18.弟子入りは認めぬ!
ボディの素材は困った時の頼れるルミアに相談するか、ミカエラに直接聞くのも一つの手だろう。
一先ずコアさえあれば、いつ消えるとも知れないララの魂を確保する為の受け皿にはなる。
「綺麗な石だね、一つ頂戴っ」
皮袋から出されて一列に並べられた内の一つを摘み上げたサクラは、クララの真似をして光に当てて中を覗き込む。
「ちょっ!全部私が貰ったもんだっ、返すべさ!」
これは自分の物とばかりに掌に仕舞い込んで大事そうに抱える様子に微笑ましく思えたが、だが残念、それは商談道具なのだ。
「それはクララに渡した大事なもんだ。欲しいなら今度どこかの町で買ってやるからそれまで我慢してくれよ」
「やだっ!これが気に入ったの、コレが良いの!!」
唇を尖らせ頬を膨らます可愛い仕草に「ダメか……」と早々に諦め、両手で膨らみを押し潰すと艶々の黒髪を撫でてやった。
「クララ、悪いんだけど、これ一つだけでいいからサクラにやってくれないか?代金が足りないって言うなら何か他に埋め合わせを考えるから言ってくれ」
──何か不味い事でも言っただろうか?
その言葉を聞いた直後に目を細めて口角を吊り上げたクララの様子に嫌な予感がしてならなかった。
恐らく既に紡ぎ出す言葉など決まっていただろうに顎に人差し指を当てて考えるフリをすると、あからさまに今何かを閃いたような素振りをしながら嬉しそうに言い放つ。
「じゃ〜あ〜、ギュッ てすて チュッ てすてぐれたら兄さんのお願い聞いてやるべさ」
「おっ、おい……」
「クララ、何を……」
動揺する酔っ払いの声など耳に届かず ニコニコ と満面の笑みで返事を待つクララは今更ほかの要求をと言っても聞きやしないだろう。
まぁそれぐらいならと机の反対側へ回れば、椅子から降りて俺の到着を心待ちにしている。
身長差が有り過ぎるので彼女の前に両膝を突くと要望通り抱きしめて頬にキスをすれば「ぁ……」と小さな声が耳に入ったが……聞こえなかったことにした。
やって欲しかった事とは少し違うのは分かりきっていたので文句を言われる前に気を利かせてもう一度抱きしめてから立ち上がれば、我関せずとばかりにご機嫌な顔で紅玉を光に当てて愉しむサクラが目にはいる。
『お前なぁ』とも言いたくもなったが、子供のように無邪気に嬉しがる姿にそんな気はすぐに消え失せ、天使の輪の出来る艶々の黒髪をもう一度撫でてみた。
▲▼▲▼
「よし!ほんじゃ交渉成立っつぅごどで、早速私の腕前ば見しぇてあげんべ」
二つの皮袋を手に立ち上がったクララに付いて別の部屋へと移動すれば、そこは火の入っていないレンガ造りの炉のあるこじんまりとした工房だった。
「よっこらせっと」
ババ臭い声と共に、脚が二十センチ程しかない低くて小さい椅子に座り込むと、その椅子の高さと同じぐらいもある超分厚い鉄板のような作業台へと向かう。
持って来た皮袋の一つを開けて中に入っていた十一種類の金属を丁寧に並べると「あっ!」と言ったかと思ったら慌てた様子で壁際にある棚の引き出しをいくつか開けて一つの金属片を取り出す。
「なんだか楽すくなってくるべ」
棚に置いてあった小さな天秤と重さを測るうえで基準となるオモリの入った箱を持ち、にこやかに微笑みながら再び低い椅子に腰掛けると「さてさて」と呟きながらメモ紙を台の上に広げた。
「よっと」
作業台に立て掛けてあった頭の大きなハンマー。拳二つ分という短い持ち手に対してアンバランスなそれを軽々と振り上げ、持って来た鉱石へと振り下ろせば鈍い音が部屋に響く。
何がしたいのか分からず邪魔にならないように黙って見ていれば、最初は硬そうな金属音をしていた鉱石だったのだが、ハンマーに叩かれる度に音が変わり、徐々に柔らかくなって行っているのが分かる。
簡単に形が変わるようになったところで金属製の楔を取り出し適当な大きさに切り分けると、天秤を近くに寄せた。
紙を見て乗せたオモリとは反対の皿に乗せ、釣り合いを見ては切り、切っては乗せてを繰り返して重さを調整して行く。
「手伝おうか?」
手のひら程もない金属の塊なら魔力を満たすのも簡単だろうし、俺なら手で千切れる。
キョトンとしたクララだったがその意味が理解出来ると、苦笑い混じりの笑顔で「お願いするべ」と辺りを キョロキョロ し始める。
多分俺用にと椅子になる物を探してくれているのだろうと思い、シャロのところで貰って来たミスリルの塊を取り出すと彼女の肩をトントン。視線が向いたところで彼女が座る椅子と同じ物のイメージを魔力に乗せて流し込む。
「兄さん、本当に神がかってるべ。もういっぺん言うげど私を弟子にすてぐれねか?」
「ごめん、それは無理なんだ」
「はぁ、二度も振られつまった……」
出来たばかりの椅子を隣に置き カクン と項垂れたクララの頭を撫でて座ると、重さの調整途中だった金属を手に取り魔力を流し始めた。
メモ紙を見ながらオモリを乗せ替えるクララに指示され十二種類の鉱石を必要な分量だけ取り終えると、いくつもの紅玉を手の上に取り出す。
もう片方の手で二つ掴み、感覚だけで重さを測っては違う物と入れ替えてを数度繰り返したところで、天秤のオモリを入れ替えてから反対の皿に選んだ紅玉を置く。 その弾みで揺れる天秤が動きを止めれば見事にバランスが取れており、思わず拍手をしたのは俺だけではなかった。
「あんます褒められるど照れてすまうべ。
次はこの紅玉さ一つに纏めるんだげど、あまりいっぺんに魔力さ篭めるど、すんぐ割れてすまうから気ぃ付けてやるべさ」
割れたらくっつければ良いのではとの疑問は口には出さず、渡された紅玉へ言われた通りにゆっくり魔力を通して行くと確かになんだか不安定さを感じる。
「焦らず、ゆっぐり、慎重に」
皆の視線が集まる中、徐々に魔力で満たされて行く二つの紅玉。
そろそろかと思われた所で手の上で転がしてやれば歪ながらもぶつかった接点からくっ付いて一つとなり、更に手の上で揺らし続ければやがて綺麗な球の形になる。
「すんげぇな、流石師匠だべ」
五センチほどの特大の紅玉を手に『弟子にした覚えはないぞ』と心の中で突っ込みを入れつつ出された手の上に置いてやれば、大事そうに両手で運び、金で出来た台座の上にそっと置く。
「これが師匠の魔力……むず痒くなるほど優すい魔力だべな。後はさっきの材料さ順番に合成すて行ぐんだげども、一づに付ぎ三時間掛がっから出来上がりは早くても明日の夜中さなるべさ」
並べられている一番端の金属片を摘むと台座に置かれた紅玉に近付ける。すると不思議な事に、二つが触れ合った瞬間に手を離せば紅玉の中へと金属片が吸い込まれて行き、コップに入れた一粒の氷のように紅玉の中をゆっくり回り始めるではないか。
「このまま徐々に溶けて無くなって行ぐんだ。残念ながらゆっぐり過ぎて見てても分がんねぇんだげどな。
兄さん達がエルフさ連れて来る頃には出来上がってるはずだがら、渡すのはその時でええだか?」
余った材料は貰ってもいいのかと念を押されたが俺は使わないのでどうぞと返せば満面の笑みで「師匠は良い人間だべ」と何度も頷く。
弟子入りは認めていないのに勝手に弟子を名乗るクララに連れられ工房を後にすると、村の外れまで送ってくれる事となった。
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