8.狩りは拷問?

 街から一時間くらいのところに湿原が、ありそこに《プレストラーナ》という人と同じ身長がある大きな蛙の魔物が出たという話だ。

 油断していると長い舌に巻き取られ、人間も一口で飲み込まれるそうだ。既に何人かの冒険者が飲み込まれた後らしく緊急性、危険性の高いクエストだった。


 昨晩の疲れから若干フラつく俺を先頭に件の湿原を歩いて行くと、人間の子供ぐらいの大きさの茶色い塊が少し飛び上がりながら回転しこちらを視界に収める。遠目に見ればただの岩だが、大きくて丸い目と手前に突かれた二本の手とが目標の蛙であると物語る。


 モニカの為の狩りなので基本モニカ中心で進めるために俺はサポートに徹するつもりだ。


 すると彼女の右手に集まる魔力の気配。程なくして現れた一メートルもある炎の槍には素直に驚いてしまった。

 誰かに弟子入りすれば話しは変わるが、熟練の冒険者でもこんなのは切り札と言えるほどの凄い魔法。才能と一言で言ってしまえば淡白だが、ヒルヴォネン家の息女という “貴族の血” と恵まれた教育環境、そして何より彼女の努力が成せる技なのだろう。


 規模の割に展開も早い。上等上等、良い魔法だ。ただ、そのままだと外れそうだぞ?俺的には二段構えにして避けたところを仕留める方がいいと思うんだけどなぁ。


 喉元を膨らませるだけで動きがないプレストラーナ、そこに向け一直線に迫る炎の槍。だが案の定、ジャンプ一つで躱されるとグチュッという着地音が聞こえる。


 その直後だ。


 クリクリと目が動いたかと思ったら大きな口が突然開き、気が付いたときにはピンク色の帯が目の前まで迫っていた。


「まずっ!」


 コレットさんは大丈夫だろうとモニカだけを抱き寄せ横に飛び退く。そのすぐ真横を艶々としたピンクの舌が通過したかと思うと、あっという間に口の中へと戻ってしまう。

 アレがヤツの攻撃、確かにあの速度なら食われる奴がいても可笑しくはない。


 横目で確認すればやはりコレットさんは無事。


「さぁ、どう攻める?」


 ほんのり赤くなった頬に手を当てているが今はそんな時じゃないぞ?気持ちを切り替えないと油断してたら死んでしまう。現に俺が助けなければ今頃ヤツの腹の中だ。


「モニカ、戦闘中は気持ちを集中しろ。たとえ裸を見られようとも集中力がなくなった時点で勝てるものも勝てなくなるぞ」


 ハッとして顔に真剣味が増すとだんだんと顔の赤味もとれて来る。

 再び腕に魔力が集まり始めるがその前にピンクの舌が襲って来たのでモニカを抱き寄せ少しだけ身体を横にズラす。


「ひっ!」


 すぐ横を通り過ぎるツヤツヤと妖しく光る舌、思わず漏れただろう声だがそれでもそのせいで集中が乱れ、せっかく集めた魔力が霧散してしまった。まだモニカには早い相手だったか?今更思っても受けた時はどの程度の実力か知らなかったしサポートすると決めていた。


「怖いのは分かる。けど今は俺もコレットさんも居る。三人で狩りに来たんだろ?これはチーム戦だ、役割を考えろ。 基本、君が狩ると決めていた。じゃあ俺は何をすれば良い?俺は前衛だ、本来なら敵の前に立ち戦う役目だ。まぁ今は必要ないと思ってモニカの横にいるがな。

 俺もコレットさんも君を守りサポートするのが役目だ。俺達が信用出来ないか?俺達じゃ君を守れないか?パーティーでは役割分担が重要になる、自分の役目を果たさなければ勝てなくなるんだ。俺は俺の役目を果たし君を守る、君は君の役目を果たしアイツを倒せ、出来るよな?」


 今までは一人でやって来ただろうから分からなくても仕方がない。しかし自分の役割を認識すると俺を見て力強く頷いた。よしよし良い子だ。

 俺が頷き返すと三度、魔力を練り始める。


「なんでこんな奴がCランク依頼か分かるか?こういう頭の悪い奴の動きなんてだいたい単調なんだよ。冷静に見ていれば簡単に動きの予測が出来る。次にどう動くのか分かっていれば避けるのも難しくはないだろ?相手の動きをよく見るんだ。

これぐらい離れていれば奴は舌でしか攻撃してこない、ほらっ」


 舌が伸び俺達に向かってくるので左手でモニカの腰を抱き寄せたまま一歩ズレると、すぐ横をピンクの舌が通り過ぎては戻って行く。


「奴は俺達との距離を正確に測り伸縮自在の舌で絡め取ろうとしている。今はこっちを見て距離を測っているだろ?次に口が少しだけ動くぞ、そしたら舌が来るから避ける、それだけだ。分かってしまえはこんな奴に君が負けることはない。落ち着いて魔力を練るんだ。

 さっきは避けられた、じゃあ今度は避けられないようにどうしたらいい?考えろ、よく考えて自分が有利になるように戦闘を組み立てるんだ」


 襲い来る舌を躱した直後モニカが火の槍を作り出した。今度はさっきよりも短い槍が三本、これがモニカの答えなのだろう。いいんじゃないか?戦いに正解などない、どんなやり方でも勝てばいいんだ。


「来るぞ、ほら」


 細い腰を引き寄せるようにして一歩だけ避ける──と同時に動き出したモニカ。左手をかざせば火の槍の一本がプレストラーナに向けて空を飛ぶ。


 舌が戻りきったタイミングでジャンプすると、一本目の槍を難なく躱したプレストラーナ。しかし、僅かな時間差で放たれた二本目の槍はその行動を予測しており、空中で無防備な的と化した巨体に向かい一直線に飛んで行く。

 驚くべきはモニカの観察力と記憶力。一度目の失敗で奴の跳躍距離を理解し、上昇から下降に切り替わり動きの少なくなるポイントへと的確に槍を放ったのだ。


 胸の真ん中を射抜かれた巨大蛙は一瞬の硬直の後、傷口から吹き出した炎に飲まれて火の玉と化した。

 落下を始めたところに三本目の槍が突き刺されば、パンッという音と共に身体が弾けて小さくなる。そのまま地面に落ちればベチャッという気持ちの悪い音を立て、肩から下を土に埋もれさせたような形で動きを止めた。



「お見事っ、やったね。半分以上無くなっちゃったけど、コイツの討伐部位ってどこだろ?」


「目玉です」


 サラリと答えたコレットさんだが……今、なんて言いました?

 討伐完了でせっかく喜んでいたモニカもギョッとした顔でコレットさんを見る。


「あの大きな目玉は薬になるそうですよ。片目でもいいのですが、両方あればより一層他人の為になりますし、なにより討伐したからにはその命を次に繋げる責任があると教わったばかりですわよねぇ?お嬢様、頑張ってくださいまし」


 青い顔して俺を見るが残念ながら君の教育のためだ、頑張れモニカっ!

 苦笑いと共に『どうぞやってください』と半壊したプレストラーナに向けて手を差し出すと、憂鬱そうなモニカの首が力無く倒れ、傾いたまま諦めたようにプレストラーナに向けて歩き始めた。


 焼け焦げたプレストラーナの隣に立つと俺に振り向き『本当にやるの?』と目で訴えてくる。きっと涙目になっているだろうがそこは残念、心を鬼にしてコクリと頷いた。


「レイさん!後ろっ!」


 モニカの叫びで振り向くともう一匹出て来ていたようで、既に口を開ける動きをしていた。だが、そんなタイミングで見てしまえば食われることはない、モニカありがと。


 白結氣の柄に手を置きつつ一歩横に避けたと同時、艶やかなピンク色の舌が俺の横を通過した。伸び切り、戻り始めるタイミング。動きの止まる刹那を狙い白結氣を抜き放てば、斬った感触もないままに長い舌が二つに別れた。

 先端部分は空中で小さくなりながら地面に落ちる。もう一方はプレストラーナの口へと戻るがその途端、喉をペタペタと触りながらもがき苦しみ出す。恐らく舌が切れたことにより喉に詰まったんだろうな。窒息死とは可哀想な死に方だとは思いつつそのまま放置しておくと、ピクピクと痙攣し出したところでモニカが一匹目の目玉を取り終え凄い顔をしていた。


「モニカ、次、これもよろしく」


「う、うそ……」


 動かなくなったプレストラーナの指差せば、ドロドロとした血と体液まみれの両手に目玉を持つモニカが二匹目を見て愕然とする。それがちょっと可哀想に思えて『身も食えるぞ』とは言い出せなかった。



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