58.最恐の魔法

「!!!!!!!」



 ヴィクララに習い摘んだ魚を口へと運ぶと、事もあろうか体が拒絶を示して硬直する。


 すると、俺の様子をまじまじと見ていたヴィクララと目が合い『何も言わずに食え』と脅しにも似た強い意志を視線に乗せて訴えてくる。


「レイさんのお口に合うかしら?今日のお魚は腕によりをかけた自慢の逸品なのよ、どぉ?どぉ?ねぇ、おいしい?」


 若々しくエレナとそっくりの義理母おかあさまの笑顔。「美味しいよ」という答えだけを求めて向けられる熱い眼差しが俺の心に深く突き刺さる。



──こっ、これは……食べるしかないだろう……仕方がない、それならそれでやってやるぜ!



 机の下に隠した左手のブレスレットから僅かばかりの火竜の力を引き出すと、全身が内側から焼かれるように熱くなるのを感じるが、それにも増して存在感のある口の中の物。

 その力を使い標的の留まる口を中心に最大限に身体強化を施して俺の命令を拒絶する口を捩じ伏せて無理矢理動かし、侵入した異物を退治しようと試みる。


 そこまでしても抵抗を続ける俺の口に対抗する為、気合いという名の助っ人を呼び覚まして強引に口の筋肉を動かすと、あの食欲を唆る美味しそうな見た目と匂いの魚が何故この味になるのかと問いただしたくなるような……そう、それはそれは変わった味が口いっぱいに拡がる。


 一言で簡潔に、かつ、誰にでも分かりやすく表現するなれば 『不味い』。それも究極レベルの代物で、もはやこれは芸術的一品と言えるほどだ。


 どう考えてもこの見た目でこの毒々しい味は “あり得ない” の一言に尽きる。

 だが俺は考えた。この美味しそうな魚がこの味になってしまった理由を……そして一つの答えに辿り着く。



 魔法とは魔力を使い思い描いた事を具現化する手段。こんな魔法は聞いたこともないがそれ以外に説明がつかない。

 魔法の得意でないはずのウサギの獣人アリシアの固有魔法、そう仮定すれば全ての納得が行くのだ。


 しかし、だ。もしかしたらこれはアリシアの固有魔法では無く、全てのウサギの獣人が持つ魔法だと仮定したら……これから向かう予定の獣人達の住処である大森林の食事はこんな物……いや失礼。このように変わった味の物を食べさせられるのだとしたら……サラは何食わぬ顔で我慢して食べるだろうがリリィは怒り狂って暴れ出すかもしれない……雪に至っては卒倒してしまうカモ!?恐ろしい……獣人の国はなんと恐ろしい場所なのだ!!!



「オイシイデス、義理母様……」

「本当?よかったぁ。口に合わなかったらと、ちょっとドキドキしてたのよね〜。おかわりもあるからどんどん食べちゃってね!」



──アリシアさん、今……なんと? 聞き間違いでなければ “おかわり” って言われましたか?



 ニコニコと笑顔で竃を指差すアリシアに悪気など微塵もない。ただ良かれと娘婿である俺の為にわざわざ腕を振るって用意してくれたのだ……ココは覚悟してこの……えっと、糞マズ……いや、変わった味のする魚を平らげねば義理母に対して失礼というもの。いきなり嫌われては今後の関係に響いてくるのは必然だろう。


「だから言うたじゃろ?いくら男子と言えどもこんな大きな魚を二匹も食べろと言うのは些か無理があるぞ?」


 俺の精神状況を完璧に理解してくれているヴィクララの援護射撃だったが「そう?」と不思議そうに小首を傾げると、顎に人差し指を当てて何やら考えている様子。

 だがすぐに ポンッ と手を打つと、人差し指を左右に フリフリ と可愛く振りつつ特大の爆弾を投げ付けて来た。


「エレナの所に向かう途中のお弁当にしましょっ!残していってもどうせヴィクララは食べないから捨てちゃうんでしょ?そんなの身を提供してくれたお魚さんに失礼だわ。食べる為に奪った命はきちんと頂いてあげないと、ね」


 これ以上は何を言っても無理と悟ったようで哀れんだ視線をくれるヴィクララ。その視線には『諦めろ』の一言のみを含んでいたように思え、心の中で盛大に溜息を吐いた。



▲▼▲▼



 試練の食事が終われば片付けられたテーブルの上に置いた俺の手が両手で包まれる。そのまま目を閉じ何かを感じようとしているのか、しばらくの間ヴィクララは微動だにしなかったのだが、目を開けると満足そうな顔をしている。


「良い感じじゃな、妾が渡した闇の魔力もだいぶ馴染んできておる。闇魔法が使えるようになるのも時間の問題じゃろ。

 そこで、うぬは闇魔法がどのようなモノか知っておるのか?」


虚無の魔力ニヒリティ・シーラを使う時に感じるドロドロとしたモノとしか……後はザラームハロスと戦った時も似たようなモノを感じた事があるくらいかな」


 顎に手を当てると少しの間考え込み、再び視線を合わせたヴィクララは闇魔法について説明を始める。


「闇魔法とは魂に作用させる魔法でな、人心を操ると言えばその特殊性も分かろう?それ故うぬが闇魔法を与えられた後、正しく扱うかどうかを見極める為に志を聞いたのじゃ。

 闇魔法はある意味危険な魔法、人の心を誰でも簡単に操れれば世の中が混乱するのは必然じゃろ?例えばこうじゃ」


「わわわわわっ!ちょっとヴィクララ!?」


 突然アリシアが男を誘うようにゆったりとした動きで胸を押さえたかと思いきや、肩に掛かる服紐へと手を伸ばして外してしまうので魅惑的な胸元の白い肌が露わになった。


「このように本人の意思とは無関係に身体を操ることも出来る。そして更に魔法を強めるとこうなる」


「ヴィクララ!いい加減…………」


 目の前で行われるストリップに悶々とした視線を向けていたがアリシアの言葉が途中で途切れたので不審に思うと、彼女の瞳から光が消えている。これはもしかしてザラームハロスの時にティナがやられたヤツか?


 すると今度は立ち上がりゆったりとした動きで腰を回し始めたかと思ったら俺を覗き込むように前屈みになるので、視線が胸の谷間に釘付けになった。

 にっこり笑ったアリシアが胸を押さえる手を離してしまえば服が落ちて隠された双丘が現れる事だろう。


 俺の視線を逃すまいと、その手をじわりじわりと下げて行くにつれて見えている谷間が深くなって行く。

 見てはいけないと思いつつもだんだん興奮して来た俺は目を離すこともせず、あと少しで現れるだろう丘の上にあるはずの物を期待した時、終わりとばかりに見えていた谷間に蓋がされた。



ゴンッ!

「もぉっ!!ヴィクララっ!私を玩具にしないでっ!?レイさんもっ!いつまでも見てないで止めてよ、恥ずかしいじゃないっ」



 胸で止まる服を片手で抑えながらも盛大に頬を膨らませて拳を振り上げる様子がとても可愛らしく、エレナの母だと分かっていながらも鼓動が高鳴り『惚れてまうやろーっ!』と叫びたくなったが見惚れるだけに留めておく。


「と、まぁこんな使い方も出来るし、逆に心を操ることでその者を支配する事とて可能なのじゃ。

 心の操作と言っても熟練すればうぬにしたように心の傷から目を逸らさせる、などという芸当も可能なので便利な魔法なのじゃが悪用されればこれほど厄介な魔法はないじゃろう。

 じゃが幸いな事に闇魔法は使える者が極端に少ない上に、使えても魔力が足りず大した影響が出せぬ者が殆どじゃ」


 魔法を解除した途端に拳を叩き込まれたヴィクララは避けようと思えば避けられた筈なのに派手な音と共にしっかりと頭で受け止めながらも何事もなかったかのように話を続ける。


「闇魔法の解除には術者の精神を己の精神が上回るか、術者の魔力を絶つしか道はない。

 もしも相手方に闇魔法を使いこなす者が居れば、いかに早くその者を倒すかが戦いの鍵となる事をゆめゆめ忘れるでないぞ」



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