地面に潜ろうとしていた。
さながら窯で陶器でも焼くように、内の温度を高めつつ円をゆっくりと狭めるにつれて炎の壁は更に回転が増して少しずつ上へと伸びて行く。
高さが二十メートルにもなると炎で出来た煙突のようにも見え、その上部からは白い炎が噴き上がり光を歪ませている。
「暑いわね」
「熱いのよ」
「厚いんですか?」
「それ、アンタの面の皮」
「えぇっ!?うっそぉ……」
モニカが張ってくれた水の膜が俺達とサラの炎との間にあるにも関わらず、それを通り越して熱気が伝わってくる。これは恐らく周りの空気そのものが熱せられ、この一帯が砂漠以上の暑さになってしまっているのだろう。
この時既に炎の内側に動くモノは無く、地面にぶつけられていた土魔法も止んでいた。身体の水分が全て飛んでしまったのか、あれ程大きかったタリロンブリスは見る影もないまでに小さくなると、解き放たれたように炎の円の狭まる速度が増して行く。
極太だった炎の煙突は黄色から眩しい光を放つ白色へと変色しながら一本の棒になると、そこから更に細くなり、やがて糸のようになると スーッ と天へと登るような尾を引きながら空へと消えて行った。
「サラ、お疲れ様。モニカ、エレナ、ナイスフォロー、ありがとな」
疲労が顔に出ているサラは相当頑張ったのだろう。皆で協力したお陰で厄介だったミミズの化け物は跡形も無くなった。
この結果にあの人は満足してくれただろうかと視線を向けるが ポカーン と口を開けたまま間抜けな絵面で放心してしまっているようで、せっかくの美人を台無しにしている。
見た目は美女、中身はお子ちゃま。
う〜ん……萌え萌え?
「ベルモンテ!おーい、ベルモンテ?」
目の前で手を振っても反応が無い……どんだけ驚いてるの?
仕方がないので肩を掴み揺さぶると、カックンカックンと首がもげるかと思うほど二回も頭を揺らしてようやく ハッ と正気に戻ったようだった。
「し、失礼致しました。正直リタイアなさるかと思っていたのですが、まさか跡形もなく消し去ってしまわれるとは思いも寄りませんでした。
それでは、そろそろ夜の時間となりますので奥の部屋で休憩と致しますか?」
ベルモンテの言葉が終わると同時に ふら〜っと誰かが動くのが視界に入る。あまりにも自然に動くので不思議に思って視線を移せば目を瞑ったままのサラが傾いて行く。
「サラ!?」
びっくりしながらも慌てて手を回して抱き留めると ハッ! として自分が気を失っていた事に気が付いたようではあるが、立つ事もままならないのか身体に力が入らない様子。
そんなになるまで頑張ったのかと思い抱き上げると、恥ずかしがり屋の彼女は顔を赤く染める。
「頑張ったもんな」
「……うん」
遠慮がちに小さく頷くサラに『か〜わいいっ!』と言葉には出さずに微笑みかけると、それだけで赤い顔が更に赤くなる。
いつもならこういう時には文句を垂れるか茶化してくるティナですら何も言わずににっこり微笑んで俺達を見ている。それはつまり、それだけサラの頑張りが認められたという事だろう。
「さぁ、今日はもう終わりっ、ゆっくり休もうぜ」
何者も居なくなったボス部屋の真ん中を突き抜け、隣に仕切られた転移魔法陣のある安全地帯へとゆっくりと歩き始めた。
城を出た時は駆け出し冒険者程度の力しか持ち合わせていないサラだったが、モニカに触発されたとはいえ自らの努力により、今ではこんな厄介な魔物でも倒せるほどに成長を遂げた。
今回は皆の協力があっての成果かも知れないが、それを差し引いても凄い結果を残した事には変わりがない。うかうかしてると気が付いたら追い越されてました、なんて事態にもなりかねないな。
ユリアーネの時のように最初から弱い俺であれば仕方なしと腹を括れるが、封印が解かれ本来の力を得た今、俺が守られる立場になるのは俺自身の矜持が許さない。
皆の世話ばかりではなく、アレくらいの魔物なら訳なく倒せるよう自分自身にも磨きをかけて行かなくてはと自分に言い聞かせると、それを思い起こさせてくれた ぽやん と俺を見上げるサラにキスをした。
「あぁっ!?今チュウした!」
ティナさん!せっかくカッコよく終わったのに……台無しだよ…………ったく。
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