17.別れと帰宅と報告と

 その日はアリサと共に消えた台座があった場所でキャンプすることにした。特に理由がある訳ではないが丁度良い具合に少し開けた場所だった、ただそれだけだ。

 森では濃いはずの瘴気はその殆どを魔石に吸い取られて未だ薄い。獣達が殆どいなかったのも不穏な気配を感じていたのだろう、人の入らない森の中心であってもまったく姿が見当たらない。森の奥地の空白地帯、そんな所だな。


「お前とあの魔族の姉さんの関係って何なんだよ?随分親しげじゃないか。おまけに迎えに来るとか、婚約でもしてるのか?」


 そんな事を言われても俺にだってよく分からない。会うのだって……五回目?それほど多くの時間を共にした訳ではない。ほとんど最初から好意的に接してくれる彼女は一体何を思っているのだろうか?俺が特別とはどういう意味だったんだろうか。


「あのお姉さんは強敵ですねっ、負けてられません。さぁっ!私にも熱いチュウをぶちゅ〜として……いだだだだだっレイひゃん、わたひのほっへはひっはるたへにあるのへはありまへんよ!

 もぉっ!頬っぺた摘まないでくださいよっ。可愛いからってすぐ悪戯するんですからっ!それはいいですから早くっ、キッスッ、ぷり〜ずっ!ほらほら、ぶちゅっとぶちゅっと。なんならその先も……あぁんっレイさんったらっや〜ら〜し〜いぃ〜っ、いったーーいっ打たないでって何度も言ってるじゃないですか!」


「アホな事言ってないでいいわっ!それで馬鹿兎、お前はいつまで付いてくるつもりだ?家族は心配してないのか?」


 こてんと小首を傾げ、桃色の唇に人差し指を当てて考えてる──お前、そのまま黙ってれば本当に可愛いぞ。永久に喋らなくなれっ!なんて魔法は……無いか。


「さぁ?」


 溜息しかでんわっ!……もぅ、好きにしてください。


「前にミカ兄が言ってたけど、兎の獣人って高く売れるんでしょ?人間の町で暮らすのは無理じゃないの?それともぉ……私達が捕まえて売り捌く?」


 軽い悲鳴を上げて飛び付いてくる馬鹿兎。ピンッ!と立った長い耳が ビクビク 揺れる様子はちょっと面白い。

 リリィ、指をワキワキしながら嫌らしい目つきで馬鹿兎に迫るのはやめなさい、怪しすぎるからっ。


「リリちゃん、売るのも良いけどさぁ……今夜のオカズってのもぉ悪くなくなぁい?」


「美味しくないですよぉ」と涙目でしがみつきながら二人から隠れるように俺の後ろに回る馬鹿兎。

 ユリ姉、目が キラーンッ! て光ってるのはなぜだ?そんな魔法有ったのか?ナイフを二本も取り出して カチャカチャ 音を立てて擦り合わせるのやめてやれよ、俺も怖いから!


「いい加減離れろよ馬鹿兎、冗談に決まってるだろ。でも、俺達はここでの目的が無くなったからベルカイムに帰るぞ?人間の町では暮らせないんだろ?それまでにどうするか考えとけよ?」


「んん〜、レイさんになら食べられても……ぐふふっ、いったーーいってばっ!打つの禁止ですっ!!タンコブ出来たらどぉするんですかっ!頭の形変わったら責任取ってもらいますからねっ!

 ちゃんと話くらい聞いてましたよぉ、いつレイさんのところにお嫁に行くかって話でひょ?たからほっへつままなひて!もぉっ、頬っぺ摘まれると喋れなくなるじゃないですかっ」


 もぉ知らん、心配してやった俺が馬鹿なのか?馬鹿兎に馬鹿にされるのはムカつくな、また引っ叩いておくか……いや、無用な動物虐待はやめておくとしよう。


「そういやリリィも特別とか言われてたな。お前もあの魔族に狙われてるのか?全然知らなかったけど、お前そう言う趣味あったのか?」


 思い出したかのようにリリィに話しを振るアル、「リリちゃん……」と言いつつ口に拳を当てたユリ姉は信じられないモノを見る眼差しで一歩退がった。


「ちょっ……やめなさいよ!そんな趣味ないわっ!」

「じゃあ特別ってなんなんだよ?お前とレイだけ特別って言われたんだぞ?」

「そんなの私が知るわけないでしょっ!」


 アリサにとって俺が特別なのは “好き” と言う事なのかも知れない。じゃあリリィも特別なのは何でだ?アリサにとっての恋愛対象って事ではなさそうなので謎だな、今度会ったら聞いてみよう。



 その後は想定通り、何事も無く森を抜けてベルカイムへと戻った。

 馬鹿兎はというと森を抜けて街道まで来た時に「お父さんの声が聞こえた」と言ったと思ったらさっさと姿を消した。まぁ、家族の居場所が判ったのなら大丈夫だろう。



▲▼▲▼



「って訳で森の異常は魔族によるものでした、以上報告終わり」


 ギルドマスターの部屋に通された俺達四人、ウィリックさんは俺の話を聞き終わり、腕組みをして考え込んだ。何を考えてるのかはしらないが、きっと他からも聞いているだろういろんな話をまとめて整理しているのだろう。ギルドマスターって大変だよな。


 そんなウィリックさんを尻目にリリィが食べ尽くしたクッキーの最期の一枚を手に取ると口へと運ぶ。


「あーっ!それ最後に取っといた私のクッキーなのにっ!返してよっ」

「一人でどんなけ食うんだよ、一枚くらいよこせよ。だいたい、こんな甘い物ばっかり食べてると太るぞ?」


「うぐ……」じゃねぇよ、まったく。別に貧しい暮らしをしてるわけでもないのに、なんでこう食い意地が張ってきたのやら。女の子なんだからもっと……ティナみたいにお淑やかに出来んのか?

 そういえばティナには暫く会ってないな。ひと段落したし、久々にレピエーネにでも行くかな。シュテーアも元気してるかな?また一緒に草原を駆けたいなぁ。


「魔族は魔石など作って何をするつもりなのかな?それについては分からなかったかい?」


「あの女はモンスターを倒すと魔石になるのならぁ、その逆も可能だろうと言っていたわぁ。つまりぃ、魔族の目的わぁモンスターを作ることじゃないかなぁ?弱い魔石に瘴気を吸わせてぇ、強化してぇ、強力な魔石からぁ強力なモンスターを作り出す、そんな所じゃないのかなぁ?」


 ユリ姉の言う通りかもしれないな。でも、モンスターなんて作ってどうするんだ?自分達が危険に晒されるだけじゃないのか?


「町中で急に強力なモンスターが現れたら大混乱になる、これはかなり危険なんじゃないのか?」


「アル君の言う通りだね、これは由々しき事態だよ。現状でも小さな村ならば守る力が弱く、襲われてしまえば滅びる事もある。けど、安全とされている防衛能力のあるような大きな町が魔族によって壊滅させられる可能性が出てきた、国に報告しないとね。

 それにしても凄い情報を手に入れたね、国から報奨金が出るかも知れないよ?楽しみに待つといい」


 自分の執務机に肘を突き、組んだ両手の上に顎を乗せたウィリックさんは俺達の手柄を喜ぶように笑顔を見せた。



「ねぇ、魔石がモンスターに戻るのならさ……」


 言いながらリリィは鞄から取り出した緑色の魔石を机に置く。


「かなりやばくない?」


 真剣な眼差しに皆が事の重大さを理解する。


 魔石なんてはっきり言えばどこにでもあるものだ。沢山の魔導具を有する貴族の家は勿論、魔物を狩ることを生業とする中級以上の冒険者なら少なからず持っているだろう。それに雑貨屋などの店にもあるだろうし、町中に設置されている魔導具の中に入っている物だって至る所にある。

 その全てが一斉にモンスターに早変わりしたとしたら……


 言葉を少なくスマートに要点だけを伝えることでカッコ良く決めたはずのリリィ──だが俺は見逃さなかった。


 ハンカチを取り出すと口元に付いているクッキーの食べカスを ササッ と拭いてやる。


「んっ、ありがと」


 ちょっと照れて礼を言うリリィ。惜しかったな、これがなければパーフェクトだったのに……まぁコレがリリィクオリティだ。


「もしかしてぇ “何らかの手を加えた魔石だけがモンスターに変わる” とかないかなぁ?」


「だとしてもだ、どれがどれか見分けが付かなかったら同じだろ?自分で狩った物しか信用出来なくなるってことだな」


 もしそうだと仮定・・すればアルの言う通りだ。人間のフリをして魔族が売りに来た魔石があったとしたら……それが人手に流れて混ざってしまっていたら町中でいきなり大量のモンスターが暴れ出す、そんなことすら起こり得るという話しだ。

 アリサが言っていた感じだと魔族は魔石をモンスターに変えることが出来るのは間違いないだろう。この先、人間社会は大丈夫なのだろうか?


「推測は尽きないがコレと言った確証は無い。それも含めて上に報告しておくよ。君達への依頼はここまでだ。ご苦労だったね、ありがとう」




 ベルカイムを後にした俺達は師匠の元に帰ることにした。何だかんだで半月ぶりの帰宅、懐かしいと感じるのは俺だけか?


「あらお帰り。もっとゆっくりして来てよかったのよ?」

「師匠とラブラブの邪魔してすみませんねぇ、また居候してもよろしいですかねっ!?」

「ふふっ、仕方ないから許してあげるわ」


 相変わらずなルミアの毒舌もなんだか『帰って来た』という感じがしてちょっと嬉しい。

 そんなやり取りをしてると奥から師匠が顔を出した。


「帰ってきよったな、皆無事で何よりじゃ。疲れたろ?まずはゆっくり休みなさい」


 師匠も師匠で相変わらず穏やかで優しい。う〜ん、我が家って感じでいいなぁ、居候だから我が家ではないんだけどね。二人とも俺達を孫のように思って可愛いがってくれる、嬉しい限りだ。


「師匠、お土産買ってきたよ。後で飲もうぜ」


 酒瓶を鞄から出して見せると目を細めてほっほっほっと笑う。喜んでもらえて良かったよ。



▲▼▲▼



「『わたくしはレイが欲しいの』って、ちょっとダイレクト過ぎて怖いわっ!でもそんなに人を好きになれるって凄いわねぇ。私もそんなこと言える人、現れないかなぁ」


 遠い目をしたリリィが甘い果実酒の入ったグラスを片手に森での事を語ってるが、ちょっと酔ってないか?


「あらレイ、もてもてじゃない?獣人の子にも好き好きされてたんでしょ?両方お持ち帰りしてこれば良かったのに。町では指を指されるかもしれないけど、ここなら誰も文句言わないわよ?」


「ワシも若い頃はお前みたいにもててなぁ、毎日違う女と……待てっルミア!若い頃の話じゃろうがっ!今はお前一筋じゃよ、フォッフォッフォッ」


 よく刺さりそうな尖ったナイフを取り出し怪しい目付きで フフフ とダークに笑うルミアに対して師匠が怯えたフリをする──どんなコミュニケーションだよっ!

 師匠達、三国戦争の少し後って言ってたからもう六十年近く一緒にいるのに未だにラブラブだもんなぁ、俺も将来はそんな夫婦になりたいよ。


「師匠が昔、ブイブイ言わせてたのは分かったけどさ、なんでルミア一筋になったの?」


 師匠とルミアは顔を見合わせる。


「そぉじゃのぉ。ルミアと居るとな、楽なんじゃよ。何もせずともただ一緒に、同じ時を過ごせればそれだけで幸せな気持ちになれる。一時を過ごすだけなら若くて綺麗な女の方が良いかもしれぬ。だがな、それがずっと一緒となればお互いに合わないところが見えてきてやがて息が詰まるじゃろうて。ルミアは見た目もこの通り若くて美しい、波長もワシと合う。これ以上の存在は他にあるまいて」


 聞いといてなんだが、惚気を聞かされただけな気がしてきた。何か参考になるかなと思ったんだが……俺にもそんな存在が現れるだろうか?


 馬鹿兎と……うーんずっとアレだと疲れるだけな気がするな、たまに遊んでやるから楽しいんだと思うよ。


 アリサ?ん〜どうなんだろう。正直俺は彼女の事を殆ど知らない。ずっとあんな和やかな感じでいられるのなら師匠達みたいになれるのかも知れないな。


 ティナは貴族だから身分違いで論外だし、リリィは幼馴染だからかそんな目で見た試しがない。


 ユリ姉となら仲良く出来る自信があるかも。穏やかな人だし、怒ると怖いけど優しいし。ちょっと天然だけど、何よりこれ以上無いくらいの美人さんだ。あんな嫁さんだったらいいなぁ……なーんてね。

 そのユリ姉に視線を向ければ偶然目が合い キョトン とされる。変な想像してた所為でなんだか小っ恥ずかしい。


「私がお嫁さんになってあげよっか?」


──何を言い出したの!?


 少し酔った様なトロンとした目、ワインの入ったグラスを手に、肘をついたもう片方の手でほんのり赤く染った頬を支えながらそんな事を言い放つ。


「またぁ、そんな冗談を言って。酔っ払って来たんでしょ?ユリ姉は超が付くほどの美人なんだから軽々しくそんな事言ったら駄目だよ?」


 その隣でルミアが大きな溜息をついたのは何故だったのか俺には分からなかった。


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