57.六つ目の力

 言われるがままに大きなベッドの真ん中に横たわれば、俺の腕を枕にしたヴィクララが寄り添ってくる。


「ミカエラのようにまぐわるのなら一、二時間と言ったところか。サマンサのように無理矢理流し込めばものの数分で終わるじゃろう。

 しかし妾はうぬの身体へとゆっくり染み込ませる故、心を落ち着けて眠りに着くと良い」


 そう言った彼女はものの五分足らずで寝息を立て始めたのだが、朔羅と瓜二つの容姿をしたヴィクララに隣で寝られては『いつもなら愛し合ってるのに!』と悶々として眠れるはずがない。

 オマケに脇の辺りに感じる柔らかな感触が俺の脳を刺激し追い討ちをかけて来る。



ガチャッ



 扉を開けて入って来たのは当然の如くアリシアだった。先程の妄想は無事に終焉を迎えたようでごく普通に落ち着いているように見受けられる。


『マジですかっ!?』と叫びたくなる俺を余所にスタスタとベッドに近付くと、俺が寝かされているのも気にもせず上がり込んでくるではないか!


 そうして腹の上に置かれていたヴィクララが枕にするのとは逆の腕を掴み ポイッ と放り投げると、それを枕に彼女もまた寄り添って来るので堪ったものではない。


「ア、アリシアさん?」


 勘弁してくれよという俺の感情とは裏腹にヴィクララよりは幾分小さいが、それでも十分すぎるほどに柔らかなモノが押し付けられると『今度はエレナかぁ!!』と俺の心を揺さぶり始めたかと思いきや、眠る位置が定まらないのかモゾモゾと動いて身体が擦り付けられてくるので『そろそろ限界……』と泣きそうになった時になってようやく助け舟がやってくる。


「なんじゃ、アリシアまで来たのか。両手に花でうぬは幸せ者だな、ありがたくこの場を堪能するが良い」


「待って!待ってくれよっヴィクララ!こんな状態で寝れるわけないでしょう!?これは何の拷問だよ、頼むから勘弁し……」


「女々しいやつじゃな、男がそう何度も人前で泣くものではないぞ?それとも、体は男でも心は女であったか?」


 ニタァ っと嫌らしい笑いを浮かべて足を絡めると全身を擦り寄せる。

 これは明らかに俺へのイジメ、美人でスタイルも良い二人にベッドで抱き付かれたりすればそっちの方へ頭が行くのは男として当然の反応だろう。更に朔羅とエレナというこんな状況に至れば愛し合っているだろう二人に同時に迫られている気分の俺は、理性の糸を形作る細い繊維の一本一本が ブチブチ と音を立てて解れて行くのを感じていた。


「ヴィクララ……様、お願いしますっ!さっきの魔法……心が落ち着くヤツを……もう限界っ、手が出そう」


「まだ何もしておらぬぞ?もっと我慢してくれねば愉しめぬと言うのに、このくらいで限界とは情けないのぉ。理性が飛んでも面倒なだけじゃし、仕方がないからおふざけはこの辺にしておいてやるとしようかの」


 上体を起こして俺の顔を覗き込んでこれば愉しげな黒い瞳が目に入る。


 スッと伸びて来たヴィクララの指が俺の額に触れると同時、目眩のような急激な眠気に襲われ視界がぐるぐると回り出したので目を閉じた。


「クククッ、このままうぬに襲われるのも愉しそうなのじゃが……それは次の機会にしておいてやるとするか。

 今は眠り、心の傷を癒すが良い」



▲▼▲▼



 眼が覚めると大きなベッドには一人きりだった。どれだけ寝ていたのかはサッパリ分からないが、相当長時間睡眠を取った後のように身体が気怠い。

 上体を起こしてみるが部屋には誰もおらず、左手で髪を掻き上げた時になって、もう長いこと手首に付けられたままのアリサから貰ったブレスレットに黒い光が灯っているのに気が付いた。


 まじまじと眺めていると闇の魔力を貰ったという事は闇魔法が使えるのだと気付き『よしっ!』と気合いを入れてから己の中に巡る新しい魔力を練ってみる。

 恐る恐る集めた黒き魔力、だが想像していた虚無の魔力ニヒリティ・シーラを使う時のような ドロドロ とした感じではなく、寧ろ心が癒されるような暖かなモノを感じた事に驚いたとき、部屋の扉が開かれた。


「ようやく起きたか、気分はどうじゃ?今までは無かった魔力が身体に宿されたのじゃ、調子が悪ければ隠さず素直に言うが良い」


 戸口にもたれかかり優しい眼差しで微笑みながら語りかけてくるヴィクララはやはり朔羅とは違う。容姿は同じでも中身までは同じではないと改めて認識した。

 それでも俺を思いやってくれる気持ちには遜色がないようで、お陰様でミアとの突然の別れでショックを受けた俺の心もかなり落ち着きを取り戻しているようだった。


「ちょっとダルいくらいだよ。何も違和感はない、ありがとう」

「そうか。魔力を試すのも良いが、まずは腹ごしらえでもせぬか?アリシアが用意して待っておるぞ」



△▽



 寝室を出るといくつかの部屋のある土壁の通路、ここは地面の中に作られた空間なのだろう。窓すら無く外の光の入らないこの場所では時間も全く分からないが、あまり何日も経っていなければみんなが心配する事もないだろう。


 ヴィクララに付いて廊下を進み最初に入った部屋へと戻れば、扉を開けた瞬間にお腹を刺激する食事の良い香りが鼻に着いた。



ぐぅ〜〜ぎゅるるるるるるっっ



 振り返ったヴィクララと目が合うとちょっと照れ臭くなり、誤魔化すために頭を掻いて苦笑い。

 特に何も言うこと無く部屋へと足を進めるヴィクララを目で追い始めた時、コトンッ と食器をテーブルに置く音がした。


「さぁ、座って。今、丁度出来たところだから冷めないうちに食べちゃいましょっ」


 アリシアに促されるがままに二人が横並びに座った四人掛けのテーブル。普通ならどちらの前に座ろうかと迷う所だが、ヴィクララの前の席に箸と取り皿が用意されていたので迷わずに済んだ。


 テーブルの上には『どこで仕入れたの?』と聞きたくなるような立派な魚が色濃く煮付けられており、香りと共に食を求める俺の腹を刺激してくる。

 青々とした見るからに新鮮だと分かる葉野菜たっぷりのサラダと、キノコの炒め物まで置かれたテーブルの上はこんな場所なのにと思わせる程に賑やかだ。


 席に着いて美味しそうな魚へと箸を伸ばすが二人の視線が気になり『まだ食べたらダメなの?』と魚の身をほぐして摘んだところで箸を止めて様子を伺う。


「いや、良いぞ。箸を使うのに慣れてそうだったのでな、少しばかり観察してしまっただけじゃ。妾はアリシアから使い方を教えてもらったのじゃが、未だに慣れなくてのぉ。箸など使う事はなかなかないじゃろ?うぬは何処で習ったのだ?」


 何処だっけ?と少し考えればすぐに思い当たる。あれは王都のラーメン屋にモニカとコレットさんと三人で行った時に苦戦する俺を見兼ねたおっちゃんがコツを教えてくれたんだ。

 当時を思い出しヴィクララに教えてあげると、ぎごちない動きだった彼女の箸使いが見違えるように滑らかになる。


「ヴィクララ、上手っ!それなら魚も食べやすいわね」

「うむ、格段に使いやすくなった。使いこなせさえすれば箸は便利な道具じゃの。まぁ使う機会があればの話じゃがな」


 ヴィクララは属性竜だ。この土地の地脈から湧き出すの魔力さえあれば食事を摂らなくても生きていける存在。だが食事とは身体を動かすための栄養源であると共に心を癒すためのモノでもある。食事をしなくても良い身体かもしれないがそれを理由に食事をしないというのは如何なものかとも思う。

 ただ彼女はこの地を長くは離れられないという制約があるので仕方がないと言えば仕方無いのかもしれないな。



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