21.餌付け

 こんな奴等如き虚無の魔力ニヒリティ・シーラを使わずとも斬り伏せればいいだけの話なのだが、朔羅にこの魔力を贈らないと彼女の成長も無いままになってしまう。

 エレナも居てくれることだし、どうせなら餌になってもらおうと考えたのだ。


「何だっ!何なんだコレは!俺の腕……腕が無いっ!?」

「ひっ!何だよそれっ!!」

「うわぁっ!なんだ!?」


 黒い霧が触れると差し出していた筈の下衆男の手が綺麗に消えて無くなる。どうやら痛みは無いらしく、ただ驚き、混乱しているだけのようだ。


 下衆男の慌てぶりは周りの男達に伝染し、それを見た男達もまた、状況を完全に把握していないにも関わらず慌てふためき始める。そうなると当然、その場から取り敢えず逃げ出す者が出るのが常。しかし俺達を襲いに来た野党を見逃すような事はしない。

 たとえリーダーである優男に唆されたのだとしても、自分で考え自分の意思で行動に移してしまった以上、どんな言い訳をしようともそれはソイツ個人の罪なのだ。


 ここにコイツ等を裁く法が無い以上、コイツ等を罰する俺を裁く法もまた、存在しないのだ。

 で、あれば、俺は俺自身の正義の為、健全に生きる者達を害する事しかしないコイツ等を消し去る。


──決してムカついたからコイツ等を殺すのではない。これは俺の正義の為に殺すのだ


 自身にそう言い聞かせ虚無の魔力ニヒリティ・シーラなどに屈しないと強い信念を心に宿す。

 隣にはエレナが居てくれる、俺は力に飲み込まれたりなんかしないっ!



 黒い霧は フワリ と広がると、逃げ惑う野盗達を先回りするように現れその身体を蝕み始めた。

 身体が黒く染まり腕や足が消えて無くなれば、逃げる元気のある者など居なくなる。その場に倒れ込んでは床をのたうち回り、助けを求める声が静かな部屋に響き渡った。

 当然そうなる事は予測出来ていたので安眠くんの結界に沿うように風魔法で結界を張り、みんなが寝ている俺達のキャンプには音が届かないようにしてある。風の結界を通して聞こえる俺以外、隣にいるエレナにも、傍にいるアルにも奴等の叫び声は聞こえていない筈だ。


 だが、そうはいかないのは他のキャンプの連中だ。寝ていたのかどうかは知らないが、姿が見えなかった奴等も突然の叫び声に『何事!?』と起き出してきて、野盗共が転げ回る姿を遠目ながらに呆然と見つめている。

 まぁ、起こしてすまないとは思うけど、君達の仇も含めての制裁なのだ。勝手ながら少しだけ我慢してもらおう。



 十五人いたはずの野盗達、恐怖を味わいながら徐々に消えてもらい、残ったのは最初に訪れた二人のみ。虚無の魔力ニヒリティ・シーラを終わらせると頭に響いていた嫌な声も完全に聞こえなくなった。


「ありがとう、助かったよ。俺は後片付けをしてくるから、君はもう少し寝るんだ、いいね?」


 そう言って口付けを交わしてエレナの腰を押すと、心配そうな顔で何度か振り返りながらも何も言わずにテントに入って行った。


「アル、お前も寝てていいぞ?」

「寂しいだろ?待っててやるからさっさと行ってこい」


 キザったらしく笑う親友を背に結界を通り抜けると、右腕を肩から無くして床に転がっている下衆男と、その傍で青い顔をした唯一、五体満足で残した優男の側まで歩み寄る。


「ランクCのアルは一人でエルシュランゲを倒したぞ。当然お前達も出来るよな?手本を見せてもらおうか?先輩」


 小さな部屋のようになった緑の壁に包まれて個別に浮かび上がる二人の野盗。

 その前にと思い立ち、騒がせたお詫びをしておこうと観客達に向き直った。


「寝ているところすまなかった。騒がせてしまったが、君達にちょっかいを出した連中は見ての通り居なくなった。この二人もこれから居なくなるが、見届けたい者は階段まで見に来るといい」



 短い階段を登ると巨大な蛇は面倒くさそうに鎌首をゆっくりと持ち上げる。本当に復活しているのかどうか心配だったのだが、カッコ悪くならなくて済んだようだ。


 部屋に入ったところで下衆男だけを結界から解放すると、腕の無くなった右肩を押さえて泣きそうな顔をしている。今更何を言っても許すつもりもないので抜身の朔羅を突き付け「行け」と短く言い放った。


 結局、野盗共を見ていた観客達は全員階段まで来たようだ。俺の事が怖いのか、俺とは離れて階段の端に集まり下衆男の行動を見守っている。そうまでしてでも結末を見たいと思われる程に厄介者だったんだろうなと、つくづく下衆な奴等だと反吐が出る。



 下衆男は頭がおかしくなったように「へへっ、へへへっ」と変な笑いを浮かべて ヨタヨタ とエルシュランゲが待つ方へと歩いて行ったかと思えば突然叫び声を上げて走り出した。



「うわぁぁぁあああぁぁぁあぁああぁぁぁぁっっ!」



 エルシュランゲも雄叫びと共に自分に向かって来る奴に『何だコイツ』と首を傾げてるような感じ。二股に分かれた細長い舌を出し入れしながら様子を伺っていたが、近くまで走り寄って来た所に素早く首を伸ばすとあっさり一飲みにした。



 下衆男の雄叫びが消えて静まり返ると、エルシュランゲが身体を動かす ギュリギュリ という音と、体表の擦れる音だけが静かな部屋に聞こえて来る。

 優男の結界も解き、同じように朔羅を突き付けると、青ざめたまま、苦虫を噛み潰したように顔を歪ませる。その様子を眺めていれば観念したかのように腰に付けた剣を抜き放ち、憎らしげにエルシュランゲを見る。


「どうした?ランクCでも一人で倒せるんだぞ?ランクBのお前ならワケもないだろ?利き腕の無かったアイツと違い五体満足なんだ、さぁ手本を見せてくれよ」


 俺の言葉にも反応せず、ただエルシュランゲを見つめる優男。エルシュランゲの方も「次の餌はどれだ?」とチロチロと舌を出しながらこちらの出方を待っている。


「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 やっとやる気になったのか、それともヤケになったのか、雄叫びを上げると走り出したのだが、その向かう先はエルシュランゲではなく観客達の居る方向。



──やっぱり下衆は死なないと治らないな。



「やばい!逃げろっ!!」

「きゃーーっ!!」


 慌てて階段を降りていこうとする観客達だったが、優男は一応ランクBなりに身体強化の魔法が使えるようだった。

 あっと言う間に観客達に迫ると剣を振り上げたが、その剣が振り下ろされる事は無い。


 優男の前へと先回りすると振り上げた朔羅が仄かに黒く光る残像を残す。 チンッ という音を立てて鞘に収まると同時、赤い液体と共に優男の腕が宙をを舞い ドサッ という音と共に床に転がった。


「屑がっ……」


 静まり返る観客を背に傷口を押さえた優男の胸ぐらを掴むと間髪入れずにエルシュランゲに向けて放り投げる。



「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」



 身体強化により増した俺の筋力、簡単に投げられた優男は天井すれすれまで飛び上がり、先程下衆男を飲み込んだのとは違う、もう一匹のエルシュランゲの元まで放物線を描いて飛んで行く。

 それを見留めたエルシュランゲはタイミング良く大きな口を開けると、優男はその中に吸い込まれて行き再び場が静まり返る。

 最後の仕上げに斬り落とした優男の右腕を掴み ポイッ と放り投げると、下衆男を飲み込んだエルシュランゲが飛び付き ドスンッ という地響きがした。


「これで終わりだな。またあんな奴等が現れないといいな」


 観客に後ろ手を上げ挨拶をして、言葉を交わすこともなくさっさとキャンプに戻ればアルが風の結界を ペタペタ と触っていたので見てはいけないモノを見た気分になる。


「何してんの?お前」

「あ、あぁ……終わったのか?」

「何してんの?」

「ぐっ……いや、これはどうなってるのかと気になってな、見てただけだぞ?」


 ははぁ〜ん、この結界の凄さを知ったな?


「そうか、便利だぞ?特に夜は、な。

俺のオリジナルなんだが、お前も練習してみたらどうだ?」


 悔しそうな顔をしつつも熱心に結界を観察していたので、結界を解かずにそのままにしておいてやる。人の探究心とは興味を持つことから始まる、これを期に魔法の鍛錬にも力を入れてくれたら幸いだ。




 テントに戻れば布団に埋もれるサラの安らかな寝顔。それを見ただけで下衆な男共にけちょんけちょんにされた俺の心が癒された気になる。

 ガウンを脱ぎ捨て布団に潜り込むと、寝ている筈のサラが俺の頭を抱えて抱きしめてくれた。その柔らかな感触と温もりとに包まれ幸せを噛みしめていれば、ずっと堪能していたかったはずなのにいつの間にか眠りに落ちていた。



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