16.寄せられる好意

「アリサ?あんな奴と食事って、大丈夫なの?」

「あら、心配してくれるの?それとも嫉妬してくれる?フフフッどっちも嬉しいわね。でも、ああしなかったらまた前みたいに暴れたかもしれないわ」


 寝転ぶ俺を抱き抱えたままのアリサ。まるで恋人同士の甘いひと時のようだが、こんな美女に抱かれるのが嫌なはずもなく、なすがままされるがままだ。


「そうしたらぁ今度は私が止めてあげるわぁ」


 ゆっくりと近づいて来る不機嫌そうなユリ姉、静かに発しているオーラが怒っているかのようでちょっと怖い。

 さっきのダメージはもういいのかな?アリサも手加減はしてるだろうけど、見ていた限り相当痛そうだったよ。


「そうね、貴方だけなら可能でしょうけど、全員無傷とはいかなかったんじゃないかしら?」


 軽々と撃ち出した紫の火球、あれを見れば奴が弱いなんてとてもじゃないが思うことはできない。眉間にシワを寄せるユリ姉、でも全員で戦ったとしても無傷で撃退とはいかないだろう。

 俺達にとっては一番良い方法で追い返してくれたアリサには感謝しないとだな。


「でもその為にアリサがアイツと飯食うハメになったんだろ?ごめんな」

「あらぁ、わたくしの事考えくれるのね。じゃあ前みたいにしましょうか?対価と報酬、覚えてる?

 わたくしが “ケネスを追い返した” という対価に、レイから “何か” 報酬を貰っちゃおうっと」


──対価?俺は何をあげればいいの?


 つぐんだ唇を反らせ三日月のように口角を吊り上げた悪戯ちっくなアリサの顔。そんな顔を眺めつつ行き着く当てもなくただ漠然と思考を巡らせていれば、瞬きをした次の瞬間、紫色の瞳に蓋をした美しい顔が目の前まで迫っていた。


(えぇっ!?)


 唇に触れる柔らかな感触と何度でも嗅ぎたくなるような甘い花の香り、後頭部からお尻にかけて身体の中を何かが駆け抜けたような感じがした。

 あぁ、この感覚はティナとキスしたときの感じと同じだ。



「「きゃーっ!」」



 一拍置いて上がる黄色い悲鳴はリリィと馬鹿兎のモノ。視線だけそっちに向ければ、頬に手を当て俺達ひとのキスシーンをマジマジと見てやがる……恥ずかしいってばっ!


 アリサみたいな美人がゼロ距離にいるという幸福感、唇で繋がれている高揚感、皆の視線などどうでもいいように思えて自分も目を閉じ “アリサ” という存在を存分に感じとる。


──俺はアリサの事が好きなのだろうか?


 ここで会ってからずっと抱っこされてても全然嫌じゃないし、今されているキスも凄く気持ちが良い。美人だし、優しいし、おまけに強いし、俺には勿体ない人だよな。なんで俺に構うんだろ……


「二回目……奪っちゃった。ウフフッ」


 ほんのりと頬を染めた彼女のはにかんだ笑顔、僅か十センチ足らずの距離で見る紫の瞳には照れ臭そうにする俺の顔が写っていた。


「も、もぅいいでしょぉ!?早く離れなさいよぉっ!」


 剥れるユリ姉にアリサが挑発的な眼差しを向けるが、そのまま何も言わずにリリィと馬鹿兎に視線を向ける。


「貴女達はレイになんの魅力も感じないのかしら?レイは特別な男よ、一緒に居て惹かれないはずはないわ。誰かさんと同じでわたくしもレイが欲しい、けど、まだ今は貴方達に預けておいてあげるわ。今なら好きにしていいわよ?

 ただし、わたくしが次に迎えに来たら……覚悟はしてよね」


 突然の『私のモノ』宣言に目を丸くしたが、冗談ぽくウインクする仕草が綺麗な人なのに可愛いと感じる。

 ユリ姉と同じ系統の美女、どちらが綺麗かなんて甲乙をつけられないくらい二人とも素敵で、男であれば仲良くなりたいと思うのが当然だ。


「俺じゃ駄目なのか?俺の方がレイより良い男だろ?」


 手を挙げたアルを見つめるアリサ、顎に指を当て「ん〜」と可憐な仕草で唸ったかと思えば、ずっと抱き抱えたままでいた俺を座らせ名残惜しそうな視線を残して立ち上がる。


「そうね……」


 されるがままのアルの頬に両手を置き紫紺の瞳を覗き込むこと数秒、一歩離れたアリサはにこやかに首を横に振った。


「なかなか良いのよ?ハンサム君。けど残念、レイには敵わないわ。でも、悪く思わないでね、レイが特別なだけだから」


 軽く肩を叩くと今度はリリィの前へと移動し、肘丈スカートを手で押さえながら膝を折ると目線を合わせる。伸ばされた右手は撫でるように優しく頬に当てられ、向けられる微笑みは慈愛に満ちていた。


「貴方も特別な存在なのね。その類稀なる才能をもっともっと伸ばしなさい。魔力も、剣も、この先の人生で必ず役に立つわ」

「私が思ってた魔族と違うわね。もっとこう、怖いもんだと思ってたわ」

「魔族だって人間だって色々じゃないかしら?怖い人もいれば優しい人もいる、強い人もいれば弱い人もいる、激しい人もいれば穏やかな人もいるのよ」


 ん〜っと顎に人差し指を当て言葉を飲み込むリリィ。


「それもそうねっ。貴方のこと誤解してたわ、ごめんね」


 仲の良いの友達のように笑い合う二人。

同じ大地に生きる者同士、人間や魔族なんて括りは必要ない。なんでお互いに差別しあって争うのか不思議でならない。


「私はっ!?私も特別ですか〜?」


 隣の馬鹿兎が勝手な期待に胸を膨らませながら意気揚々と横槍を入れる。お前は特別だよっ、特別な馬鹿だ!


「貴方は……よく解らないわね。

他人と本当の意味で仲良くなりたかったら自分の心を相手に見せる必要がある。もちろん全てを曝け出せと言うわけじゃないけど、自分を隠してても良いことなんて何もないわよ?気を付ける事ね」


 普段のおどけた表情から一転、神妙な顔をしながら真剣な眼差しでアリサを見つめる馬鹿兎。

 お前……真面目な顔なんて出来たのね。レア顔だよ、レア顔。


 今度はユリ姉の側に行ったかと思えば、ビクリとして退き気味になるのも構わず耳元に顔を近づけて内緒話しをしてる。なんでユリ姉だけ内緒話しなんだ?


(わたくしの忠告、覚えてるんですの?貴方まだレイのモノになってないのね、タイムリミットは迫って来るわよ?後悔しないの?)

(うるさいわねっ!なんで貴女がそんなこと決めるの!?だいたいっ!私だってそれなりに頑張って……私には私のペースがあるのよ!)

(あれから何年経ったと思ってるの?このままじゃ貴女、おばあちゃんになっちゃうわよ?それに、そういうのは勢いよ?さっさと抱かれちゃいなさいっ。これ以上は知らないからね)


 話しは終わったらしく身を離した二人、ユリ姉の顔が真っ赤になってるがなんでだ?どんな話しだったのか気にはなるが、あの様子だと聞いも教えてくれないんだろうなぁ……。



 一周回って俺の所に戻ってきたアリサは立ち上がった俺に抱き付くと胸に顔を埋めてきた。凄く自然な流れで思わず俺も背中に手を回してしまったが、こんなことした事ないし滅茶苦茶ドキドキする!

 俺より少し背の低いアリサ、会うたびに頼りがいのありそうな “お姉さん” な感じがしていたが、こうしていると守ってあげたくなるただの女の子だな。


「レイ、一つお願いがあるの。聞いてくれる?」


 しばらくしてアリサは俺から離れた。寂しげな瞳を向けられると キュンッ としてしまい名残惜しくなるが、これでもかというほどに頬を膨らませたユリ姉が視界に入ると『やべっ!』と、なんだか悪いことをしていた気になるけどなんでだ?


「俺に出来ること?」


 ニコリと笑顔で答え、豆粒程の透明な石が六つ連なり極細のチェーンで結ばれているお洒落なブレスレットを取り出し見せてくる。


「これを身に付けていて欲しいの。出来れば私だと思って肌身離さず……ね?」


 少し照れたように頬を染め、上目遣いで見る仕草がとても可愛い……やべぇ、アリサにハマりそう。

 同意を兼ねて左手を出せばブレスレットを付けてくれる。こういうアクセサリーを身に付けた事はなかったがなかなか良いもんだな。意外にも気に入り満足げに頷けば、それを見た彼女も満足げに微笑む──なんだか恋人同士みたいだ。


「そろそろ行くわ。今度は迎えに来るつもりだから覚悟しておいてね?それまでは他の娘のつまみ食いもオッケーよ?」


 つまみ食いってなんだよ……って思ってたら「じゃあねっ」って軽く手を振った次の瞬間には姿が消えてしまっていた。


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