17.ドワーフの鍛冶師

「なぁ兄ちゃん。一応な、一応聞ぐけども、連れのめんこい姉ちゃん達はみんな兄ちゃんのモノなんけ?」


 俺の背後から抱き付き身を乗り出すという、おかしな姿勢のまま手にしたウィスキーを豪快に煽るサクラ。その顔では無い部分に視線を釘付けにして聞いてくるドワーフ族の長ゼノは、口調の軽さに伴いだいぶ顔も赤くなっている。


「そったら事オラも思っだげど直接聞いぢまう図太さは流石の族長だべな!遠慮がつなおらにはやっぱす向いてねぇべさっ、ガハハハハッ」


 彼の隣でグラスを煽るシャロの父シドは真っ赤な顔で見るからに酔っ払いなのだが、向かう視線がサクラの深い渓谷に吸い込まれて鼻の下が伸びきった様が何とも間抜け面で笑える。


 対する俺はというと、同じペースで継がれる琥珀色の液体を飲みながらも全くといって良いほどに酔いが来ない。

 不思議に思い考えてみれば、ジゼルの家で飲まされたコレットさん特製の酔い覚ましのおかげなのだろうと、いつのまにか収まっていた媚薬の効果の事も忘れて今は感謝の念でいっぱいだ。



 ゼノの宣言通りに始まった酒の席はシドと俺、アリサとサクラの五人で進められ、残りのモニカ達はといえば、別にあるソファーに座り、クララがシュレーゼやフォランツェ、朔羅を手に取りじっくりと観察している隣でコレットさんの淹れた紅茶を飲みながらクッキーをツマミに談笑している。


「正直に言うべ。オラ達は現状の生活に不満はねぇし、はっきり言ってラブリヴァまでなんて面倒臭ぐで行ぐ気になんねぇ。

 けども、それじゃあおめさんの面目が潰れぢまうからオラの出す条件さ飲んでぐれだら一緒さ行っでやってもええだ」


「魔法を教えろ、と?」


 フッ と鼻で笑ったゼノはグラスを口にやり一口飲み込むと、悪巧みをする悪党のような嫌らしい笑みを浮かべる。


「流石、察しが良いだな」


「でも魔法とは長い時間をかけて繰り返し修練を積む事によってのみ習得が可能なモノよ。レイみたいに特別な子でもいない限り一朝一夕での習得なんて不可能だわ。しかも残念な事にわたくし達には時間が無い」


「まだエルフも探さないとだもんね、レイシュアは働き者だねぇ。僕だったらアリシアに言われた時にお断りしたよ」


 肩に乗っかる柔らかな感触は程良い弾力で気持ちが良い。だが、減るモノではないとはいえ、食いつく勢いで見られていては本人が気にしなくとも俺が気になって仕方がない。


「あんっ、ちょっと何?」


 風魔法でサクラを包み強制的に膝の上に乗せれば、不満を示したものの『まぁいいか』とすぐに諦め俺の首へと腕を回してくる。


「兄ちゃんの魔法は万能だべ?凄んげぇもんだな、おいっ。

 まぁ、それは置いどいでだ、姉ちゃんはエルフつっただな?族長会談をすたいっつぅ話だがら奴等の所にも足さ運ぶのは分がる。だども時間が無いっつぅのはどう言うことだべか?」


「ラブリヴァでは次期国王を決める選挙が行われるわ、それが恐らく四日後。わたくし達に命を出した人物が新しい国王に決まったらすぐにその族長会談をやりたいのではないかしら?」


  魔法を教えるのは構わないが出来るようになるまでと言われると参ってしまう。それをネタにゴネられると交渉の苦手な俺では前に進めなくなってしまうのだ。


 アリサの回答に考え込む素振りで遠くを見つめて黙り込んだドワーフ族の長シドに、ずっと暖めて来た個人的な要望をぶつけてみるついでに別の角度から話をしてみる事を思い付いた。


「話は変わるんだけどさ、この村でゴーレムって造れるのか?」


「あぁ?ゴーレムだど? どんなのを想像すてるか知んねぇげど材料さえ在れば造れなぐはねぇだ。まぁ後は対価が払えるかどうかって問題だけんども、ゴーレムさ造るには希少な鉱石さ何種類も使うがら値が張るべ。

 けども、その割に使い道が殆ど無ぇから、よっぽどの物好きでねぇ限り造ろうとする奴はいねぇど?」


 ここでなら造り方を教えてもらえると聞いてはいたが、実際に『出来る』と耳にすると秘密の計画が前進を始めた事に思わずにやけてしまう。


 そんな俺の頬を突つくサクラを無視してシャロから貰った皮袋の一つを机の上に置けば、訝しげな顔で『何だ?』と目で訴えてくるシドに開けてみろと顎で促す。



「っ!? おっ、おい……クララ、クララっ! !」



「あぁ?朝から飲み過ぎだべ、そこのが無くなったら夜まで酒は無しだ」


「違う!ええからちょっとこっちゃ来い!!」


 酔っ払いの相手などしたくない、そう書いてある不機嫌そうな顔で立ち上がると、重い足取りで渋々と寄って来る。

 だがシドに渡された皮袋の中を覗いた瞬間、勢いよくこちらを向いた目の色はあからさまにさっきと違っていた。


「これ!何!! 私にくれるべか!?」


「いや、それはシャロがくれたゴーレムの材料だよ。何か足りない物があるとは言ってたけど、それで造れる?ゴーレム」



「ゴーレムぅ!?」



 一つ一つ取り出され机に並べられて行く ゴツゴツ とした小さな石達。その価値は俺にはさっぱり分からないが、細かな色や形の違いが分かる人には分かるのだろう。


 酔いなど何処へやら、目の色を変えた三人のドワーフを横目にもう一つの皮袋を取り出すと机の上に静かに置いてみる。



「「「!?!?!?」」」



 今度は何をと新たな皮袋を手にしたクララを中心に顔を寄せ合い、競い合うようにして中身を覗けば、目の玉が飛び出してしまいそうなほどに目を見開いて驚いてくれるのは見ていて楽しい。

 だが、俺としては『これで造れる!』と早く返答が欲しい。


「その紅玉も素材に使うんだよね?余るほどあるらしいから、残った分は造ってくれた代金として受け取って欲しい。

 ついでに言えば魔法を教えるって話しもそれでチャラになったりしないかなぁなんて思ったりもしたんだけど……」


 笑えるほどに驚いた顔のまま固まった三人だったが、ゆっくり動き出した首が回りクララへと向けば決定権が彼女にあるのは聞くまでもない。


「兄さん、ほてんゴーレムなんで木偶の坊さ造る気でいんべか?これだけの素材があれば……」


「土竜ミカエラは人間と区別がつかない程に精巧なゴーレムを造っていた。そのゴーレムは自分の考えで笑い、喋り、食事まで共にした。俺が求めているのはそのレベルのゴーレムだ。

 けど、造って欲しいのは外側となる身体だけなんだ。中身である魂は俺の方で何とかするから、魂の思い通りに自在に動かせるような身体を造って欲しい。お願い出来るか?」


「お兄ちゃん、それってもしかして、ララさんの?」


 驚かせたかったので黙っていたが、本人以外であれば別に構わない。

 いずれは溶けて消え、リリィと一体化すると言うララの魂を取り分けゴーレムに入れてしまおうという俺の計画を話せば、皆一様に理解を示してくれる。


「ゴーレムっつぅのは命令を記憶さしぇる『コア』と、命令を実行する為の『ボディ』っつぅ二つの部品を造らねばなんねぇんだ。兄さんが持ってきたのはコアを作る為の材料だべ。

 単純な命令をこなすだけの程度さ低いゴーレムならコアを造る際さ使う魔力に命令を込めるだけなんだども、兄さんの求めるような人ど遜色無え物を作んべど思ったら、さっきの話でねぇんだけんと他の人の魂を抜いてコアさ入れちまうぐれぇすか方法が思いつかねぇだ。

 そったら大それた事、私じゃ出来ねぇげどえぇだか?」


 魂だけの存在で『レインボーローズ』という花になりきって二千年もの時を過ごし、リリィの中に入り込んで溶け込もうと企むララであれば問題なかろうと安易に考えている。

 仮にララでは出来なかったとしてもその方法くらいは知っていそうだと出たとこ勝負なのは、万能ルミア先生という最終手段があるが故の安心感からだろう。


「もう一つでっけぇ問題さあるどすたら、その土竜様が造ったっつぅゴーレムのボディだべ。 触った感ずも人ど同ずにするなんて私には到底無理な話すだし、その上食事するなんて夢のまた夢だべ?

 つまり私に造れるのは中身の空っぽなコアだげになっつまうげど、余った紅玉貰っつまってもえぇ言うなら、この肉達磨さリボン付きの首輪さひっ付けてどだなげでも貸してやんべ」


「肉達磨言うなや……」


 それほど価値のある物なのか、はたまた余程気に入ったのか、親指ほどもある深い赤色の石を光にかざして眺める様子にどうやら交渉は上手く行ったようだと、それをくれたシャロに心の中で感謝した。



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