9.救済

「うぇ〜〜、臭いぃぃっ!臭いが落ちないよぉぉ……生臭っおぇぇぇっ。レイさんのせいですからねっ!」


 待て待て待て!やれとは言ったけど冒険者としての仕事だろう? あの仕事、それなりに危険な仕事だったがやけに報酬が良かったのはそのせいか。討伐部位を取るのに勇気が要るって、やりたがらないよな。でも、これも冒険者として誰かがやらないと被害にあう人が出るから仕方ないんだぜ?


「なぁ、その臭いさぁ。浄化の魔法かけたら消えるんじゃないの?」


 素っ頓狂な顔で俺を見たまま固まるが、ちょっと考えたら思いつくことじゃね?たぶんコレットさんならそんな魔法ぐらい使えるだろ。何も言わないのはコレットさんなりの教育の仕方なのかな?


「コレット!?なぁんで教えてくれないのよぉっ!早く魔法かけて!臭いの嫌ぁぁっ」


 可愛い顔で鋭く睨んでみるが、そんなことどこ吹く風のコレットさんは澄まし顔を崩さない。


「お嬢様、教えてもらうだけでは成長は出来ませんよ?自分で考え答えを導き出してください。いつまでも甘えられる相手が居るとは限りませんよ?」


 悔しそうに唇を噛みしめるモニカだがそれよりも臭いが気になって仕方ないみたいだ。浄化の魔法をかけてもらい手の匂いを確かめると膨れっ面が笑顔に早変わり。そんなに臭かったのか……触らなくて良かったよ。



 ギルドに報告した後でコレットさんが「少し買いたい物がある」と言うので、街を散策しながら機嫌の治ったモニカと手を繋いで散歩。

 プリッツェレはどちらかというと農業が盛んな町だそうでベルカイムに比べたら店は少なかったが、それでも街の中心部は大勢の人で溢れていた。


 中心部から少し外れた所に目を引く露店があったので足を止めた。アクセサリーを売っている露店らしく髪留めやピアス、ネックレスといったもので庶民的な安値が売りの店だった。


「モニカ、ちょっとおいで」


 その露店に掛かっていた髪留めが綺麗でモニカに似合いそうだったのだ。

 髪を結ぶ輪っかになったゴム紐に、赤や黄色、青といった原色で作られた花びらが三センチ程のガラス玉の中にいくつも描かれた物が二つ付いている。モニカの頭の右横に飛び出るクルクルと綺麗に巻かれたサイドテールの根元にゴムを何度か巻きつけガラス玉の位置を調整してやる。


 店員さんに鏡を借りモニカに見えるようにしてやるとパアッと顔が明るくなった。どうやらお気に召したようでよかったよかった。


「可愛いだろ?そんなので良ければ買ってやろうか?他のが良ければ「これが良い!」……そう?ならそれを買ってやるよ」


 このまま付けて行くというのでお金だけ支払うと、モニカは嬉しそうに店先で両手を広げクルクルと回り始める。その様子を微笑ましく見ているとなんだか可愛い妹が出来たような感じがしてきた。


「私には何も戴けないんですか?」


 特に期待するでも無くシレッと言うコレットさん。それでもモニカだけにというのは気が引けて催促に乗る事にした。

 髪の短いコレットさんには髪留めは似合いそうに無いな。ならば他の物でと露店の中を見回すと小さな石が連なって出来ているブレスレットにピンときた。水晶の様な透明な石と、ルビーの様な透明度のある赤い石が交互に配置されたやつだ。


「これなんかコレットさんに似合うと思うんだけどどうかな?」


 色は綺麗で丸みを帯びてはいるが歪な石がゴム紐に通されただけのいかにも安物なブレスレット、こんな物を貴族のメイドが身につけていいものかと思いながらもコレットさんの左手に通して一歩下がり、彼女の全体像を眺める。


 雪のように真っ白で癖のあるベリーショートの髪、そこに乗っかるのは赤いラインの入った白いレースのプリム。動きやすそうなグレーのハーフパンツにおへそが見える短めの白いシャツを着ており、その上に黒いケープを羽織るというメイドというには少し可笑しな格好だ。

 その左手に嵌められたブレスレットは全体的に白と黒で纏められた彼女に色を与え、赤味かがった茶色の瞳とも相性が良いように思える。


「うん、俺は良いと思うけどそんな安物でいいの?」


「レイ様、贈り物というのはどれだけ高い物を贈るかではありません。誰が誰にどんな想いで送るのか、それが重要なのですよ。残念なことに物の価値だけしか見ない寂しい方も世の中にはいらっしゃいますけどね。

 コレはレイ様が私の事を想い、選んで下さった物です。とても嬉しく思います」


 穏やかに微笑むコレットさんからの言葉は本心から出たものだと思える説得力があった。また一つ勉強になったな。彼女は人生の先輩として尊敬出来る人だと改めて思ったよ。




 寄り道はしたがどうやら目的地に着いたらしい。


 だがしかしである、薄暗い路地裏にあるそのお店の中はやはり薄暗く、店の中の様子がほとんど分からない。普通の人は入っちゃ駄目な雰囲気がヒシヒシと伝わってくるお店だった。


「コ、コレット?本当にここに入るの?」


 せっかく機嫌の治った可愛い顔を痙攣らせてモニカが尋ねた時にはコレットさんは既に店の内に入っていく所だった。

 人生経験の為に!と、入る勇気も無く、大人しく店の前で待っているとコレットさんはすぐに出てくる。その手には少し膨らんだ皮袋が握られてたのだが、良からぬ事を企んでいるとばかりの悪い笑顔でにやけているのがとても怖かった。


「お時間を取らせました。さぁ早く帰りましょう」


 スキップでもしそうな勢いで足早に歩みを進めるコレットさん、心ここに在らずといった感じで浮かれる彼女に置いていかれた俺達は『まぁいいか』と、ゆっくり散歩しながら二人で屋敷へと戻って行った。




 屋敷に戻ってもコレットさんの姿が見当たらない。メイドなのにそれでいいの?と疑問が頭を過ぎったが、どう考えても普通のメイドさんとは違うのでそういうものなのだと飲み込むことにした。


 だが部屋に戻り寛いでいると先程のコレットさんの怪しげな顔と行動とが俺の心に警笛を鳴らす『アレはヤバイ』言い知れぬ不安が膨らみ居ても立っても居られなくなる。


「よし!」


 己を奮い立たせる為に一人呟くと、ソファーから起き上がりコレットさんの自室へ向かうことにした。


 一階や二階とは違い客が立ち入ることのないこの階には絵画や調度品が飾られていない。階段を登った三階の廊下は簡素であったものの、造りの良さからか寂しい感じはしなかった。

 四人は並んで歩けそうな廊下を進みあらかじめ教えられていた部屋の扉の前で立ち止まる。さっきから少し気になっていたが、コレットさんの部屋に近付くにつれて変わった匂いが強くなる。特に臭いというわけではなく、どちらかというと甘い、お菓子でも作っているかのような感じだ。


 扉の前でノックしようかどうか悩んでいると、中から不気味な笑い声が聞こえる。扉に耳を当ててみると間違いなくコレットさんだ。背筋に虫でも這っているようなゾワゾワとした嫌な感じを覚えた。思わず身震いがしたのだが、ここまで来たのなら今更だ。

 意を決し扉をノックしてみると不気味な笑い声はピタリと止まり、パチンと指を鳴らした様な音が聞こえたかと思えば、開けてはならないような気がしてきた扉がゆっくりと開いていく。


「あら、レイ様。夜這いにはまだ早い時間ですわよ?それとも待ちきれなくなりましたか?」


 少しだけ開かれた扉の向こう、顔だけを覗かせたコレットさんからは部屋の中を見せたくないという雰囲気が醸し出されていた。フワリと香る廊下に漏れ出していた匂い、間違いなくこの部屋で何かを作っているようだ。


「今ちょっと片付けをしていたものですから散らかってて恥ずかしいんです。少しだけお時間いただければレイ様の部屋にお伺いいたしますよ?」


 どうにも怪しげな様子が気になって聞き流してしまったが、まだ日も沈んでないうちから何言ってるの!?っていうか、昨日散々搾り取っておいてまだそんなこと言うのに驚きだ。

 魔の手から逃れるように思わず一歩後ろに退がりつつ「忙しいなら大丈夫」と言い残し逃げるように立ち去る。胸のモヤモヤが晴れたわけではなかったが、コレットさんの秘密を探るのは藪を突つくのと同じだと悟り、大人しく部屋に戻るのだった。




 夕食も終わり部屋でぼんやりと白結氣を眺めていれば扉をノックする音が聞こえてくる。返事をすれば入ってきたのはやはりコレットさん、昨晩の出来事が思い起こされ少しばかり緊張が走った。

 だが、ソファーに並んで座ると予想外の質問を受ける。


「レイ様はお嬢様の事をどう思っていらっしゃるのですか?」


 どうって言われても可愛い妹みたいな感じ?好意は持ってくれているようだが俺としてはユリアーネを失ったばかりで恋愛などする気にはなれない。凄く可愛いお嬢様だが、残念ながらそういう目で見る事はまだ無理だな。


「お嬢様はレイ様に特別な感情を抱いております。今まで自分のやりたい事に味方してくれる人はお嬢様の周りには居なかった。自分が助けた年の近い男が自分を認め助けてくれる。それが人柄も良く腕も容姿も良いとくれば好意を持って当然でしょう。

 ケイティア奥様は性に対して寛容な方です。旦那様もお嬢様の意思を尊重して何も言わないでしょう。

 なにより、昨晩のお嬢様の言葉は嘘ではありません。貴族家の娘だからと躊躇う気持ちがあるのは理解できますが、お嬢様の気持ちを受け入れてあげていただけませんか?」


 身体は半ば無理矢理喰われた形になったが心は未だにユリアーネを求めている。それはそうだろう、ユリアーネを失ってまだ一週間足らず。いくら彼女の望みとはいえ、そんなに簡単に気持ちが切り替わるはずがない。俺にとってユリアーネはそれほど大きな存在だった……


「まだ亡くなられた奥様の事を気にしておいでなのですね。それだけ愛されるというのも正直な話、羨ましいです。でも、それを奥様は望まれるのでしょうか?レイ様が塞ぎ込み、他人を受け入れられないことを嬉しく思われるのでしょうか?

 私はそうは思いません。しかし、そうは言っても心の整理が追いつかない事も理解出来ないほど愚鈍ではございません」


 俯いて聞いていた俺へと身を寄せ、足の間の微妙な位置に手を突き下から覗き込んでくるコレットさん。赤味がかった茶色の瞳が少なくしてある灯りを写し込み、夜空に浮かぶ星のように輝いて見えた。


「レイ様の荒れた心を洗濯致しましょう。心の中を綺麗に洗い流すのです。ですが決して奥様の事を追い出すのではありません。奥様の事は綺麗な思い出としてレイ様の胸の奥に大切にしまっておいてください。それ以外の余分な物を洗い流し、他人の入れるスペースを作るのです。

 私はメイドです、こう見えても洗濯は得意なのですよ?大丈夫、全て私にお任せください。身も心も綺麗にして差し上げます。

 さぁ、身体の力を抜いて、楽にしてくださいませ」


 ゆっくりソファーに寝かされると魅惑的な唇が迫ってきた。

 両の耳から入り込んだコレットさんの言葉は妙に心に響き、彼女の言うように身も心も全てを預けてしまいたくなる。ぼんやりしていればいつの間にか触れ合っていた唇、その心地良さに惹かれてすぐに離れたそれを追いかけ自分から唇を重る。


 心の弱い俺はユリアーネを失った悲しみに押され、知らず知らずのうちに誰かに助けを求めていたのかもしれない。



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