9.まさかまさかの大ピンチ

 少し開けた場所、綺麗な赤いリンゴがこれ見よがしに佇んでいる。いやいや、おかしいでしょ……明らかに異常だ。リンゴの木があるわけでもない、商人さんがこんな所に落としていく訳でもない。不自然すぎるソレに事もあろうかリリィが無防備に近く──おいおいおいっ!!


「ねぇ、なんでリンゴが落ちてるの?」

「ちょっ……ばかっ!」

「きゃーーーーっ!」


 止めようとした俺とアル諸共、下から襲いかかった網に捕らわれ昨日のうさ耳さん同様に宙吊りにされてしまった。木の上で仲良くプラプラ揺れる三人……まじかっ!?


「きゃーーーーっ!っじゃねぇよ阿保リリィ!どぉすんだよっ!あんなのどぉ見ても怪しいだろがっ!」

「ご、ごめん……」

「おい、それよりまずいぞ!この網、鉄が混ぜてある。剣じゃ切れないぞ……どうする?」


 なんだよ鉄って……うわぁ、本当だ。鉄の糸みたいなものとロープとで編んであるっぽい。キュッ と網で締められた体勢、身動きが殆どの取れない上に、俺達の武器では切る事の出来ない鉄の網。脱出不可能!?


 しばらく三人でもがいていると誰かが近いてくる感じがした!やった、助かるっ!

 だが、待ち焦がれた人影が見えた瞬間、俺達の期待は霧散し絶望に変わる。


 近寄って来たのは見るからに冒険者などではない六人の男。皆一様に短剣を腰に差し、俺達を見るなり指を指して ゲラゲラ と笑う。ボサボサ で伸び放題の髪に汚い髭面、薄汚れた服は何週間も着替えていなさそう。その姿はどう見ても、この罠を仕掛けただろう “盗賊” でしかなかった。


「なんだ獣人じゃないぞ?なんでガキ共が罠に掛かってるんだよ。どうする?兄貴」

「俺達を見ちまったんだ、殺せばいいだろ。取り敢えず下に降ろせ」


 四人掛かりで俺達を降ろす盗賊達。村を出て六日目で死亡とか……そりゃないでしょ!なんとかならないかと見回しても、相手は武器を持った大人が六人。しかも俺達は、身動きすら取れない網の中だ。


「こんなガキが武器なんて持って冒険者気取りかぁ?笑わせるぜ」


 武器を取りあげられその場に座らされると、リーダーらしき人物に一人一人顎を掴まれまじまじと顔を見られる。


「ほぉ、なかなか上玉だな。嬢ちゃんはいい金になりそうだ。他の二人も面はいいからその手の奴に売れるだろう。獣人よりは値が下がるが、まぁいい。連れて行くぞ」

「さぁ立て、変な気を起こさなければ殺されなくて済むぞ?分かったら素直に キリキリ 歩けっ!」



 両手を後ろで縛られると、こうも歩きにくいものか……そんな状態でベルカイムとは反対の方向、森の奥をかなり長いこと歩かされる。

 盗賊どものアジトだと言う洞窟に着く頃には、辺りはすでに暗闇に包まれていた。


 洞窟の中はさらに真っ暗だったが意外と広い。三人は余裕で並べるだろう所を縦一列で進んで行く。俺達の前後にいる奴が松明を持って照らしてはいるのだが、それでも足元は暗くたまに躓く。


 枝分かれする細い通路、何度か分岐を通り過ぎた先には木製だろう扉が見えて内に入れと押し込められる。

 扉の先は二十メートル四方だろうか、そこそこ広い部屋の様になっていた。角にある入り口にしか灯りが無く、奥の方は薄暗い為よく見えない。手は縛られたまま、部屋の奥に行くように言われたので素直に従った。


「お嬢ちゃん、一人で寂しかったろ?お仲間増やしてやったぞ。大人しくここで待っててくれや。お前達も変な気を起こさなければ痛い目に遭わずに済むからな、覚えておけよ?静かにその時が来るのを待て。ジーニアス!お前が見張りだ。大事な金の卵だ。お前にしか任せられん、しっかり頼むぞ」


 ジーニアスと呼ばれた小柄な男を一人で残して他の盗賊達が出て行くと、薄暗い部屋の中は静まり返った。男はこの部屋唯一の扉のすぐ脇に置かれた椅子に座り、不貞腐れたようにふんぞり返る。


「あ〜あ、なんで俺が見張りなんだ……おいっ、お前等!奥で静かにしてろよっ。動くんじゃねーぞ!少しでも変なことしたら……ただじゃおかないからなっ」


 押し込められた部屋の奥には先客が一人、小柄な女の子が俺達と同じで後ろ手に縛られて座っていた。攫われて来てこんなところに一人で居たら心が病んでしまうだろう。俯き、俺達が近付いても顔を上げることはなかった。



 どうしたらいいのか分からず、ただただぼーっとしていたのだが、肩でちょんちょんとリリィが呼ぶので『なんぞ?』と、男に悟られないようゆっくりした動作で顔を寄せてみる。


(私の背中、見て)


 監視であるジーニアスは腕を組み目を瞑っていた。それに、部屋の灯りは奴の近くにある松明一本、ここにはほとんど届いていない。

 それでもバレやしないかと鼓動は高鳴る。ドキドキしながらゆっくり身体を動かしリリィの背中に目をやれば、いつも通りの金色の髪の絨毯が僅かな松明の光で黄金のように輝いて見える。


 うん、綺麗だね……それで?


 って思ってたら、リリィが頭を軽く振るので長い髪が顔に当たる。こんな時に嫌がらせかよっ!と、思いきや、髪の奥から現れた突起物。リリィの服は背中部分が空いているデザインで、そこにナイフを差込み髪で覆って隠していたのだ。

 驚きのあまり目を丸くしてリリィを見ると勝ち誇るドヤ顔、ナイスだリリィ!


(私、二本持ってたでしょ?一本隠しといたの。これで縄を切りましょう)

(でもその後どうするんだよ、見張りがいるんだぞ?)

(このままここに居ても売られるか、殺されるかでしょ?なんとかして逃げるのよ)


 逃げる事には賛成だが見張りはどうにかしないといけない。しかし当然のように俺達が逃げられないようにと監視するための見張り、席を開けたりはしないだろう……どうする?


 とりあえずいつでも逃げられるようにと、手を縛るロープを切ることにした。


 たまに目を開けるジーニアスの動きを観察し、こちらから気が逸れるのを待つ、待つ、待つ……リリィに目配せするとゆっくり、ゆっくりと俺に向けた背中を丸めて小さくなる。後ろで縛られ、稼働範囲の少なくなった手でどうにかナイフを取ろうとリリィの背中を探る……もどかしい。指の感覚だけで服のどの辺りかをイメージし、微速ながらもナイフへと手を伸ばしていく。


(……んふっ、んふふっ、ちょっとレイくすぐったい!  んふっ)

(んなこと言ってもしょうがないだろ!わかんねーんだから!)


 見えないんだから仕方ないだろ!見えないんだからっ!さっぱりわっかんねーんだよっ!!


(んんっ……あはぁん、ちょっと!んぁっ、遊んでないで早くして!)


 あった!コレだっ!


 ようやく探り当てたナイフを掴み、音を立てないよう慎重に取り出す。


 よしっ!


 手の中に転がり込んだナイフを指だけを使い鞘から抜くと、直ぐに自分の手を縛る縄を切った。

 だがそのとき……


「おいっ!何してんだっ!大人しくしてろって言っただろぉがっ!!」


 突然立ち上がったジーニアス。眉間に皺を寄せ、不機嫌さを前面に出して睨んでくる。バレた!!やばいやばいやばいっ!

 まだ俺の縄を切っただけ……これからどうするかなんて考えてないぞ!?どうする?どうするっ?どうする俺!!


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